第6話 魔的通信の記者

「……どうだ」 


 俺の体は完全に部屋の中に入っている。

 だが警報音も、何も起きない。


「成功だ」

「よし」


 一歩ずつ足を進め、薄暗い部屋の奥へと向かう。

 ガラスケースに入った鎧。壁に立て掛けられた剣や杖。

 ローブや鳥かごのような物もある。おそらくこれらは魔道具だろう。

 物が乱雑に溢れてはいるが人一人通れるくらいの足場は用意されていた。

 窓もない部屋では月明りも差し込まず、次第に慣れてくるこの目しか頼りがない。

 だがダンジョンの闇よりはマシだ。


 部屋は縦に長く奥行きがあった。

 横幅はそれほど広くはない。

 そこで本棚が見えた。


「これか……違う。これも違う……」


 メモを片手に端っこから本の背表紙を確認していった。


 100冊は確認しただろう、だが見つからない。

 目は疲れないが精神的に堪えた。

 何となく振り返り背後の本棚に目を向けた時だ――。


「ん、これは……」


 とある一冊の背表紙がメモと一致した。


 念動力で本を抜き取り異空間収納にしまう。

 そこでふと思った。

 ここにある本すべて、異空間収納で持ち出せばいいのではと。

 それで部屋に戻ってから二人で探せばいいんだ。

 ……いや、流石にそれは止めた方がいいか。

 急に全部消えればいくら何でも気づかれる。


 俺は再び本を探した。

 そしてまた一冊見つける、と思えばまた一冊。

 本選びは順調だった。

 だがこれは大量にある書物の一部に過ぎない。

 本棚の奥にはさらに別の本棚があり、さらにその奥にも……。


 そこで波動を感知した。


「ここまでか……」


 俺は《神速》でパトリックの元まで戻り。


「よし、閉めるぞ」


 どうやらパトリックも感知していたらしい。

 扉を閉め、パトリックを背中に背負った。


「振り落とされるなよ」

「いいから行け」


 俺たちはすぐさまその場を去った。



「見つけたのはこれだけだ。でも他にもまだ沢山あった」


 パトリックの部屋に戻り、異空間収納から選んだ本を出して見せた。


「とりあえず確認していこう」


 パトッリクは一冊ずつ軽くページをめくり本の中を確認していった。


「燃えるような悪魔的な本……」


 酷い題名だ。


「ちゃんと読まないと分からないが、おそらく内容は魅了についてのものだ」

「魅了?」

「対象の心を思い通りに支配できる魔法。ま、禁術だな」


 さらに順番に本の題名と中を確認していく。


「上級治癒魔法の誕生……火炙りのコツと記録……」

「待った、その上級治癒の何とかってヤツ、貰っていいか」

「ああ、でも読んだら返しに行くからな。消えた痕跡すら残さないのがプロだ」

「何のプロだよ」


 パトッリクは盗賊にでもなりたいのだろうか、王子のくせに。


「炎の誕生と歴史……ん? これは……」

「どうした」


 パトリックは突然、食らいつくように本を開き中身を確認し始めた。


「……間違いない、これだ! これだよ!」

「何が」

「だからこれなんだって! この本の中には火の精霊についての事が詳しく書いてある。これで俺も精霊と契約が結べるよ!」

「それがパトリックの探してたものなのか?」

「ああ、まさかこんなに早く見つかるとは思わなかったよ。ありがとう、ニト」

「まあ、良かったな。それより他のも見てくれよ。肝心の蘇生魔法はあるか?」

「そうだなあ…………でも多分、この中にはないぞ。どれも蘇生についての本じゃない。ヒーラーのための本でもないし」

「外れか……」


 まあ、一度の捜索で見つけられるとは思っていない。


「仕方ない、また明日行くか」

「そうだな」

「いや、今度は俺一人で行くよ。だからその杖、俺に貸しててくれないか? 見つけたら直ぐ返すから」

「え、でも協力するよ」

「行くのは俺だけの方がいい。感知にも慣れてきたし、俺ならすぐに逃げられるしな」

「まあ、確かに毎回背負ってもらうのもどうかとは思ってたけど……」

「だから翻訳だけしてくれないか? 回収したら毎回ここに持ってくるから」

「……確かに、その方が効率は良さそうではあるな」

「明日この本を戻して、それから別の本を持ってくる。パトリックはここで待機しててくれ」

「分かった」 


 こうして本探し、最初の一日が終わった。


 翌日の深夜も、そのまた次の日の深夜にも同じ要領で本を探した。

 毎回パトリックに翻訳してもらって……。


 だが蘇生に関わる書物は何一つ見つからなかった。



 パトリックの予想は的中した。

 今、俺は複数の生徒に追われている。


 その大半は女子生徒であるらく、サインだなんだと寮に押し寄せた。


 クラスメートと魔術の特訓をしているネム。

 剣術を教えているシエラ。

 二人を探しに部屋を出てみればこれだ。

 トアが出た時に俺も出るべきだった。

 トアは今頃パトリックと図書室で待ちくたびれているだろう。

 ヒーラーでも使える攻撃魔法を探すためだ。


「みんな! ニト様がいたわよ!」


 柱の陰で身を潜めていると背後から見つかってしまった。

 至る所に波動を感じるこの状況では、碌に逃げ道もない。

 《神速》を使い、一先ず教室棟から離れることにした。


 これではいつまで経っても図書室に辿り着けない。

 図書室に行くには、もう一度、教室棟に戻らなければいけないのだ。

 困ったことになった……。


 そこでいいことを思いだした。

 《潜伏のローブ》だ。

 認識阻害は魔力以外の気配も遮断し、そうなるともうあいつらも俺に気づきようがない。

 今思え禁忌の部屋に入る際もこれを着用していれば良かったんだ。

 いや、パトリックに着させれば良かったのか。


「あの、失礼ですが――」


 そこで不意に背後から声を掛けられた。

 恐る恐る振り返る。


「……はい?」


 安心した。

 服装からして学生ではない。


 立っていたのは体のラインがはっきりと見えるエロティックな紺のスーツを着た、ブロンドヘアーの女性だった。

 隣には戦場カメラマンのような服装をした無精髭の男がいて、カメラのような物を首からぶら下げている。


「すみません、私はフランチェスカと申します。こっちは相方のドリーです。つかぬ事をお伺いしますが、こちらに冒険者ニトがいるという情報がありまして、その――」

「はあ……」


 曖昧に返事をした。


「私たちは魔的通信社の記者でして。あ、勿論学校に許可は取っていますので……」


 フランチェスカと名乗る女性は許可証を提示した。


「魔的通信……」


 ヤバい……まさかここまでパトリックの予想が当たるとは……。


「あの、ご存知ありませんか? どうやらそういった名前の学生が、一週間ほど前にこのハイルクウェートへ入学してきたそうなんです」


 よりにもよって何故それを俺に聞くんだ。

 生徒なら他にいくらでもいるだろうに。


「いやあ、ちょっと分かりませんねえ。女子がそんな事を話していた気もしますけど……」

「そうですか……。ご協力いただき、ありがとうございます」


 申し訳なさそうな表情を演じながら、俺は記者の前を横切り、その場を後にした。


 危機一髪。

 バレなくて良かった。

 あれは多分カメラだろう。顔は流石に困る。



「ねえドリー、あれって認識阻害よね?」


 フランチェスカは、苦笑いを浮かべ去って行く生徒の背中に目を細めた。


「ああ間違いねえ、顔が見えなかった。それに魔力も感じなかったしな。なんで学生があんなもん身に着けてんだ? いくら貴族でも子供が手にできるような代物じゃねえだろ」

「おかしいわ、普通校内で認識阻害の掛かったローブなんて着るかしら」

「例えば何かの授業の一環とか……。ま、学生の事情なんて記事にならねえ。それより早いとこそいつを見つけちまおうぜ。ここにいんだろ」

「まだ分からないわ。デマだって可能性もあるし」

「ハズレならとっととラズハウセンに行こう、ここはつまらねえ。対校戦の時期になったらどうせまた戻ってくんだからよ」

「……そうね」


 ドリーの方は特に引っ掛かるものはないようだ。

 ただフランチェスカは違った。

 政宗の背中を見つめるその視線の意味は疑惑だ。

 彼女は違和感を抱いていた。

 だがその場では答えも見つからず、二人は冒険者ニトを求め校舎の奥へと消えた。



「あ、ニト。遅かったな」


 ようやく図書室へ辿り着くと、中では既にトアとパトリックが本の捜索をしていた。


「奴らとうとう来やがった」

「奴ら?」とトア。

「魔的通者の記者だよ」


 疑問を浮かべているトアに、俺の現在の状況を説明した。


「……随分と有名になったものね」


 トアはどうやら“女子生徒の群れ”という言葉が引っ掛かったらしい。

 俺に嫌悪感を向けている。


「そんないいもんじゃない。ここに来るまで大変だったんだぞ。急に生徒には囲まれるし、魔的通信の記者には捕まるし。まあバレずに済んだけど」

「先にお面を買っておくべきだったな」

「かもな」

「仮面って?」

「ニトの顔を隠すんだ。連中は直ぐにシャッターを切るから、その対策にな」

「どうせ町に行くんだ、おいおい考えていこう。それより俺の魔術は――」

「あら、誰かと思えば田舎の王子のパトリックさんじゃありませんか」


 そこへストレートの黒髪を揺らす黒い服を着た女子が現れた。

 今は授業中のはずだが。


「ご実家に帰られたのではなくて?」


 傍らにはネムと同じくらいの背丈をした黒い猫耳の少女が立っている。


「アリス、今はよせ」

「よせとは、誰にものを言っているのですか。それに気安く私の名を呼ばないでください。あなたの無能が移ってしまうではありませんか」

「だったら俺に構うなよ!」


 キレるパトリックの声や顔は入学初日に見たが、それとはまた少し違った。


「知り合いか、パトリック」


 俺の問いにパトリックは黙り込んだ。

 女子生徒は俺の顔を横目に冷め切った笑みを浮かべ、またパトリックへ視線を戻す。


「お仲間には恵まれたようですね、王子さま。いいでしょう、こちらの御仁に免じて今日は引き下がります」


 女子生徒は黒猫の少女と共に図書室から去って行った。


「何だあれ、感じ悪いなあ」

「アリス・クレスタだ……」

「クレスタって何?」とトア。

「……公爵の娘だ」

「それで、何でそのアリスはお前に突っ掛かってきたんだ、恨みでも買ったのか?」

「それは……」


 パトリックは言い難そうに口を閉ざした。


「まあ、言いたくないなら聞かないけど」

「……クレスタ家はラズハウセンの分家だった」

「ああ、そういうことか……」


 深くは理解してない。何となくだ。


「でもラズハウセンにクレスタなんて貴族いたかなあ」


 分家というなら一度くらい耳にしていてもよさそうなもんだ。


「だからだ。王都が建国された時、先祖はクレスタ家を追い出した。だから連中はラズハウセンを恨んでる」


 腑に落ちた。


「もうほとんど血なんか繋がってないだろうけど、クレスタ家は今でも自分たちの方が王族として相応しいと思ってる」

「色々あるんだな、王子にも」

「色々あるのね、パトリックにも」

「……よせよ。それよりニト、今日が何の日だか覚えてるよな」

「今日?」とトア。

「ああ、町に行くんだろ、材料を買いに? というか俺の魔術は――」

「ニトが来るまでにここの棚は全部調べた。でもそんな本はなかったよ」

「じゃあ、もうここでの捜索は終わりか」

「この間の上級治癒魔法とかってのには書いてなかったのか?」

「書いてあるのは持ってる魔術だけだった」

「そうか」


 その後、トアは用事があるというのでその場で解散した。

 なんでもネムに剣術を教えるらしく、シエラが待っているということだった。

 一先ずヒーラーの攻撃魔法は後にして、俺はパトリックと隣町へ出掛けた。

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