第4話 虐め

 俺の場合、昼飯など食わなくても腹は鳴らないし死にもしない。

 トアたちだってそうだろうに、さっそく学生気分とは……。


 まあ、喜ぶべきことだ。

 皆、学生ライフを楽しんでるんだから。


「はあ? てめえ舐めてんのか!」


 時間を潰そうかと目的もなく歩いていた時、曲がり角の先から怒鳴り声が聞こえた。

 早速授業で習った魔力感知を使い確かめていると数は四人。

 潜み、様子を窺って見ると――。


「パトリック、分かんだろ? 俺らには金が必要なんだよ、ねえならパパから貰ってこい、それくらい王子のお前ならできんだろ?」

「……無理だ」


 そこには既に何度か殴られたあとであろう、切り傷の酷いパトリックの姿があった。

 それだけじゃない。

 片目は腫れ、口の際から血を流し瞼も切っているようだ。


「……なんだ、てめえは」


 俺は気づくと潜むことを止め、堂々とそいつらの前に姿を見せていた。


「……ニト」

「パトリック、どういうことだ。お前は王子だろ、なんでこんな」


 パトリックは目を逸らした。


「なんだパトリック、知り合いか? 丁度いい。なあ、ちょっと金貸してくんねえか?」


 四年制のハイルクウェートでは胸元の杖の形をしたバッチ――その数が学年を表す。

 三つということは、こいつらは三年生か。

 なんでパトリックがこんなことになっているのか。


「なあ、聞いてるか? 金貸せって言ってんだ」


 男は俺の腕を掴んできた。


「……放せよ」

「お前、誰に口利いてんの?」

「――お前だよ」


 気づいた時には、反射的に、不可抗力で……。


「……へ? う……うわぁあああああ!」


 振り払った反動で相手の腕をへし折ってしまった。

 明後日の方向に曲がった自分の腕の姿に、生徒は叫んだ。


「チャールズ!」


 これはチャールズ先輩というらしい。


 パトリックの髪を掴み、持ち上げている男が叫ぶ。


「チャールズ先輩、で良かったですか?」

「……てめえ」

「あれは先輩方がやったんですか? いえね、パトリックは俺のクラスメートなんですが、ほら、顔から血を流してるでしょ? つまりあれは先輩がやったのか聞いているんです」

「うるせえ!」

「挟み撃ちだ!」


 パトリックを捕まえていた二人がこちらへ殴りかかろうとしていた。


「自分がやられたら怒るんですか? デタラメだなあ……《束縛する者ディエス・オブリガーディオ》」


 壁や床から無数の白い腕が現れる。

 それらは迫る上級生二人と、未だ悲痛の表情で顔を歪める一人を素早く拘束した。

 磔にされたように腕を広げ、宙で停滞する三人。


「これは……」


 パトリックは血だらけの傷ついた顔で驚いていた。


「パトリック、ヒーラーの魔法を教えてやる。虐げる者の殺した方もな――《侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ》」


 赤黒い波動――球体が俺を包み込んだ。

 先輩方にそっと近づき――。


「やめろ!」


 だがパトリックの声が聞こえた。


「どうした?」

「やめるんだ、ニト……」

「……なんで?」

「そんなことしたら学校にいられなくなるぞ。それにこいつらは貴族だ。退学後も死ぬまで追われることになる」

「一族ごと皆殺しにすればいい」

「ニト!」


 パトリックの表情は切迫していた。


「もういいんだ、俺は何ともない」

「嘘だな」

「嘘じゃない……仮に嘘でもだ。これは俺の弱さが招いたことだ」

「パトリック……」

「俺の問題なんだ」


 俺は先輩たちを解放し、パトリックの顔の傷を治してやった。


「あいつらは多分、先生に告げ口しにいった」

「お前が止めろって言ったんだろ?」

「何が」

「告げ口しないのか」

「俺は王子だ。そんなことをすれば、ラズハウセンの名が廃る」

「なんでやり返さない?」

「俺の実力ではあいつらに勝てない」

「怖いのか」

「……ああ。それに、どうせやっても負ける」

「…………そうか」


 パトリックがなぜ俺に絡んできたのか。

 なぜこいつが教室でも一人なのか、それが分かった気がした。

 思えばこいつのことは少し会話を交えた時から理解できていた。

 俺と同じ類の人間だと……。


――『二年生のニトさん、パトリックさん、至急、校長室まで来てください。繰り返します』


 女神の告げるものとは違うアナウンスが校内に流れ、俺たちは思わずにやけた。


「な、言っただろ」

「早過ぎだろ」

「さあ、校長室にいくぞ。退学だけは避けたい、家への連絡もだ」


 何故かパトリックは俺と同じように笑っていた。


「仕方ないな、いや、仕方なくなんかない。お前がやり返してれば……」


 その先の言葉が出てこなかった。

 佐伯は俺の顔は殴らなかったが、パトリックの傷だらけの顔を見た時、昔の自分を思い出した。


「仕方ないな、今回は指示に従ってやるよ」

「そうしとけ」


 パトリックは平気そうに笑っていた。

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