第40話 黒い大杖
王座の広間を抜けると、そこには大廊下が続いていた。
バトラーとグロッグは、城内へ侵入したという龍の心臓を迎え撃つため、談笑しながら大廊下を歩いていた。
「いつからだ」
「何がですか」
グロッグの唐突な質問に、バトラーは疑問を浮かべた。
「いつから姫さんのことが好きなのかって聞いてんだ」
バトラーは図星を付かれたように苦笑いした。
「……学生の頃からですよ」
「思ったより長いな」
「アリエス様と私は同級生だったんです。入学初日、隣の席にいたのがアリエス様でした」
「なるほど、一目惚れか」
「はい、お恥ずかしい話ですが……」
「お前は物好きというか、不幸な男だ。よりにもよって一国の姫に想いを寄せるとは……何で言わないんだ?」
グロッグはバトラーの顔を横目で見た。
「言えるわけないじゃないですか! 私は一般の家庭に生まれた、ただの平民ですよ」
「平民がお姫様と付き合っちゃおかしいか? まあ、おかしいわな」
笑いながら話を茶化すグロッグ。
バトラーは少し不快そうな表情を浮かべ黙った。
「だが似たような話なら聞いたことがある。名前は忘れちまったが、その国の王女は平民と結婚したらしい。なんでも小さい頃、その王女はよく城を抜け出しては平民の子供と遊んでいたそうだ。王女は大人になってからその平民の男に告白したんだとよ」
バトラーにとってそれはあり得ない話であった。
「……変わった王女様がいたものですね。ですが、だからといって私がそうなれるとは限りません。圧倒的にそうでない王女の方が多いですし、むしろそれが普通です。王女というものは大体どこかの貴族と結ばれるものですよ」
グロッグはバトラーの話を黙って聞いていた。
口出ししなかった。
「ですが、ありがとうございます。グロッグ先生のおかげで少し楽になれたような気がします。もしこの戦いを生きて帰れたら、アリエス様にお伝えしてみようかと思います」
「おいおい、よしてくれよ。それはこれから死ぬ人間のセリフだぞ。生きて帰りたきゃ、まずは剣を構えろ。それから己を信じろ、俺たちは必ず勝つ。なにより俺が付いてるんだ、安心しろ。直ぐにはくたばらねえさ」
だが直後、グロッグの額に一粒の汗が流れた。
「どうやら……お出ましみたいだぜ」
グロッグの表情に緊張が走った。
反射的にバトラーは剣を構える。
「雑魚は任せる。というか、さっきから俺ばっかりじゃないか?」
目の前には四人の者の姿があった。うち一人はフードを被り顔を隠している。
「おいバトラー、俺たちは雑魚だとよ。へっ、舐められたもんだ」
剣に属性付与を施すバトラー。
刃に火が灯った。
「俺がやろう」
そこで先陣を切ったのは赤毛の男――アルフォードだ。
「もう少しで広間だ、おそらくヨハネスはそこにいる。ここらで肩慣らしをしておきたい」
アルフォードは左手に金色の剣を出現させた。
それは鞘に納められていたわけではなく、どこからともなく現れた。
「グロッグ先生! この人……アルフォード様ですよ!」
「伝令の言った通りだったなあ」
「どいつもこいつもアルフォード様アルフォード様って……敬ってもいないくせに敬称なんか使ってんじゃねえよ」
アルフォードは金色の刃先を二人へ向けた。
「アルフォード様、何故そのような者たちと!?」とバトラー。
その瞬間、グロッグのふところにアルフォードの姿が現れた。
「もう飽きたよ、その質問は――」
――鮮血が舞った。
グロッグは左の脇腹から斜めに向けて両断され、一瞬の間にに絶命した。
バトラーは反応できず、気づいた時には上半身と下半身の分かれたグロッグが隣で倒れていた。
尻もちをつき、怯えた様子で床を這いつくばりながら距離を取るバトラー。
アルフォードは冷めた目つきでその背中を見ていた。
「変わった剣だな。それに無駄に派手だ」
フードの男――政宗が語り掛ける。
「 《
「うわぁあああああああ!」
その時、雄たけびを上げ、バトラーがアルフォードへ襲い掛かった。
だがアルフォードは余裕の表情でバトラーの剣をいなす。
バトラーは体勢を崩し床に手をついた。
「俺たちを相手に属性付与だけとはなあ。何であんたみたいなもんがここを守ってるんだ?」
「クソクソクソクソクソッ!」
思い通りにことが運ばず、バトラーは自分自身に怒りを感じていた。
「ふ、どうやらこの国は俺がいた頃よりも兵士の育成ができていないらしい。こんな者に警備を任せているとは……」
バトラーはアルフォードの言葉など聞こえていないかのように、がむしゃらに剣を振り始めた。
アルフォードは剣で受けることなく、ただ体の向きを変えかわした。
「アリエス様のために! アリエス様のために!」
「ん? まさかお前、あの女のために死ぬつもりか?」
「アリエス様のために! アリエス様のためにぃいいいい!」
正気を失ったバトラーの右頬に、アルフォードの拳が直撃した。
反動で後ろに飛ばされ、壁に激突するバトラー。
「お前、それは忠誠心じゃないな。別の感情が混ざってる」
バトラーは壁にもたれながら、ふらつく足でゆっくりと立ち上がった。
「何故お前のような能力の低い者がこんな所にいるのか、今それが分かったよ。気づいてないみたいだから教えてやる。お前、アリエスに騙されてるぞ」
バトラーは血管の浮き出た目でアルフォードを睨んだ。
「あいつは非情な女だ。己のためなら誰でも利用する。そして狡猾だ。お前に分かるように言ってやる――アリエスはお前に気づいてるぞ?」
「……」
「普通に考えてみろ? あの頭のいい女が周囲の男の目に気づかないはずないだろう。初心な乙女を演じてるだけだ。あいつはお前を利用したんだよ。お前以外にも同じような奴はいくらでもいるだろう。感情をもてあそばれ勘違いしている奴がなあ」
「黙れえええ!」
怒号と共に、怒り任せに突っ込むバトラー。
アルフォードはするりとかわし、バトラーの左腕を斬り落とした。
「ぎやぁあああああああああ!」
左腕を抑え、絶叫し崩れ落ちるバトラー。
「首筋の魔女の名は伊達じゃない。あの女に魅了され惑わされた貴族の首筋には、いつも同じナイフが刺さっていた。あいつは学園を卒業する頃には既に暗殺を生業としていた。おかしいとは思わないか? 一国の王女でありながら、何故そんなことをする必要があると思う」
アルフォードの左手から《
「尋ねたことがある。何故そんなことをするのかと、友達と遊ばないのかと。そしたらあいつは不思議そうな顔で答えたよ。“だってこっちの方が楽しいし、それに簡単じゃない?”ってな」
斬られた腕を抑えながら悲痛の表情で苦しむバトラー。
だがアルフォードの目に慈悲はなかった。
「だからお前はここにいる。あいつの思惑に誘導されただけだ。グレイベルクの魔女に心を奪われた者は、みんなそうなるんだよ」
ふらつきながらも立ち上がろうとするバトラーへ、アルフォードは左手をかざす。
「死んで楽になれ――《
その瞬間、凄まじい轟音そして突風と共に、バトラーの体は内側から爆発した。
かろうじて原型を留めた首が宙を舞い、だがそこにはまだ微かに意識があった。
※
この感情は、思い込みによるものだった……。
それでも、頭にはあの人の顔が浮かぶ。
いくら消そうとしても離れない……。
『私はアリエス。アリエス・グレイベルクです』
あの日、俺はただあの人に見惚れていた……。一目惚れだった。
『フィリップ・バトラーと申します』
彼女は優しく笑った。
そうだ、そんなはずがない。
あの笑顔が嘘であるはずがないじゃないか。
『フィリップは教師を目指しているのですか?』
みんな俺を馬鹿にした。
騎士ではなく、教師を選んだからだ。
だけどあの人はそうじゃなかった。
『応援しています。フィリップ、頑張ってください』
あの人は俺を認めてくれていた。
教師というのは未来を育てる職業だと、そう言ってくれた。
この感情は墓場まで持っていく。
そして俺は、一生この方を見守り続ける。
彼女が気づかなくとも構わない。
アリエス様さえいてくれれば、それでいい。
アリエス様。どうかご無事で。
最後までお守り出来ず申し訳ありません。
もし生まれ変われるなら、もう一度、あなたの元で、俺は……もう一度、あなたに……。
※
「何だ、この揺れは!?」
アリエスたちを襲った突然の揺れ。
それは地響きを思わせるほどであった。
「この魔力……アルフォードですね」
「爆裂魔法だったか」
ヨハネスはアリエスへ尋ねた。
「そうです。勇者であるものは、火、風、雷、水、土と、これらすべての属性に対し適正を持ち、操ることができます。爆裂魔法はこれらすべてを同時に発動する合成魔法であり、勇者の固有魔術です」
「では外の者たちは、生きてはおらぬであろうなあ。この方角からして、先ほどの教師たちではないか?」
するとアリエスは小さく笑った。
「ご心配には及びません」
「……そうか」
ヨハネスはアリエスから視線を逸らす。
「バトラーやグロッグの代わりなど、いくらでもいるのですから」
アリエスはニヤリと口角を上げ、満面の笑みを浮かべていた。
※
「この道で合ってるんだよなあ?」
城内に侵入したはいいものの、俺はどこまでも続いているかのようなこの大廊下を歩かされ続けていた。
一向に王座の広間は見当たらず、飽き飽きしてくる。
「俺は元々ここに住んでたんだ、間違うはずないだろ」
「なんでこんなに広いんだよ」
「力を誇示するためだ。各国の王や貴族を招くこともある。ただ城では舐められてしまうんだ」
「で、あの五人は?」
そこで三人の足が止まった。
目の前には金の装飾が施された甲冑を纏う五人の姿があり、その背後には巨大な扉が見えていた。
「どう見ても使用人じゃないよな~」
「王剣騎士団。この国で最も高位の騎士だ」とアルフォード。
「それで、誰がやるんだ」
「私が行くわ」
「エリザ、奴らは手強い。剣も魔法も上級クラスだ」
「では俺がやろう」
「ジーク、お前は魔法が使えなかったんじゃないのか?」
「使えないとは言っていない、体を休めると言っただけだ。強力なスキルの使用は体力を著しく消費し手元を狂わせる。それでは魔力が安定しない分、とっさに強力な魔法が使えない」
「――作戦は決まったか?」
そこで先頭にいる図体の大きな騎士が声を掛けてきた。
「何だ嬢ちゃん、無視か。俺たちと遊んでくれるんだろう?」
どうやら会話が聞こえていたらしい。
騎士は醜悪なにやけ面でエリザを見ていた。
「《
その時、騎士の一人が前触れもなく魔法を放ってきた。
「《
素早く応戦するエリザ。
水の塊は相手の魔法をかき消すも、勢いを殺すことなく直線状に進み続け別の騎士に直撃した。
咳き込むように血を吐き、さらに穴という穴から血が噴き出すと、騎士は倒れた。
隊長と思しき先頭の男は、傍らに倒れる仲間の様子に不敵な笑みを浮かべている。
「流石は龍の心臓、というところか。可愛い顔をして魔力の質が違う」
「エリザ、魔法はいくら使っても大丈夫だ。後で俺が回復してやる」
「なんだ、魔力結晶でも持ってるのか?」
アルフォードが珍しそうに尋ねる。
「準備がいいな」
「魔力結晶? 俺は魔法で回復してやるって言ってるんだ」
「魔法でだと!? まさか、ニト。お前、魔術で魔力を回復できるのか!?」
「ああ。だからここからはいくら使っても大丈夫だ。気にせず使え。それより、なんかもう面倒臭いから、後ろの扉ごとまとめて吹き飛ばさないか?」
ウィーク牧場でゴードンを倒した際、魔術 《
これは対象に状態異常――魔力欠乏を与える魔術だ。
この病を発症した者は魔力が減少し、魔法を使おうとするたびに激しい激痛を伴い魔術が発動できなくなる。
「―― 《
《反転の悪戯【極】》により、それは対象へ状態異常――マナ充足を与える魔術へと変化した。
これは同様に病という扱いだが、魔力を満たし続け魔法を使う度に消費した分を回復し続ける。
「まずはアルフォードからだ、動くなよ」
「なっ! ニト……よせ、早まるな!」
表情を引き攣らせ後退るアルフォードの背後に回り込み、背中に槍をぐさりと刺してやった。
「うわぁああああああ!」
上体を反り絶叫するアルフォード。
だがどうしたのか「ん?」と途端に疑問を浮かべ、自分の手の平をまじまじと見つめる。
「じゃあジークとエリザにも」
同じく二人にも槍を刺した。
アルフォードと違い二人は大人しく、だが刺された後は同じように自分の手の平を見つめていた。
「魔力が、回復していく……」
「なんだ、この魔法は……」
三人の満足気な様子の意味が気になり、俺も自分に同じ槍を突き刺した。
「……なるほど、これが充足感って感覚か。確かに満たされてる気がする」
「よし、一斉にやろう!」
戯槍が気に入ったのか、アルフォードは一人やる気をみせていた。
「でも魔法を一斉に同じところに放つと、影響し合って爆発するような気がするんだが」
「まあ調整すればそれも可能だろうな」
「じゃなくて、危険じゃないか? こんなおふざけで建物の下敷きになりたくはない」
「確かにな」とジーク。「ニトの魔法は少々危険な感じがする。やるならニトは加わらない方がいいだろう。それに、ここは俺たち三人だけでも十分に足りる。魔力にも余裕ができたしな」
大階段で披露した女神。
あれからジークが俺を警戒しているような気がする。
「じゃあ、ここは任せる」
そこで三人は前へ出た。
「波長を合わせろ」と号令をかけるジークに従い、エリザとアルフォードが魔力を籠める。
三人が魔力を集中させている間、俺は背を向けながらコソコソと異空間収納を開いていた。
魔道具 《聖女の怒り》に 《反転の悪戯【極】》をかけるためだ。
ダンジョンで手に入れて以降、魔道具にもいつか試してみようと考えていたが、すっかり忘れていた。
「《
「《
「《
後ろから三人の詠唱が聞こえ振り返ると、周囲を眩い光が照らした。
それぞれの足元に色の違う魔法陣が現れた直後、三人は凄まじい規模の魔法を同時に放った。
それらは空中で混ざり合い、一つの魔法となり騎士へと襲い掛かった。
「《
「《
「《
「《
一方、気づいていたかのように王剣騎士たちも一斉に魔法を放つ。
双方の魔法は互いの間で衝突し合い歪な音を響かせた。
向かい風が酷い。思わず腕で顔を覆うほどだ。
「ぬぉおわああああああああああ!」
さらに逆光は拡散し俺の視界を一時的に奪った。
直後、まるで大廊下の先にまで届くほどの爆音と爆風。最中、誰の者とも知れない悲鳴が聞こえたと思うと、風が止み視界が晴れ、目の前には満足気な表情を浮かべる三人の姿があった。
「充足感がやばいな」
アルフォードが笑っている。
――『魔道具 《ヴェルフェゴールの大杖》を入手しました。装備品に追加します』
王剣騎士と共に大扉と周辺の壁面が消え去り、広間の様子に目を向けようとしていた時だ。
《聖女の怒り》の反転が終わり、頭の中にアナウンスが流れた。
真っ白だった杖は赤黒い大杖へと変化し、先端にあった神々しい女神の像は、鬼の形相を浮かべる禍々しい悪魔のような像へと変わっていた。
「ニト、扉が開いたぞ」
結果を知らせるジークの声は、先ほどよりも活気に満ちていた。
「作戦通りアリエスとヨハネスは頼む、後は俺たちがっ……ニト。なんだ、それは」
「何って……何が?」
急に緊張した声色で問いかけたジーク。
振り返ると目の前には、驚愕の表情を顔に張り付けたように固まる、三人の姿があった。
「ニト。それは……」
何かに戸惑うエリザ。
だがそれはこの赤黒い大杖なのだと、そこでようやく気づいた。
「ああ、何だ。これのことか。これはまあ、俺も初めて使うから分からないんだけど――」
『ん、何だ? これがマスターか? なんか貧弱そうだなあ~』
その時、誰もいるはずのない右隣から声が聞こえた。
だが振り向いてみても誰もいない。
「杖よ! 杖が喋ってるわ!」
「杖?」
動揺したように騒ぐエリザ。
言われるがまま、俺は右手の大杖に目を向けた。
『なんだ、間抜けな面だなあ~、これがマスターって大丈夫かよ』
「……」
――杖が喋っている。
『おい、聞いてんのか、目が点になってんぞ?』
杖の先端に彫られた悪魔を模したような像。
それが俺に話しかけている。
つまり、いま俺の目の前で物が喋っている。
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