第38話 大階段の戦い

 転移を終えると、そこは窓から差し込む月明りしか頼りのない小部屋だった。

 目の前には赤毛のアルフォードと金髪の美女――エリザ、そして相変わらず長い黒髪を下ろしたジークの姿があった。


「どこだ、ここ?」

「グレイベルク近郊の町だ」


 そう答えたのはジークだった。

 どうやらここはミラと呼ばれる町の宿屋らしい。


「グレイベルクじゃないのか?」

「アルバートの死後、衛兵が増員された。巡回している衛兵の警備も強化されていることから、城下町への潜伏は困難を極めた」

「なるほど、あんまり上手くいってないみたいだな」

「ここが小国レベルの国なら、今ごろ次の目的地へ向かっているはずだった」


 アルフォードは深刻そうな表情で答えた。


「だがグレイベルクともなるとそうはいかない」

「つまりグレイベルクは大国なのか?」

「ああ、この国は衛兵の数も多い。国境を越えるには関所の警備を突破しなくちゃならない。その上、城下町へ入るには防壁を越える必要がある。さらに防壁の中は城下町を含め、アルバートの感知結界で守られていた。王城もそうだ」

「でも今はその防壁の外にいる。振り出しに戻ったってことだろ?」

「その心配はない」とジーク。するとそれにはエリザが答えた。

「侵入した際に印はつけてきたら、あとは転移でそこに飛べばいいだけよ。アルバートの感知も機能していないし、今なら自由に入り込めるわ」

「その後、王城へ侵入する」

「流石、手際がいいな。じゃあ早速向かおう」

「その前に、ニト。これは確認だが、お前はアリエスやヨハネスを殺せるのか?」

「そのために呼んだんだろ?」

「……グレイベルクは強い。特にアリエスは話した通り、その筋では凄腕の殺し屋として重宝されていたほどだ。音もなく相手の首筋に忍び寄り、殺すことができる」

「その、つまりアリエスやヨハネスは叩き上げなのか? 元々は王族じゃないとか?」

「そうじゃない、彼女は王女でありながら暗殺者だったんだ。それは一部の者しか知らない」

「話が掴みづらいなあ」

「まあいい。それともう一つ、この国が魔族と戦争をしているのは知っているか?」


 そもそも俺たちがこの世界に召喚されたのは、その魔族と戦わせるためだ。


「知ってるけど、それがどうした」


「グレイベルクは魔族と戦争ができるほどには強い、ということだ。魔族は等しく強い魔力を持ち、戦争ともなれば大勢相手をすることになる。それでもこの国は勝つことさえできていないが、持ち堪えてはいる。戦争で多くの兵を失い、その中には無音のザリや刺剣のローラといった、元Sランクの冒険者もいたと聞く。お前も名前だけなら聞いたことがあるだろう」


「有名な話だよな」――誰だよ。


「だがこの国には、まだそいつらに匹敵するほどの者たちが残っている。俺たちはこれから、そいつらを相手にしなければならないんだ」


「そのあとにアリエスやヨハネスの相手をするのはしんどいってことか?」


「まず魔力がもたない。おそらく二人は現在この国において最強だ。俺たちはそれ以外の奴らを始末する」


「つまり、二人の相手は必然的に俺に任されるわけだ。歩兵を処理したあと、余力でどうにかなる相手でもないってことだろ?」


「そういうことだ、だからお前を呼んだ。一騎打ちなら受けて立つが、多勢が相手では分が悪い」


「お前の言いたいことは分かった。大丈夫だ。アリエスとヨハネスは俺に任せてくれていい。それに、“一騎打ちなら受けて立つ”と言ったその一言で確信が持てた」


 俺たちを召喚した張本人であるあいつらが、どれほどの手練れなのかということは気になっていた。

 だがジークレベルでも一騎討ちでなら殺すことは可能なわけだ。


「俺なら間違いなく勝てる」


 いや。だが、俺の目的はそこじゃない。



 政宗の部屋に一人たたずむトアの元へ、シエラは静かに歩み寄った。

 隣には不安そうな表情を浮かべるネムの姿もある。

 偶然、政宗とトアの会話を部屋の外で聞いてしまったのだ。


「情けないよね、信じてるって言ったのに……」


 薄っすらと涙を浮かべ、トアはそう言った。


「トア……」

「ご主人様はいけないことをするのですか?……もう、帰ってこないのですか?」


 ネムにはそんな気がしていた。


「大丈夫ですよ、マサムネはきっと帰ってきます。ですが、その時ネムがそんな顔をしていては、マサムネに気を遣わせてしまいます。今度はネムがマサムネを助ける番です。マサムネに助けられたように、傷ついたマサムネを助けてあげないといけません」

「……はい、なのです」


 ネムは俯きながら、涙を拭った。



 ミラの宿屋より転移を終えると、そこは閑静な路地裏であった。


「こっちだ、いくぞ」


 ジークに促され、政宗は三人の後へ続いた。

 深夜の城下町を颯爽と駆け抜け、建物と建物の間を通り市街地を抜けた。

 そして目の前に一際異才を放つ門が現れる。


「ここだ」


 格子のような巨大な門、その向こうに見える噴水。

 そして必要以上に広々とした長い大階段と、その先に見える王城。

 敷地内にはここからでも分かるほどの照明の灯りが見えており、ライトアップされた王城はまさに権力の象徴だ。


「懐かしの王城だ……」

「なにか言ったか?」

「いや、金持ちってのはやることが違うなと思ってな」


 王城を前に薄っすらとほほ笑む政宗を、ジークは微かな疑いの目で見ていた。

 血走った瞳からは狂気染みた気配が漏れている。

 だがジークはそこに答えを見出しつつあった。


「……中へ入るぞ」

「ああ、早く終わらせよう」


 王城を背景にアリエスの笑った顔が見えるほどには、今、政宗の精神は正常ではなかった。

 高く飛躍し門を飛び越えた四人の前へ、待ち伏せしていたかのように二人の衛兵が姿を見せる。

 一人は槍を構え、もう一人は剣と盾を構えていた。


「話を聞いて分かっていたことだが、暗殺はまず不可能だな。強行突破しかなさそうだ。まあ、だから俺を呼んだってことだよな」

「アルバートを暗殺ではなく一騎打ちで殺したあの時点で、殺暗の可能性は絶たれていた」

「だろうな」


 徐々に横柄さを見せる政宗の様子に、ジークだけではなく、エリザやアルフォードも違和感を覚え始める。


「お、お前ら!? まさか、龍の心臓か!?」


 政宗は異空間収納より魔道具 《聖女の怒り》を取り出すと、躊躇うことなく即座に 《聖なる光セイント・シャイン》を同時に複数放った。


「うっ、うわぁあああああああああ!」


 放たれた聖球は同時に二人の衛兵の体へ捉えた。

 直後、衛兵は上半身と下半身がちぎれるように弾け飛んだ。


――『 《ケビン・ウォールバーグ【Lv:16】》討伐により、固有スキル 《女神の加護》が発動しました。戦利品を選んでください』

――『 《ロバート・ウィルソン【Lv:17】》討伐により、固有スキル 《女神の加護》が発動しました。戦利品を選んでください』


 政宗は欠損し横たわる死体へ見向きもせず、ステータスから未選択リストを選ぶと、スキル《浄化》と魔術 《剣士の守りプロテミスタ》を選ぶ。


「ニト、それは魔道具か?」


 殺人に躊躇いがない政宗に違和感を抱きつつ、アルフォードは政宗の持つ白い杖について尋ねた。


「ああ、ダンジョンで見つけたんだ。どうやら中級魔法が使えるらしいが、どうかしたか?」

「ダンジョンだと!?…………いや、ただ珍しい物を持ってるなと思ったんだ」

「珍しい? そうか、これは珍しい物だったのか……。それより、先を急ごう」


 三人は苦笑いを浮かべつつ、政宗のあとに続いた。



 大階段下の噴水広場に、二人の男の姿があった。

 こちらもまるで四人が来ると分かっていたかのように、共に剣を構えている。

 だが先ほどの者たちよりも服装が違い、鎧ではなく、スタイルがはっきりと分かるような紺のコートを身に着けていた。

 騎士というより軍人に近い。甲冑を身に着けていない分、シンプルな背格好だ。


「ベルナルド、左右から挟み撃ちだ」

「分かった。左は任せろ」


 その瞬間、左にいた男が正面からジークへと斬りかかった。


「そいつは任せた」


 政宗は《神速》を発動し、男の横を通り過ぎるともう一人の男へ近づき、瞬時に異空間収納から取り出したブロードソードで首をはねた。

 反応はおろか、男は斬られたことにすら気づいていなかったが――。


――『 《ベルナルド・オスマン【Lv:38】》討伐により、固有スキル 《女神の加護》が発動しました。戦利品を選んでください』


 政宗は未選択リストを開くと、魔術 《爆裂拳ブランシュ》を選択した。

 戦利品の選択が二の次であるかのように、片手間に選んでいる。


「ベルナルド!」


 その場で足を止め振り返り、男は両膝から崩れ落ちる首のない友へ叫んだ。


「――よそ見とは余裕だな」


「しまっ!」


 仲間の死に気を取られていた男へ、ジークが大太刀を振り抜き同じく首が飛んだ。

 宙を舞った首が地上に落ちたタイミングで、ジークは鞘に大太刀を納める。


「相変わらず無駄に長い刀だな。そんなことより、本当にこいつら強いのか? そいつなんかよそ見してたぞ」


「おそらく仲間を失うことに慣れていないのだろう。グレイベルクは魔族と戦争でもしていなければ、内戦もない比較的平和な国だ」


「そんな国がなんで魔族と戦争なんかしているんだろうな」


「ヨハネスだ」とジーク。


 すると疑問を浮かべている政宗へアルフォードが説明する。


「ヨハネスは最初の妻を病気で亡くしている。そして二番目に迎えた妻は暗殺された。それからだ、ヨハネスは壊れ始めた。自分のために死ねることを誇りに思えと、騎士や魔導師たちへ当たり前のようにそう言ったんだ。そして魔族へ戦争を仕掛けた」


「妻を殺された怒りが魔族へ向いたのか? 魔族からしてみれば迷惑な話だな」


「……分からない。精神を病んだ者の心は複雑だ、他人には理解できない」


 政宗は歯切れの悪い表情を残しつつ、大階段へと足を進めた。


 階段が一度途切れ、このエリアの中盤へ位置する広場へと差し掛かった時、階段の左右に見える回廊から、数えきれないほどの衛兵の群れが姿を現した。

 後ろの者は前の者へ続き続々と姿を見せ、四人は気づくと周囲を囲まれてしまった。

 そして数秒の静寂を挟み、左の衛兵の集団――その先頭にいる男が口を開いた。


「龍の心臓! お前たちは我々が完全に包囲した! もう逃げ場などどこにもない!」


 警告の直後、何かに気づくと言葉を失い、男は茫然とする。


「町でお見かけした時、もしやと、思っておりました……」


 男の表情には悲しみが溢れていた。


「やはり、アルフォード様でしたか……」


「……」


「非常に残念です。王子ともあろうお方を、ここで討たねばならないとは……」


「王子?」と政宗は耳を疑った。


 どこか悲しげな表情のあと、エリザは話した。


「アルフォード・グレイベルク……それがアルフォードの名前よ」


「じゃあ、アルフォードは……」


「そう、彼はこの国の元王子。ヨハネスは父親で、アリエスは姉。アルフォードはヨハネスの二番目の妻との間に生まれた子供なの」


「エリザ、余計なことは喋るな。それは捨てた過去だ」


 そう言いながら、アルフォードは三人の前へ出た。


「残念なのはお前らだ。お前の顔は覚えている。まだこの国にいたとは……。あいつらの外道っぷりは今に始まったことじゃない。いくらでも気づける時期はあったはずだ。つまり、お前らは奴の所業に目を瞑ったんだ。自分の保身のためにな、そうだろ?」


「国を見捨てられたあなたに、我らを非難する資格などありません。我々は堪える道を選んだのです。戦場へ散っていった友のために、いつか訪れるであろう平和を願って……」


「それは愛国心か? いや、違うな。平和は願っているだけじゃ訪れない。お前たちは犬の道を歩いているだけだ。ヨハネスやアリエスが死んでも、この国に平和は訪れない。また次のあいつらが現れるだけだ。お前たち一般兵は知らないだろうから教えてやるが、このグレイベルクって血筋は根元まで腐っているんだ。己の事しか考えず、甘い汁をすするためなら他人に何をしてもいいと思っている。虫唾が走る……俺の中にも、あいつらと同じ血が流れてると思うとなあ」


「それでもっ!……我らには家庭があるのです! 家族がいるのです! この国から逃げることなどできません!」


「できるさ……。俺は牢にぶち込まれ、一ヶ月ろくに飯も与えられなかった。それでも生きられたのは足元を偶に通るネズミを食べてしのいでいたからだ。だがそれでも腹は満たされない。それどころか半端に入れたせいで余計に腹が減る。だが食べないと死ぬ」


 アルフォードは物思いにふけるように城を眺めた。


「立ち上がることすらやっとだったが、ネズミの骨で鍵を開け牢屋を抜け出した。国を去り、そして広野を歩き続け森を彷徨った。だが地下牢よりはマシだった。食べる物があるからなあ、草でも何でもないよりはマシだ。だが仕方がないだろう、俺には準備する時間などなかったんだから。闇が支配する森を剣も持たずに、ただひたすら歩き続けた。だがお前らは違ったはずだ、準備ならできたはずだ。時間はあった、ただお前たちがそれをしなかっただけだ」


 大階段の頂上から四人を射抜こうと狙う九人の弓兵に、それぞれは気づいていた。

 政宗は小声で「上の連中は俺がやる」とエリザに伝える。

 ジークにはアイコンタクトで知らせた。

 だが周囲の衛兵もその不穏な動きには気づいており、隊に緊張が走る。


「あなたと我らとでは違うのです! 所詮、あなたは勇者だ……今もこうして生きていることがその証です。仰るように、我らはただの一般兵に過ぎません。外でモンスターに遭遇すれば連係を組み大勢で戦う。例えそれが一体のモンスターであろうともです。一人で複数を相手にできるあなたとは違うのです! 今だってそうではありませんか! あなたはこうして囲まれても時間を稼ぐことしか考えていない。違うのです! 何もかもが根本的に違うのです!」


 アルフォードは王城から視線を移し、その男を見た。


「……今の俺は王子ではない。俺に何を求めているのかは知らないが、それが現実だ。この国の悪臭に気づいたその日から、これまで、お前たちは何も変えようとしてこなかった。その結果と、そこに伴う現実が今だ」


 アルフォードは冷酷な瞳で見つめた。

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