第24話 おっさんと友人

 翌日。

 目が覚めると何故か隣にトアがいた。

 半開きの目が徐々に開き。


「んんん……おはよう。マサムネ」

「おはよう。って、おはようじゃないんだよ。何で俺のベッドにいるんだよ」

「だって、目が覚めたら誰もいなかったから」

「なるほどなあ。うんうん、って!――」

「ダメなの?」トアがじーと見てくる。

「……いや。別にダメでは」そんな目で見つめられてダメとは言えない。

「じゃあ何で怒ってるの」

「いや、怒ってはないというか……」


 トアはシャツ1枚という童貞殺しの身なり。

 世の中には童貞を殺すセーターという物がある。

 だが童貞は薄手のシャツ一枚で殺せるのだ。


「トア。その、とりあえず服を着てくれないか」

「嫌よ、暑いじゃない」

「マサムネ殿」扉の開く音がした。「おはようございます。何やら話し声が聞こえたのですが……」シエラさんの声だ。

「おはようございます。シエラさん」寝返りうち体を起こした。

「おはよう。シエラ」トアも同じく。


 と、シエラさんは顔を真っ赤にして震えている。


「……ですよね。マサムネ殿も男性。仕方のないことなのかもしれません。ですが、できれば自重していただければ。何よりここは……」

「誤解ですよ! これはトアが勝手に!」

「ならシエラも入ってくればいいじゃない」とトア。「ほら、こっち側がは空いてるから」

「そ、そういうことでは!」


 何だろう……最近トアの様子がどんどん変になってるような気が。

 緊張が解けてきたからだろうか。

 そこにヒルダさんが「トアちゃんいる?」と現れ……。

 トアに部屋を教えたのはヒルダさんらしい。

 考えてみればトアは知らないはずだ。

 シエラさんに俺を起こしてくるように言ったのも、ヒルダさんだそうだ。

 この人はいったい何がしたいのか。

 よく分からないが、つまり俺たちはこの人に遊ばれていたのだった。

 こうして、俺は目覚めの良い朝を迎えた。







 シエラさんに剣術の稽古を付けてもらっていた。


「そろそろ休憩にしましょう」

「そうですね」


 やってみると難しい。

 すぐにできるとも思ってなかったが、俺に剣術など習得できるのか。

 シエラさんは覚えが早いと褒めてばかり。


「ところで、いつから剣を習ってるんですか?」幼少期だとは聞いたが。

「3歳くらいでしょうか。当時はまだ木製のおもちゃでしたが」

「トアはいつからなんだ?」

「忘れちゃったけど。多分、シエラと同じだったような……。森で迷子になって、レオウルフに襲われそうになってたところを、父さまが助けてくれて、その後、剣と魔法を習い始めたの」

「ふ~ん……色々あったんだな」

「怖い思いをしたのはその一回だけよ」

「レオウルフですか?」遅れシエラさんはくいつく。

「どうしたんですか?」

「レオウルフと言えばSランクモンスターですよ。トア殿のお父上は倒されたのですか?」

「うん。その時のレオウルフの剥製はくせいが飾ってあるもの」


 トアは魔族。

 これだけ強いトアのお父さんだ。

 Sランクくらい倒せてもおかしくはなさそうに思う。


「Sランクってことは、ヌートケレーンより強いんですか?」

「強いなんてものでは。王国中の騎士や冒険者が総出で挑み、やっと倒せるレベルです。ですが、モンスターには個体差がありまして。話は変わりますが、同じ種類でもレベルによってはSランクかそれ以上ということもあります」

「結局はレベル主義なんですね。じゃあレベル500のミミックがいたとして、そいつのランクってどのくらいになりますか?」

「500ですか? それはまた、何というか……」

「大体でいいですよ。シエラさんの意見が聞きたいので」

「そうですねえ……もし仮にそんなレベルのモンスターがいたとすれば、それはランク外ですね」

「ランク外? どういうことですか?」

「ギルドが定めるランクは、基本SSSトリプルSまでです。その上に無限級というクラスがありますが、これは実質、ランクではなく未確認という意味になります」

「つまりレベル500は未確認だから無限級になるわけですか」

「はい。ですがあくまでも未確認という意味なので、もし仮にレベル500のモンスターが確認されれば、それはランク外になります。無限級というのはギルドが定めた、いわば保険のようなものですから」


 なるほど。

 実質、ランクはSSSトリプルSまでしかないということか。


 その後、稽古は夕方まで続いた。

 退屈そうにしていたトアを交えて、最終的に俺は2人から剣を学ぶことになった。







 俺は、そっと目を開けた。

 雲……それから白いもや

 雲海だ。

 辺り一面、雲ばかり。

 どうやらここは雲の上のようだ。

 と、確かなことは分からず辺りを確かめる。

 これは……神殿だろうか。

 目の前にそれらしい建物があった。

 雲の間から夕陽が差し込み、神殿をふと照らした。


「久しいな、マサムネよ」


 急に、背後で声がした。

 振り返り、その声の正体に戸惑う。


「……え、シャオーン?」


 それは俺が殺したはずのシャオーンだった。

 相変わらずな口調だ。

 蛇睨みが怖い。

 

「何でお前がいるんだ? お前は俺が……」

「待て。まあついて来い。来れば分かる」


 言葉を遮り。

 俺はついて行った。


 神殿の中は外装よりも神々しくはなかった。

 静かで落ち着いていた。

 例えるなら王座の広間だ。

 そこに、王座に座るわけでもなく、一人の男が立っていた。


「よく来たな、マサムネ。というより俺が招いたんだが」


 男は黒髪短髪で。


「誰だ。シャオーンの知り合いか?」

「……これなら分かるだろ」


 そう言うと、男の体から赤黒い影をあふれ出し、全身を覆った。

 包む蠢き、そして、漆黒の鎧となる。


「コレデ、ドウダ?」

「その声……」すぐに気づいた。「ダンジョンの……」


 それは俺に復讐神の秘薬を与えた者の声だった。


「そうか。お前が。シャオーンの知り合いだったのか」

「我の戦友だ。名を――」

「シャオーン!」急に男が遮った。「それ以上は言わなくていい」

「そう言えばそうであったな。すまん」


 男は元の人間の姿に戻っていた。


「お前の言いたいことは分かる。ここはお前にとってはどこでもない場所だ。まあ、俺たちにとっては牢獄だがな」

「なるほど。牢獄とは……実に見事な表現だな。友よ」とシャオーン。


 2人は何が可笑しいのか腹を抱えて笑っていた。


「ああ、悪い悪い。話がそれたな。お前の体はちゃんとベッドの上だ。今のお前は言わば精神体。心配するな」

「精神体?」

「厳密には存在だが、まあ、それはいい。一時的にだが、お前をここに呼び寄せた」

「……どういうことだ?」

「お前に与えた秘薬。あれは言わば、俺と使用者を繋ぐ薬だ」

「ちょっと待ってくれ。話が唐突過ぎてよく分からないんだが、あの薬でお前は、俺に何をしたんだ?」使用後、何か変化は感じていた。

「あれは俺の血を混ぜて作ったものだ。効果は一度だけもの、使用者に固有スキルを与える。何が出るかはランダム、大体のスキルが、そうだなあ……お前に分かるように言うなら無限級だ」

「つまり未確認か。誰も見たことのないスキル……」

「未確認であることが条件だ。希少なものしかない。だからと言って優れたスキルが出るとは限らない。お前は運が良かった。シャオーンまで倒せるほどのスキルなんだ。だが運が悪けりゃあのダンジョンで死んでたかもしれない。あのミミックにそのまま食われててもおかしくなかった」

「……そうか。秘薬のことは分かった。助かったよ。ありがとう」

「気にするな、あれは俺の気まぐれだ。実験的に置いてただけだからな」

「それで、なんで俺を呼んだ?」

「シャオーンが説明する」

「マサムネよ。お主に我の剣術を伝授する」

「は?」いきなりなんだ。意味がわからない。「じゃなくて。俺が聞きたいのは、何で俺をここに呼んだのかってことだ」

「それは俺の口からは言えない。なぜ話せないのかもだ」だと男。

「それはあんたが名前を明かさないことと何か関係してるのか?」

「それも言えない。シャオーンに聞いても同じだ」

「なら教えて欲しいんだが、シャオーン。お前は何でここにいる?」

「言えぬ」


 教えられない、ではなく、言えない

 つまりこの2人は何かに縛られているのか。

 でも、何故それすら言えないのだろうか。


「言いたいことは分かった。」


 特に興味もなかった。

 それよりも剣術だったか。

 教えてやると言うなら教わってやってもいい。


「我の剣術を伝授する。伝授は一瞬だ。だがお主が秘薬を取り入れた際と同様、痛みが生じる。それでも構わんな」

「くれるって言うなら有難く貰うけど、剣術だろ? いったいどれだけの時間が――」

「では――」シャオーンが俺の頭に手をのせた。

「おい……何だよ」


 次の瞬間、全身に痛みが走った。

 息が詰まるほどの激しい痛み。

 そして震え。

 それは一瞬であったが、余韻が消え去るのに少し時間がかかった。


「これは……」


 俺の中にそれまで無かったはずの剣術に関する記憶があった。


「それが剣術だ」

蛇流派シャー……獣王流派……グレイベルク式剣術……帝国式剣術……リント……石化鳥コカトリス流派……」


 俺の中に数多の剣術があった。


「リント……何だ?」

「エルフの剣術だ」


 数多の剣術を頭の中で確かめていった。

 しばらく記憶をめぐり、そして、1つの剣術にたどり着く。


「これが……」

「我の剣術だ。我が習得したすべての剣術と、我自身の剣術を混ぜ合わせ、隙の無い1つの剣術を生み出した」

「名無き流派? なんだそれ」

「この剣術に名は無い。あるのはただ、斬られる者のみ」


 シャオーンは何故か、遠くを見つめるような目で、俺を見ていた。


 気づけばそこにあったという感覚だ。


「なんで俺にこんなものを与えたんだ?」

「話せぬ」とシャオーン。

「今は気まぐれだと思ってくれ」と復讐神。「だが間違いなくこのさき必要になるものだ」

「必要? 冒険をする上ではそうだろうけど。そういう意味?」


 何となく「必要」という言葉に重みのようなものを感じていた。


「……」だが復讐神は何も答えない。

「それも言えないか……」

「知りたければ自分で調べろ。旅を続けていれば分かってくるだろう」

「肝心なことは答えられないか。ところでシャオーン。思ったんだけど、そんなに強いなら、なんであの時俺に負けたんだ? この剣術があれば勝てただろ?」

「150年ぶりに会った人間。そして戦闘。まあ、それが原因とも言える。だが我は油断などしていなかったぞ。つまりお主の方が、あの瞬間においては上だったのだ。お主が見せた魔法。あれは我も見たことのない魔法だった。確かに薄っすらではあるが、そこにいる友の気配も感じた。だから我は一瞬、奴の魔法かと勘違いをしたのだ。だがそれは魔法からではなく、秘薬を取り込んだそなた自身からのたものだった。つまり我はそなたの魔法を見抜けなかったのだ」


 要は体が鈍ってたってことだろうか。


「マサムネ。ビヨメントに行け。そこでカリファという女性に会い、見つけたらこう伝えろ、『あの丘で待ってる』と。次にカリファが質問してきたら、『3番目の引き出しにある』とだけ答えるんだ。あとは分かる」

「……訳が分からん。それも必要なことなのか?」

「ああ」復讐神の目つきは真面目そのものであった。

「俺は普通に冒険していたいだけなんだが。まあ、仕方ないから町に寄った時には尋ねてみるよ」

「それで構わない。あともう一つ。魔術を学べ」

「魔術を学ぶ?」

「どこでもいい、学校に入学しろ。お前ぐらいの歳の魔法使いは、魔術学校で勉強するもんだ」

「でも俺はヒーラーだぞ」

「構わない。学べば知識が増え、景色も変わって来る。ヒーラーにはお前の知らない先があるはずだ。使えるのはどこまでも治癒魔法や支援系の類だが、覚えれば幅も広がるだろう。魔法に限界はない」

「……分かった」今の俺にはありがたい言葉だった。

「やけに素直だな」

「別に。魔術学校には興味があったんだ。機会があれば行ってみたいと思ってた。それに、あんたには秘薬の恩がある」


 復讐神は安心するように笑った。


「マサムネよ。あの蛇剣だが、もしお主に合わぬ時は魔族の少女に渡すが良い。気に入るであろう」

「……お見通しってことか」


 トアがいることなんて話してない。

 と、そこで急に眠気が襲ってきた。


「ここまでのようだな」


 復讐神がポツリと呟いた。


「俺たちは何度もお前を呼び出せない。次はいつになるか……だから最後に頼みがある」


 視界が歪む。


「俺たちを見つけてくれ……」


 その一言を最後に、俺の意識は途切れた。

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