第20話 レイド・ブラック

「おい、おい、おい。なんだこの血だまりは! いるんじゃなかったのか! どこ行きやがった、ヌートケレーンは!」


 獲物を横取りされた、声を荒げるレイド。

 レイドにとって久しぶりの戦闘になるはずだったのだ。


「おそらく、あれがそうだろう」目の前の「海」を指さすラインハルト。

「ラインハルトよ。そう言われて、はいそうですかと言えるか。信じられるわけねえだろ」

「そうであるのだから仕方がない。ところでシエラ、ここで何があった」


 シエラは心ここに在らずといった様子だった。


「シエラ!」とヒルダ。

「お姉……さま」声に反応するように、シエラはヒルダを見た。

「シエラ、いったいここで何があったの?」


 シエラは政宗の魔法を思い出していた。

 あの亀裂から現れた女の瞳が頭から離れないのだ。


「私は……」

「情報ではもう2人冒険者がいるはずなのだが……シエラ。他の者はどうした」とラインハルト。

「……彼らはもう、いません」

「…………いない、とはどういう意味だ。お前1人であれを倒したとは思えない。少なくとも白王騎士レベルの冒険者が4人は必要だ」

「それにしてもよっくやったもんだ」茶化すレイド。「何をしたらあそこまでグチャグチャになるんだ。あれをやったのはお前か、シエラ」


 ニヤニヤしながらシエラに問う。


「あれか、もしかしてそいつら、あいつに喰われたんじゃねえだろうなあ。ひゃっひゃっひゃ。だとしたらお前の様子にも頷けるんだが」

「レイド、少し黙ってなさい!」ヒルダは睨みつけた。

「……」ラインハルトがため息を漏らす。「とりあえず王都に連絡だな。あれを回収しよう」


 ラインハルトは溜め息を吐きながら馬へ跨った。

 








 王座の広間。

 そこにラインハルトの姿はあった。


「それを葬ったのはシエラか」


 アーノルド・ラズハウセン。

 王都の現国王だ。


「現場の様子からしてシエラによるものだと思われます。ただ本人の状態が不安定であるため確かなことは分かりません。結論は待たれた方が宜しいかと」

「ではこの件、ラインハルト、お前に一任する」


 謁見を終え、ラインハルトは王の間を後にした。


「お、ラインハルトじゃないか。爺さんに謁見か?」

「不敬だぞ、ダニエル」


 この巨体の男の名はダニエル・キング。

 白王騎士だ。

 褐色の肌と剛腕。

 屈強な肉体が特徴だ。


「ははは! そんなことよりヌートケレーンが出たっていうのは本当か」

「調査中だ」

「で、誰がやったんだ」

「調査中だ」

「何だよ、少しくらい教えてくれてもいいだろ。どうせ分かることなんだ」

「どうせ直ぐに茶化すのだろ?」小さく溜め息。「正直、今は何も分からない。その場に居合わせたのはシエラだ。知りたければ彼女から聞くといい。ただ、いま解剖班が調べている。待っていればそのうち分かるだろう」


 ラインハルトは淡々としていた。

 ダニエルはそんなラインハルトを見るなりニヤリと。


「何だ?」眉をひそめるラインハルト。

「分かるぞ。何か引っかかってんだな?」

「……目撃者の話では交戦中の冒険者の数は3人。内1人はシエラ。後の2人は駆け付けた時にはいなかった。あったのはヌートケレーンの肉片と血の海だ」

「血の海?」

「ああ。原形を失うほど損傷の激しい死体。一帯を膨大な量の血が満たしていた」

「……なるほど。そういうことか。答えはその2人……」

「おそらくな。シエラは知っているのだろう。だが話さない」

「尋問すればいいだろ」表情をしかめた。

「話さぬ者に聞くつもりはない。だが話さずとも、白王騎士としての責任は果たしてもらう。もしこの国に害を為す者をかばっているのであれば、それ相応の結果があるというだけだ。急がずとも結果は必ずついてまわる」

「冷たいねえ、お前は」ダニエルは呆れた。「だがもし仮にその二人がやったなら、そいつらはただ者じゃないな。両方か片方かは分からないが、俺たち並みに強いってことになる」

「もしくはそれ以上か」

「は」ダニエルは高笑いした。「それはないだろ。冗談はよせ。まさかお前よりも強いって言うのか?」

「確かなことは分からない」


 ダニエルはラインハルトの表情から理解した。

 ラインハルトは冗談を言わない男だ。

 

「敵か味方か。どちらにせよ重要なのはその一点だけだ」

「ところでお前、もう昼は……」ダニエルの言葉が不意に途切れ。「どうした?」疑問を浮かべた。


 ラインハルトの表情が不穏なものへと変わったからだ。


「この魔力……レイドか」

「ん?……ああ確かに。あいつのだ」


 2人は魔力の波動を感知し、すぐに王城を後にした。

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