第20話 レイド・ブラック
「おい、おい、おい。なんだこの血だまりは! いるんじゃなかったのか! どこ行きやがった、ヌートケレーンは!」
獲物を横取りされた、声を荒げるレイド。
レイドにとって久しぶりの戦闘になるはずだったのだ。
「おそらく、あれがそうだろう」目の前の「海」を指さすラインハルト。
「ラインハルトよ。そう言われて、はいそうですかと言えるか。信じられるわけねえだろ」
「そうであるのだから仕方がない。ところでシエラ、ここで何があった」
シエラは心ここに在らずといった様子だった。
「シエラ!」とヒルダ。
「お姉……さま」声に反応するように、シエラはヒルダを見た。
「シエラ、いったいここで何があったの?」
シエラは政宗の魔法を思い出していた。
あの亀裂から現れた女の瞳が頭から離れないのだ。
「私は……」
「情報ではもう2人冒険者がいるはずなのだが……シエラ。他の者はどうした」とラインハルト。
「……彼らはもう、いません」
「…………いない、とはどういう意味だ。お前1人であれを倒したとは思えない。少なくとも白王騎士レベルの冒険者が4人は必要だ」
「それにしてもよっくやったもんだ」茶化すレイド。「何をしたらあそこまでグチャグチャになるんだ。あれをやったのはお前か、シエラ」
ニヤニヤしながらシエラに問う。
「あれか、もしかしてそいつら、あいつに喰われたんじゃねえだろうなあ。ひゃっひゃっひゃ。だとしたらお前の様子にも頷けるんだが」
「レイド、少し黙ってなさい!」ヒルダは睨みつけた。
「……」ラインハルトがため息を漏らす。「とりあえず王都に連絡だな。あれを回収しよう」
ラインハルトは溜め息を吐きながら馬へ跨った。
※
王座の広間。
そこにラインハルトの姿はあった。
「それを葬ったのはシエラか」
アーノルド・ラズハウセン。
王都の現国王だ。
「現場の様子からしてシエラによるものだと思われます。ただ本人の状態が不安定であるため確かなことは分かりません。結論は待たれた方が宜しいかと」
「ではこの件、ラインハルト、お前に一任する」
謁見を終え、ラインハルトは王の間を後にした。
「お、ラインハルトじゃないか。爺さんに謁見か?」
「不敬だぞ、ダニエル」
この巨体の男の名はダニエル・キング。
白王騎士だ。
褐色の肌と剛腕。
屈強な肉体が特徴だ。
「ははは! そんなことよりヌートケレーンが出たっていうのは本当か」
「調査中だ」
「で、誰がやったんだ」
「調査中だ」
「何だよ、少しくらい教えてくれてもいいだろ。どうせ分かることなんだ」
「どうせ直ぐに茶化すのだろ?」小さく溜め息。「正直、今は何も分からない。その場に居合わせたのはシエラだ。知りたければ彼女から聞くといい。ただ、いま解剖班が調べている。待っていればそのうち分かるだろう」
ラインハルトは淡々としていた。
ダニエルはそんなラインハルトを見るなりニヤリと。
「何だ?」眉をひそめるラインハルト。
「分かるぞ。何か引っかかってんだな?」
「……目撃者の話では交戦中の冒険者の数は3人。内1人はシエラ。後の2人は駆け付けた時にはいなかった。あったのはヌートケレーンの肉片と血の海だ」
「血の海?」
「ああ。原形を失うほど損傷の激しい死体。一帯を膨大な量の血が満たしていた」
「……なるほど。そういうことか。答えはその2人……」
「おそらくな。シエラは知っているのだろう。だが話さない」
「尋問すればいいだろ」表情をしかめた。
「話さぬ者に聞くつもりはない。だが話さずとも、白王騎士としての責任は果たしてもらう。もしこの国に害を為す者をかばっているのであれば、それ相応の結果があるというだけだ。急がずとも結果は必ずついてまわる」
「冷たいねえ、お前は」ダニエルは呆れた。「だがもし仮にその二人がやったなら、そいつらはただ者じゃないな。両方か片方かは分からないが、俺たち並みに強いってことになる」
「もしくはそれ以上か」
「は」ダニエルは高笑いした。「それはないだろ。冗談はよせ。まさかお前よりも強いって言うのか?」
「確かなことは分からない」
ダニエルはラインハルトの表情から理解した。
ラインハルトは冗談を言わない男だ。
「敵か味方か。どちらにせよ重要なのはその一点だけだ」
「ところでお前、もう昼は……」ダニエルの言葉が不意に途切れ。「どうした?」疑問を浮かべた。
ラインハルトの表情が不穏なものへと変わったからだ。
「この魔力……レイドか」
「ん?……ああ確かに。あいつのだ」
2人は魔力の波動を感知し、すぐに王城を後にした。
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