第16話 トアの涙

「《稲妻ライトニング》!」


 トアと共に防壁の外。

 そのすぐ傍にある森に来ていた。

 とりあえず飯を食うにも宿に泊まるにも金がかかる。


 あれからギルドに戻りFランクでも受けられる高報酬の依頼を探した。

 さっきは必要ないと言っていたトアだったが登録を勧めるとあっさり申請していた。

 ステータスは偽装で誤魔化した。

 俺と比べてトアの場合、異常ではないにしてもパラディンや魔族だ。

 それにあのステータスは何かと問題に巻き込まれやすいだろう。

 偽装しておいた。


「これが最後の一匹だな。おら!」


 というわけで、ゴブリン退治をしていた。

 ”森に果物を取りに行くとゴブリンがいるせいで作業が進まないから追い払ってくれ”。

 という依頼だった。

 どうやらゴブリンは果物が好物らしい。

 侵蝕を使うべきかどうか迷ったが、ゴブリン程度なら拳でも討伐できた。

 俺の攻撃力は6000を超えているし当然か。

 剣術もいいがケイズさんのように拳で戦うスタイルもいい。


 ゴブリンを討伐する度に《女神の加護》が自動で発動した。

 低レベルのゴブリンは魔術どころかスキルも持たず、回復薬くらいしか持っていなかった。


「じゃあそろそろギルドに戻ろう」


 モンスター相手だとトアは怯えるどころか恐ろしいほど躊躇いがなかった。

 魔術の扱いも慣れたもので、上級冒険者と言っても過言ではない程だった。


「そういえば、こいつら消えないな。なんでだ?」


 前々から思っていた。

 ダンジョンを出たら調べるつもりだった謎の1つだ。


「それはダンジョンの話でしょ? 前に本で読んだわ。ダンジョンのモンスターは消えるって。普通に生息してるモンスターは消えたりしないわよ」だそうだ。


 これで一つ調べる事が減った。

 ついでに言うとモンスターと魔物とでは意味が違うらしい。

 さっき俺が魔物という単語を会話の中で出した際、トアがそう言った。

 魔物はある一定以上の知力と強さを兼ね備えているらしく。

 ゴブリンのようなモンスターとは全く違うらしい。







「では確かにお預かりしました。こちらが今回の報酬になります」

「とりあえず今日は疲れてるし、さっさと宿を見つけて休もうか?」


 トアがあくびをしていたので提案した。

 受付で宿を紹介してもらった。


「失礼ですがお嬢さん。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 そこで目を離した隙にトアに近づく男がいた。


「あのすいません。こいつ俺の連れなんですよ。じゃあ行こうか」

「待ちたまえ」


 男からトアを遠ざけ、手を取りその場を後にしようとした時、男は俺たちを止めた。


「何でしょう?」俺はニッコリ笑った。

「見かけない顔だが、君は冒険者か」

「はい。今日から冒険者を始めました」

「なるほど新入りか。ならば私を知らずとも当然か。なるほど、それで手始めにゴブリン退治か」


 どうやら受付での様子を見ていたらしい。

 他人の受付でのやり取りを盗み聞きするというのは、冒険者のさがか何かなのか。


「そうなんですよ。じゃあ俺たちはこれで」

「態度の悪い奴だ。それよりゴブリン退治などという低ランクの任務では大した金にもならないだろう。どうかね、そちらのお嬢さん。あなたはそれで満足なのですか?」


 やはり目的はトアか。


「私ならばゴブリンなどと言わず、ハンティングウルフやジャイアントスネーク。あのグリズリードの討伐すら可能ですよ。どうせ今夜も安い宿に泊まるのでしょ? どうですか? わたしと来られては?」


 流石にこう何度も絡まれては面倒臭い。

 身の振り方を考えなくてはいけないのかもしれない。


「見ていましたよ先ほど揉めていたのを。その男はヒーラーなのでしょう。それではあんまりだ。冒険する前から冒険が終わっているようなものです。そんな男よりも私の方があなたを満足させられると思いますが。さあ、私と行きましょう! さあ!」

「《稲妻ライトニング》!」トアが突然、叫んだ。


 男は黒焦げになり、体から湯気が立ち泡を吹いている。


「えーと……トア?」

「行こ」うつむくトア。


 俺はトアに手を取られギルドを後にした。







「ちょっと止まれって! トア!」


 トアは足を止めた。

 だがこちらを振り向こうとはしない。


「何で何も言わないの」


 トアは背をむけたままそう言う。

 俺はいまいち上手く答えられない。


「言い返せばいいじゃない! そんなに強いんだから!」

「強いから怒らないんだ。余裕があるからこそ最善の方法を考えられる。どうすれば騒ぎを起こさずにあの場を切り抜けられるか」

「そんなこと考えなくていい! 悔しくないの? バカにされて!」


 トアは振り向き潤んだ瞳で俺を見た。

 その潤んだ瞳からは涙が流れていた。


「私は悔しいよ……マサムネが馬鹿にされて」


 こいつなりに俺のことを考えてくれているのは分かってる。

 そうでなければあんなことはしないはずだ。

 だが俺にはまったく怒りがなかったのだ。


「ごめん……ありがとう。俺のために怒ってくれて……」

「うん」頷くトア。

「次はなるべく怒るようにするよ。でもヒーラーが強いと違和感があるみたいだからさ、俺も穏便にことを運びたいんだ。争いは起こしたくない」


 トアは分かったと小さく返事をした。


「だったら私が怒る! マサムネのために!」


 本当に分かってくれたのだろうか?

 でもこれも俺のためなのだろう。

 そう考えるとそれ以上は言えなかった。


 俺はとりあえず、もう一度「ありがとう」と言った。


「じゃあ……行くか」


 問題が解決したかどうかは不明だが、俺たちは宿に向かった。







「やっぱりこの肉は何度食べてもおいしいな」

「そうね」


 宿で晩御飯を食べていた。

 テーブルに置かれているのはワルスタインの肉だ。


「これまでもワルスタインの肉は食べたことあるんだろ?」

「ないわ。ターニャ村で食べたのが初めてよ」


 ワルスタインの肉はこの辺りでしか食べられないのか。

 そういえば魔族は大森林に住んでるとかシャロンさんが言ってたっけ。

 それと何か関係あるのだろうか。


「お城では何を食べてたんだ?」

「魔力を高める効果のある食べ物よ。母さまが言ってたの」


 どうやら具体的には教えてもらえなかったらしい。

 それにしても聞けば聞くほど不思議な話だ。

 魔力を高める食べ物とは何なのか。

 是非食べてみたい。


「大森林には一度行ってみないとダメだな。トアのいた城もそこにあるかもしれないし」


トアは「食べないなら食べてもいい?」と、またワルスタインの肉を食べていた。


「絶対このお肉を食べてる方が強くなれるわ。だってこのお肉の為にまた頑張れるもの」トアは嬉しそうに、そう話す。


 魔族とはみんなこんなに食べるのだろうか。

 明日は今日よりもう少し任務をこなす必要がある。

 今日はシャロンさんが握らせてくれた分の金もあったから何とかなった。

 が、明日はそうもいかない。


「じゃあそろそろ部屋に戻ろうか」


 今日はもう寝ることにした。


 部屋には簡易的なお風呂があった。

 異世界の宿にも風呂があることに驚いた。

 シャワーはなかったが、浴槽があっただけマシだろう。

 低価格でお風呂付の宿は少ないらしい。

 この手の宿は直ぐ冒険者で満室になるらしく、俺たちは運が良かったそうだ。


「俺は床で寝るから、ベッドはトアが使ってくれ」


 ベッドは一つしかないので仕方がない。

 レディーファーストという考え方がこの世界にあるかは分からないが……。


「反対側で寝ればいいじゃない。私はこっち側で寝るから」


 何だと、そんな考え方があったのか。


「ほら早く、風邪を引くわよ」

「トア……俺は寝相があまりよくないんだ」

「別に構わないわ。私はマサムネを信用してるから」


 信用してるとはどっちの意味なのか。

 前にクラスの女子がこう話しているのを聞いた。


”あいつ何もしてこないで朝まで寝てやがったの。マジ意味わかんないんだけど”と。


 トアは箱入り娘であいつらは貞操観念の崩壊した下足だ。

 比べるなど言語道断。

 だがこういったことは男性から行かなければいけないと聞いたことがある。

 分からん。深すぎて分からん。

 信用とはなんて深い言葉なのだろうか。

 そんな理屈とは別に、は堪えられるのだろうか。

 あの甘い香りに。


「ねえ何やってるの? 寝ないの?」

「寝ます、寝ます」


 トアに言われるがま、ベッドに入った。

 大丈夫。寝るだけだ。

 目を瞑れば誰だって寝られる。常識だ。


「……」寝られん。 


まったく寝られる気がしない。


「ねえもう寝た?」

「まだだけど……」


 声が引き攣っている。

 客観的に見なくとも今の俺は格好悪いということが分かる。


「私……お城ではいつも一人だった。父様と母様は夜まで帰らないし、姉様はずっと帰ってこないし、話し相手って言えばピクシーくらいしかいなかったから……毎日寂しかった」


 唐突にトアがそう言った。


「でも今は寂しくないわ。マサムネと一緒だから」


 背中にトアの手が触れた。

 その時、トアの言っていた信用みたいなものが、俺の中に流れてきたような気がした。


「おやすみ……マサムネ」

「ああ、おやすみ……トア」


 俺は気づくと眠っていた。







「すいません。ニト殿はおられますか?」


 部屋のドアを誰かがノックする音と共に目を覚ました。


「んんん……どうしたの?」


 トアも目が覚めたみたいだ。

 俺はベッドを下りて、ドアを開けた。


「おはようございます。ニト殿」


 そこに立っていたのは昨日までとは服装の違うシエラさんだった。

 今日はローブの下に見えていた白い鎧も身に着けていないみたいだ。


「おはようございます。シエラさん、どうしたんですか? こんなところまで」

「いえ、ニト殿に剣術をお教えしようかと思いまして」


 そういえばそんなこと言ってたっけ。

 俺たちのことはギルドで聞いたらしい。


「そういえば、トア殿の姿が見えませんが……」

「どうしたの、マサムネ……」


 トアが目を擦りながら、こちらに歩いてきた。


「なっ!」シエラさんはトアの服装を見るなり言葉を失った。


 短パンに乱れたシャツ。

 しまった。


「ニト殿……あなたという人は」


 シエラさんの手が俺の左頬に強く当る。

 何故、朝から部屋の前でしばかれなければいけないんだろうか。


「あなた、マサムネに何するの!…………」

「おいおい落ち着けってトア! シエラさんも誤解ですよ」


 トア……お前、今なにしようとしてたんだ……。

 何か足元が光ってたけど……。


 龍の心臓のジークが似たものを俺に放った。

 バカでかい火を出した時だ。

 あれと似たような光を見た気がした。

 だが止めたからか光は直ぐに収束した。

 が、背筋に何かぞっとするものを感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る