41 覚悟と再会

 雪山の宿に様々な格好をした管理センターの職員たちが十数人ほど訪れ、俺とスズはほぼ強制送還される形でカントーの管理センターまで送り届けられることとなった。


 やべー奴らに捕まったらしいことから報告してないのでかなり面倒なことになる。それに数日前の衝撃的な出来事なのに記憶がめちゃくちゃで殆ど覚えていない。誰かに助けを乞いたいが当事者は俺とスズだけ。それにいまスズは…



「フレンズの体からサンドスターがほとんど検出されなかったと通報が来てキョウシュウのセンターから飛んできたんだよ。その子がかなり特殊な体質だということは聞いている。センターに着いたら即精密検査を行うからそれまでに言えることを整理しとくんだよ」



 白衣や作業着の職員に混じって一人だけツチノコのTシャツを着たヤスエさんが俺の肩に手を置いた。それでも混乱は少しも治らなかった。



「信じてもらえないこともあるかもしれません。話が壮大すぎるというか、おかしいことばかりなんです。結局どうすることもできませんでした」

「君が責任を感じる必要は無い。研修の時から優秀だったし僕はヒデ君のこと信じてるよ。それに最近奇妙な現象が頻発してるし、ここはジャパリパークだ。外の世界の常識なんてあったら働けないよ」



 外の世界の常識か。そういえば四神は「人間できることは警察に頼むなりして解決しろ」と言っていたがここの現象はあまりに非科学的すぎて対応してくれない場合が殆どだ。考えれば考えるほど八方塞がりだ。



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「今回は眠ってたから血液検査はすぐに終わったよ。あとこの間は本当にすまなかった」

「いやこちらこそすいません。病院の一部吹き飛んでしまいましたし…」

「まさか診察中の患者を覗きに来るなんて思わなかった。いつもはみんなすごく真面目で優秀なんだけどね」



 管理センターに着くと自称一番優しくて注射の上手い、スズのトラウマを呼び起こして診察室を吹き飛ばされたおじさんと目があった。診察室は経費で直したらしい。


 おじさんと別れると俺はセンターの中をぶらぶらとほっつき歩きながら記憶を整理しようと試みた。変なやつに地下シェルターに監禁されて、話をされた。名前は覚えてないが話の内容は少し、覚えている。それはスズの体が人工サンドスターとやらでできていることと、残り時間がもう…



「のわ゛っ!?」

「ひゃ!?」

「ご、ごめんなさい!」

「いえ、いえ・・・」



 前を見ていなかったせいで女性の職員とぶつかってしまった。書類を散らかして俺が拾ってあげるというイベントは特に無く、お互い一言だけ謝ってすぐにすれ違った。


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「サンド…彼女…フレンズ…ない…」

「ありえない…事…」

「彼…荷…責任…」



 廊下を歩いていると話し声が聞こえた。女性の声で二人だ。音量は小さいがその声色からは焦りが感じられた。

 今はセンターの中はスズの話で持ちきりだろう。俺は気になったのでその話を盗聴…ロッカーからモップを取り出すとそれっぽく構え、声の聞こえる部屋の壁に半身になって張り付いた。



「今のサンドスター工学の技術でできる範囲の検査はすべて実施しました」

「何度やっても彼女の体からサンドスターは一切検出されなかった。これはラッキービーストの通報どおりよ。でもまさか…」

「どうしたんです?」

「ねえ、サンドスター無しでフレンズが生きるとしたらどうすると思うかしら」

「サンドスター無しで…? そんなの無理に決まってます。体を作るのも維持するのもサンドスターです! ヒトで言ったらタンパク質に値する物質が欠けて無事なはずがありません!」

「でも彼女は大丈夫だった。この事実は変わらないわ」



 変な奴らの言うことを信じれば、スズの体はサンドスターではなく人工サンドスターで構成されているはず。もうここまで解明されたならさっさと知っていることを全部報告するしか無い。

 ああ、パークの中で監禁されたなんて言ったら職員たちはどんな反応するんだろうか。



「もうサンドスターだけがフレンズを作り出すっていう常識を捨てる頃なのかもしれないわね。それにあなただって、そうでしょ? 常識どころか科学でも全く説明のつかないこともジャパリパークでは起こりうる。だから…」



 話が急に止まった。感づかれた…? いやそれはない。今俺は壁にピッタリとくっついており壁に穴などは見当たらない。もう少しこのままにしていれば大丈夫なはず。



「……誰かに見られている、いや聞かれて…いる?」



 嘘だろ? こっちに歩いてくる音まで聞こえてきた。


 俺はゆっくりと持っていたモップを壁に立てかけると近くのトイレに逃げ込んだ。今になって気付いたがここは管理権限5以上というくっそエラい方々しか入れない聖域だ。いつもはラッキービーストが警告してくれるが今日は簡単に入れてしまい気づくのに遅れてしまった。


 ちなみにジャパリパークは最先端の技術を大量に扱っているので不法侵入は重罪だ。具体的に言うと1000万以下の罰金もしくは10年以下の懲役、良くて懲戒免職らしい。やさしくないせかい。



「そこに隠れてるんですよね。今両手を真っ直ぐに体の横に付けて棒のように立っているでしょう? 警棒と…そのポシェットは飼育員さんのでしょうか」


「う・・・」



 この人は超能力者なのかもしれない。なんと壁の裏での体勢と持ち物まで透視されてしまった。万事休す、大きい声で威嚇するなりして隙を作って逃げるしか無い。


 高鳴る鼓動を抑えながらその時を待っていると、ふいに廊下の向こうからドタバタとやかましい足音が聞こえてきた。何かが走っているのだろうか、とにかくうるさくてしょうがない。



「なんとなくこの足音の主はわかる気がするわね。後は頑張って」

「サーバルちゃん……」



 サーバル……

 ジャパリパークの看板でもある一番有名なフレンズと行っても過言ではないだろう。そのフレンズが管理センターにいるということは何かあったのだろうか。



「か…!!!」

「こら!!!!! その呼び方はここじゃ…」

「か、う、うみゃああああ!!!」



 ついに足音の主…サーバルキャットのフレンズは、あっという間に二人の女性との距離を詰めると深緑の髪の頭にナマコを付けてない方の女性に思い切り突っ込んでいった。


 これはチャンスだ。

 俺はサーバルが女性にタックルをぶちかますのを横目に見ながらトイレを飛び出し、廊下を駆け出した。スカイインパルスのタイム計測でよく走り回っているので持久力には自信がある。



「あっこら待ちなさい! 管理権限の確認をさせなさい!」

「ごめんなさい! 待ちません!!!!!!!!」

「ちょっと! ああもう、サーバルは早くどいてあげなさい!」



 待てと言われて待つアホは世界中探してもいませんよ、ナマコのお人。

 俺はそのまま全速力で制限地域を抜け出した。



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「アッハハハハハハ!! 走って逃げてきたのか!? 本当に君は大した奴だ、本当に不法侵入だったら余計に罪が重くなってたとこだよ」



 ツチノコのパーカーを着た(ロゴが入っているので売り物だろう)を着たヤスエさんの笑い声が会議室に響き、真面目な顔をした職員たちの空気が余計に重くなった。



「じゃあ私の人生はとりあえず安泰ということですね。ああ良かった」

「いやね、ここって不思議なこととかたくさん起こるし、何より動物をたくさん扱ってるから週刊誌とかに変なタレコミする人がいるんだよね。動物実験してるとか。だから変な人が勝手に入れないように噂を流してるのさ。

 で、その話は置いといて色々と聞きたいことがある」



 俺はまた別の部屋に呼び出され、そこでまた少しだけ事実確認を済ませた。


 だが俺は他に本当に話すべきことがある。その事を伝えると部屋にヤスエさんだけが残り、部屋には二人だけになった。



「これから話すこと、嘘はありません」

「いいよ、僕は信じるよ」


「変な連中に連れ去られてスズと一緒に監禁されました。パークの中でです」


「は?」



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「んなよったいなことが、ああ……はぁ、くそ……」



 ヤスエさんはツチノコパーカーのフードを無造作にずらしてワシャワシャと頭をかき始めた。背もたれによりかかりながら声にならない声を出す。



「何を言っていたか聞かせてくれないか? どんな奴らだった? 君たちを攫った目的は?」

「変な薬か何かで記憶を消されてしまったんです。でも少しだけ覚えてることがあります。まず……」



 俺はヤスエさんに知っていることのすべてを話した。スズの体が人工サンドスターでできていて、パークにいるとあと残りわずかしか生きられないこと。そして誘拐したのはガラの悪い男の集団ということ。


 俺が話し終わるとヤスエさんはゆっくりと肩に手を置いた。



「君はフレンズが大好きだ。就職前からも職員の間で有名になるほどで、僕も正直楽しみにしてたんだ。入ってからも色々と優秀だしパーク開園以来初めて1年足らずで管理権限レベル2だ。君はいつも全力だった。もちろん今もだ」


「えっと……」


「君は一切悪くない。絶対に自分を責めるな。今回は運が悪すぎただけだ」

「分かりました」



 とりあえず返事はした。

 しかし自分を責める、か。確かに非力を感じたこともあるがはっきり言って自分の事など興味ない。心配もしない。今までただフレンズのためにできることをやってきただけの人生だったし、これからもそうするつもりだ。


 今タカ達が一体何をしているのかは知らないがあいつらにはいつもと同じ日常を過ごさせてやりたい。こんな騒動と関わらせてたまるか。



「パークに来た奴らはサンドスターの力を使って何か企んでいることは間違いない。それにわざわざ敵のアジトであるパークに自ら出向いて手の内を明かすのは相当な自信の現れだろうね」

「実際にスズを生み出していますし自信相応の技術力もあるのでしょう。

 くそ、もしあいつらがもっとちゃんとしてればスズはずっと……!!」



 そこまで言って慌てて口をふさいだ。

 今俺は敵に期待をしてしまっていた。


 叱責でもされるかと身構えていたがそんな俺にヤスエさんは特に何も言わず、思い出したように口を開いた。



「あの子の事なんだけど、まだ解析途中とは言え明らかにサンドスターではないもので出来ていたことは最初から分かっていたんだ。黙っていて本当にすまなかった」

「別に構わないです。スズが何で出来ていようがフレンズであることは変わらないですから」

「そのことなんだけど、どうしても伝えなきゃいけないことがある」



 二人だけの会議室が静まり返り、いつのまにか立っていたラッキービーストの機械音だけが部屋に響いていた。


 ヤスエさんがあまりにも長く黙り込んでいるので流石に不安になり、声をかけようとしたところでやっと口を開いた。



「最初ね、センターの中では君を担当から外してあの子を保護するって話が出ていたんだ」



 俺がスズと離れる……


 そんなこと…!



「でも僕が反対したよ。フレンズがどれほど好きかは、痛いほど分かるから。

 だけどあの子は得体の知れない物質で出来てるし、何より変な組織によって生み出されたって事実がある。

 決して疑ってるわけじゃないし、疑いたくもない。

 だけど今の状況はおっそろしくひどいんだ。いつあの子が力を制御できなくなって暴れだしてもおかしくない。いつ何が起こるか、わからない。いつ周りの人達を傷つけて……」


「もう、いいです」


「僕達は全力を尽くすから君もそうするんだ。何があっても動じるな。職員の安全を保証するのも僕たちの仕事だからね。


 それでも覚悟だけは、しておくんだ」


「…分かりました。覚悟しておきます」



 そう答えるしか無かった。

 そして部屋を立ち去ろうとする俺を引き止めると再び席につかせた。



「なんですか?」

「渡すものがあった」



 そういうとヤスエさんはラップで包まれた稲荷寿司を差し出してきた。どこからどう見てもただの稲荷寿司にしか見えない…これは一体何だ。



「稲荷寿司だ」

「稲荷寿司ですか」

「まあ差し入れみたいなもんだ。疲れてるだろうがどうしても今、食べて欲しい」



 急な差し入れに困惑しながらもその稲荷寿司を受け取ると、俺は一口で頬張った。


 味も…

 食感も…


 ただの…


 いな…り…



 食べた瞬間体から魂のようなものが引っ張られるような感覚に襲われ、だんだんと意識が遠くなっていくのを感じた。


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「なんでここに来たの? 今すぐ帰ってよ。もう顔も見たくないから」

「スズ? スズなのか?」

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