40 生ゴミという名の愛

「えっと、とりあえず誰か来てくれないか。たちの悪いイタズラされちまってな?

 うん・・・うん・・・ありがとうな」



 俺は内線でルームサービスに電話をかけた。とにかくこの状況は本当にまずいのでなんとかして犯人を見つけてパークを出禁にしてやりたい……

 


「おぅおぅ昨晩より増えてるじゃねぇか」



 冷気をシャットアウトする二重窓の向こうには大量の木の実とネズミの死骸が積み重なっている。重さ的には1キロぐらいはあるだろうか。しかも昨晩見たときより明らかに量が増えている。


 ああ、ずっと見ていると気分が悪くなりそうだ。どこの呪術師だか魔女だか知らんが人の部屋の真横にネズミの死骸をわざわざ持ってきて積み重ねるとはどれほどの暇人なのだろうか。大量の木の実もここが雪山でなければすぐに腐って酸っぱい匂いを放ちだすだろう。訴えてやる。魔女裁判だ。


 俺はルームサービスのフレンズが来るのを待ちながら部屋を歩き回り続けた。

 そして歩き回っていると眠っているスズの顔が視界に入った。

 


「早く目を覚ましてくれ、頼む……」



 正直昨晩はほとんど眠れなかった。スズの隣に布団を敷いて寝たのだが明るくなっても目が閉じず、やむを得ず部屋の正反対の場所に移動したらなんとか寝ることができた。


 スズの横でそんな事を考えていると、誰かがドアをノックして入ってきた。



「ボクだよ」

「おおキタキツネか。どうしたんだ?」



 二人の間で静寂が流れる。キタキツネが何を言っているのか分からないという表情で見つめてきた。



「ヒデが呼んだんじゃないの?」

「え? …あ、そうだったかもな。えっと、なんだったっけか」

「ええ、呼んどいて理由を忘れたの? だったらボクもっとげぇむできたのに…」



 くそ、本気で理由を忘れてしまった。


 頑張って思い出そうとしていると、キタキツネが見かねたように呟いた。



「なんか、パークの飼育員になる前と変わったね」

「変わった? まあ職を得たからな、社会人の自覚的な?」

「うう、なんか違うんだ。それに最近になってもっともっと変わってる」

「なんだ、それ」

「ボクも詳しくは分かんないや。でも前のヒデとは全然ちがうと思う。ボクの勘違いかもしれないけど……うわっ!?」



 キタキツネが驚いて窓の所に駆け寄った。同時に俺の記憶も蘇った。



「そうだ! これだよ! 誰かがタチの悪い嫌がらせしてきたんだ! 全くこんな大量の生ゴミ押し付けてくるなんて……」


「ゴミなんかじゃないよっ!」



 普段あまり感情を見せないキタキツネが頭の毛を逆立てて声を張った。俺はあまりに驚いてそのまま畳の床に座り込んでしまった。頭も真っ白になって思考が進まない。よほどの事情があるのだろう。



「す、すまん。キタキツネ。あれは一体何なんだ? 大事なものだったのか?」



 俺の声を聞くとキタキツネはようやく落ち着きを取り戻し、そして慌てだした。



「う、ううう…ごめん、ごめんねヒデ。いきなりあんな…」

「キタキツネ!? よく分からんがお前は謝らなくていい。事情を知らなかった俺が悪い。とにかくあれが何なのか話してくれないか」

「えっと、あれはね? 僕たちには要らないものかもしれないけど、野生のキタキツネたちにとってはものすごいレアアイテムなんだよ。特に最近は吹雪もひどいしネズミも木の実もあんまり取れないんだよ」



 そこまで聞いてようやく納得がいった。あの大量のネズミの死骸と木の実は動物版キタキツネにとってのごちそうらしい。あそこに持ってきたのも動物版キタキツネだろう。



「でもあれは大切なものなんだよな? なんでそんな物をわざわざここに持ってくるんだ」



 このクソ寒いゆきやまであんなに大量の食料を用意するのは難しいはずだ。よりにもよってそんな貴重なものを俺に渡すのも不自然過ぎる。

 キタキツネはしばらく窓の外を見つめると、急に何かを思い立ったように窓を開け雪原に飛び出した。


 しばらくして戻ってきたキタキツネは両脇に何かを抱えていた。黄金と黒の美しい毛並みに凛々しい顔つき。動物版キタキツネだ。



「見てて」



 キタキツネはそう呟くと、何を血迷ったのか二匹の動物版キタキツネを部屋に放した。いくらキタキツネとは言え獰猛な野生動物であることは変わりない。客にでも襲いかかってしまったらどう責任を取るつもりなのか。


 放たれたキツネを捕まえようとした瞬間二匹は予想の斜め上の行動をとった。


 二匹は初対面のはずのスズに迷うことなく近づくと、なんと顔や手を必死に舐めだした。まるで子供か何かを扱うかのような態度だ。



「フレップがスズちゃんに妙に懐いてたから驚いたけど、こういうことだったんだね」

「フレップぅ?」

「昨日のキタキツネの名前だよ。ボクが名付けたんだ。この子はハポとミチで、フレップのお母さんとお父さんだよ」



 なんだかクセの強い名前だがそれは気にしない。それより野生のキタキツネがどうしてスズにここまで懐いたのかが気になる。元動物的にもお互いここまで近づくようなことはまず無いはずだ。



「ヒデってこの間少し偉くなったからボスを操って色々出来るようになったんだよね。この近くのボスは野生動物も見張ってるはずだからなにかわかるんじゃないかな」

「役に立ちそうだな。ちょっと試してみるぞ」



 キタキツネに言われたとおり、俺は近くにいたラッキービーストを呼び出した。雪山のラッキービーストは防寒耐水仕様になっていてかなりモコモコとしている。なんとか窓から引きずり込むと映像ログを出力するよう命令した。



『検索中検索中…野生動物保護プログラムニ干渉シタ事例ヲ三件、探知シマシタ』

「とりあえず全部再生してくれ」

『監視映像ノ再生ニハ管理権限レベル2ヲ…確認終了。再生シマス』



 するとラッキービーストは機械音を出しながら部屋の壁に映像を映し出した。


 時刻は昨日だ。ひどい吹雪で若干映像が乱れているがキタキツネの群れが雪の上を歩いているのが見えた。1個目と2個目の映像はそのキタキツネに来園客が食べ物を与えようとして、録画しているラッキービーストが止めに入るというものだった。



「よくわかんない物は食べないようにって教えてるんだけどあげようとする人があまりにも多いんだ。きっと三個目も同じだよ」



 続けて三個目の映像も再生した。同じく吹雪の雪山の映像だが被写体が全く違う。そこには大きな鳥が映っており、魚を美味しそうについばんでいた。



「オオワシ…! ……ああっ!! そんな! フレップ!」



 キタキツネが身を乗り出した。

 そのオオワシの足には小さな狐が捕まっていた。まだ息はあるようだが背中から血を流しており、いずれはそばにある魚と同じ運命をたどるだろう。猛禽類の握力からは何者も逃げられない。たとえ愛情を注いでいる動物であったとしても。



「でもどうして! このワシはお腹いっぱいだからキツネは襲わないはずなのに…」

「空腹じゃないのか。でも焦らなくてもいい。あの時フレップ君は無事だったじゃないか」

「う、うん。そうだよね。きっとこの後どうにかなるんだよ」



 キタキツネは平然を装っていたが少し顔から血の気が引いていた。いつも可愛がっているならなおさら家族のように心が痛むだろう。



「なんか映像乱れてないか?」

『映像モボクモ問題ナイヨ。映像…アワ…ピーガガ…アワワワ…』

「おいおいおい大丈夫かよ?」



 突如映像と音声が乱れたかと思うと、映像の中のオオワシが何者かに追い払われた。オオワシは飛び去ったがすぐにとんぼ返りして追い払った何者かに襲いかかっていた。両者はしばらく乱闘を続けたが結局オオワシが先に諦め飛び去ったところで映像は終わった。一瞬の出来事だった。



「わあ! 誰かがフレップを助けてくれたんだ! ヒデ! だから助かったんだ!」

「良かったな。この人絶対見つけてお礼するんだぞ」

「わかったよ」



 映像が乱れすぎて分からなかったが助けてくれたのは人形の何かだった。おそらくフレンズだろう。こんな恐ろしい吹雪の中に来る勇気と実行力は絶対真似できない。

 再生を中断させると再びラッキービーストに向き合った。



「このオオワシを追い払ってくれたのは誰だ? ラッキービースト、解析してくれ」

『無理ダヨ』

「やれ」

『無理ダヨ』

「ねえお願い! ボクの友達を助けてくれた人にお礼をしたいんだ!」

『・・・』



 この鬼畜無能め。



「なんで無理なんだ」

『ハードディスク…メモリガ破損シテルヨ。辛ウジテ映像ダケハ再生…再…ハジメマシテ、ボクハラッキー…』



 火花を散らしたかと思うとそれきり何も言わなくなった。

 キタキツネがラッキービーストを抱き上げた瞬間、壊れて動かなくなった理由がわかった。



「ひどいよこれ、セルリアンかな」

「派手にやられてるな。そうかもしれん」



 ラッキービーストの背中には大きな爪痕が残っており、中の部品が小さな火花を出しているのが見えた。おそらく先ほどの映像を録画した直後何者かに襲われたのだろう。破損したら最寄りの修理工場に赴くはずがそのプログラムすら壊れているとなると相当の力でやられている。


 もしや奴…だめだ、記憶がぼやけすぎている。何のことだったか…

 

 

「ていうか本人に聞けばだいたい分かるんじゃないか? そのフレップとかいう子をここに呼んでくれよ」

「ダメだよ。昨日は平気にしてたけど怪我してるんでしょ? ゆっくり休ませないと弱っちゃうよ」

「ああ、そうだな…」


『キャーン』


「あっ!」



 窓の向こうからキツネの鳴き声が聞こえるのと同時に小さなキツネが部屋に躍り出た。未だにスズのそばに居座っていた二匹のキツネを見つけるとものすごい速さで突っ込んでいった。



「この子はあのフレップくん?」

「そうだよ、あーよしよし大丈夫だった? 痛かったよね、ごはんいっぱい食べて寝るんだよわかった? ボクが温めてあげるよぉぉ」



 フレップはあっという間にキタキツネに掴まって半ば強制的に抱きしめられて尻尾で丸められてしまった。



「いちゃついてるところ悪いが助けてくれたフレンズか人のことを聞き出してくれないか?」

「もう聞いたよ」

「どんな人だって?」



 キタキツネは何も答えず、俺から目線をそらして俺の後ろを見つめた。抱かれていたフレップがキタキツネの腕からするりと抜けたかと思うとキタキツネの視線を追うように俺の横を通り抜けた。


 後ろにはスズが寝ている。フレップは寝ているスズのお腹の上に陣取って眠り始めてしまった。何がなんだか分からない。スズは野生のキツネにモテやすいことだけはわかった。



「おい? 黙ってないで……いてぇ!」



 手に鋭い何かが刺さったのを感じて手元を見るとフレップが甘噛していた。



「動物を飼育するなら躾はちゃんと……いてぇいてぇ! おい! キツネ!」



 フレップは俺の手に犬歯を突き立てたままグイグイと引っ張った。抵抗して怪我するのも嫌なのでされるがままに従うと、俺の手はスズのお腹の上に置かれた。スズが呼吸をするのに合わせてゆっくりと俺の手が上下している。更にその上にフレップが乗っかったせいで暑くて仕方がない。


 こうしていると汚いものが浄化されてしまうような気分になる。すごく暖かくて柔らかくて…俺はなんて気持ちの悪いことを考えているのだろう。


 そのあとしばらく俺の手がスズのお腹とフレップの毛に挟まれ続けたことでだんだんと気持ちが落ち着き、そこでやっと一つの答えが頭の中に浮かんだ。



「もしかして君を助けたのはスズだったのか?」



 言葉は通じなかった。フレンズは例外として人と動物との意思疎通は不可能だ。

 それでもフレップとその両親の真っ直ぐな瞳からは確かにスズに対する畏敬と感謝の感情を感じ取ることができた。



「ヒデやっと気付いた。どうやら映像に写ってたのはスズちゃんだったみたいだよ。みんなさっきからずーっとありがとうって言ってる、多分ね」



 キタキツネがフレップ御一行を抱き寄せた。三匹は腕に顎を乗せて高い声で鳴き続けている。キタキツネ語なので分からないがきっと感謝の言葉を述べているのだろう。この子達のためにも一刻も早くスズを起こさなくてはいけない。



「今は訳あって眠ってるんだ。でも絶対に俺が目を覚めさせる。起きたら一番先に会わせてやるよ、お前の命の恩人にな」

『こゃん』

「よーし。でもなんでスズは雪の上でぶっ倒れるぐらいひどい状態でこの子を助け出せたんだ?」


『修理シテキタヨ。解析スルカラ少シマッテネ」



 先ほど修理工場に緊急搬送したラッキービーストがもう帰ってきていた。改めて解析し直すと、スズはあの時精神状態のあまりの悪さに身も心もボロボロで本当に限界だったことがわかった。



『アノコヲ無視シテ帰ッテコヨウト思エバデキタト思ウヨ。デモシロオオタカハ残リ少ナカッタ体力ヲ振リ絞ッテ助ケテ、力尽キタミタイダネ』

「いい子すぎるよ、ボクそんなこと絶対できない。なおさら早く起こしてあげないとかわいそうだよ」

「そうだな、俺はもう帰ることにするから、そこであらゆる手を使って目覚めさせてみせるさ」

「がんばってね」

「おぅおぅ」



 いざ帰ろうと鞄に手をかけた瞬間、スズの枕元に立っていたラッキービーストが頭を真っ赤に光らせながら警報をかき鳴らした。



『チョット待ッテ。シロオオタカノ様子ガ変ダヨ。意識ヲ保テナイレベルマデ輝キガ…アワワワ…サンドスター検出失敗…アワワワ…緊急通報シマス』

「いや、今はそういうの控えてくれるか? 後で丁寧に言うから」

『緊急通報ノ拒否ハデキマセン。管理センターノ職員ハアト10分デ到着シマス』



 報告しなかった俺も悪いがかなり面倒なことになった。

 一週間はセンターの会議室から出してもらえなさそうだ。

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