32 トラウマ
「もうこんな時間かぁ」
時計を見ると既に10時を回っており、だんだん外の日差しが強くなって部屋の中も暑くなってきた。
怪我をしてからずっと一緒に寝ていたせいか、部屋に俺一人なことが不自然に感じる。まあこれが当たり前のはずなのだが。
俺はレポートを書いていたパソコンを閉じると、足早にスズのいる寝床に向かった。
ーーーーーー
「あいつどこで寝てるんだ・・・? ていうか10時まで寝てるなんてどこのお姫様だよ」
スズの寝床はここらへんだと管理センターが教えてくれた。
ここは鬱蒼とした巨木だらけの森で、この辺りでも一番の規模を誇っている。まさにタカ科の生息地にぴったりな場所だ。
もともと極東ロシア周辺の動物だったスズだがこんなところでも寝泊まりできるのか。
しばらく森を散策していると、巨木のかなり高いところにあるウロから真っ白な羽が出ているのが見えた。小さい頃からタカ科のフレンズと遊び雲の上まで行くことも多いので視力には自信がある。
間違いない、スズだ。
「よっこい、せっと」
ここから叫ぶのもありだが叩き起こすには抵抗があるので、木登りであのウロまで行くことにした。
昨日ラッキービーストを怒鳴りつけた時にスズを起こしてしまったことを未だに後悔している。ていうかあのクソポンコツ絶対壊れてるだろ。
何が心拍数の異常だ。
・・・・・・
忘れよう。
ずるっ。ずざざざざ! ドスウンッ!!
「ぬはあうああっ!!!???? あ゛あ゛あ゛あ゛あああ!!!!!」
「誰!?」
結局スズを起こしてしまった。
ーーーーーー
「お目覚めは如何で?」
「誰のせいで起こされたと思ってるのよ。最悪に決まってるでしょ」
「ハハハ、すまんな。しかしなんで木のウロなんかで寝てるんだ? 巣とか作らないのか?」
「今作ってる途中よ。ほら、あそこ」
スズが指差す方向を見ると、確かに太い枝の上に大きな鳥の巣ができていた。
大量の枝や葉っぱが折り重なって編むように組んであり、人間サイズのスズを支えられそうな感じになっている。
一見完成しているように見えるが、タカ科には巣を何世代にも渡って使い続ける習性があるのでスズの言葉通りまだ未完成だ。これから更に頑丈にしていくのだろう。
「すごいじゃないか」
「ありがとう。動物だったときはちゃんと作ったことなかったから自信なかったけど、この姿になってからでも結構いけるのね」
「フレンズになっても本能は消えないからな」
その後歩いてきたラッキービーストを捕まえて二人でジャパリまんを全て平らげると、そのまま管理センターに向かった。
ーーーーーー
スズが怪我をした日からずっと考えていたのだが、一体管理センターでは何を教えてくれるのだろうか。
まあスズについてのことだとはあらかた予想がつくが、管理センターに来てほしいと言った時のミライさんの顔は覚悟のような物に満ちていた。
あの顔は今でも忘れない。いろいろな感情がひしひしと伝わってきた。
だが実際スズはおかしい。異常な回復速度に加えて人間はぶっ飛ばすし、変な人間がパークの外から来て襲ってくる。
他にもいろいろと突っ込みどころが多いが・・・
こうして考えてみると、なにかとんでもない事実を突きつけられるような気がしてきた。管理センターに行くのが怖い。怖くなってきた。
どんなに恐ろしいことを言われるのか。どんなに残酷なことを言われるのか。
・・・そしてもし、スズと別れることになったとしたら。
考えたくはないが考えてしまう。守護けもの達は「俺にスズを守れないと判断したら即座に引き離して保護する」と言っていた。
そんなのは絶対に嫌だ。
あのときと同じことには絶対になりたくない!!
「ど、どうしたの? 手なんか掴んで」
「え? ああ! ごめん」
「別にどうでもいいわよ。それより手が震えてるからもうちょっと高度下げるわよ」
「ありがとな。お前の声聞いたらなんだか安心した。もう気にしないでくれ」
「なんか変ね」
スズが怪しんでいたが、そのあとは一言も交わすこと無く飛び続けた。
ーーーーーー
「お久しぶりですね、ヒデさん、スズちゃん」
管理センターの職員に案内されて小さな部屋に入ると、いつものミライさんの明るい声が聞こえた。隣には何人かの職員が座っており、いずれも熱心にパソコンで何かをしているようだった。
「確かにこのフレンズさんはとっても不思議な感じがしますね。私の腕の傷を直してくれて、本当にありがとうございました!」
ミライさんの隣に座っていたピンク色の髪の女性が、お礼をいいながらスズに軽く会釈をした。なんとなく見覚えがあるぞ。
「えぇっと、あなた誰?」
「おっと申し遅れました。私は元試験解放区飼育員、今は主に研修担当の菜々と言います! はじめまして、スズちゃん」
「う、ど、どうも」
菜々と名乗ったその女性は30代ほどで、ピンク色の長い髪をポニーテイルにしてパーク職員の制服を羽織っていた。顔は人間の割に美人な方である。
そんな事を考えていると、ミライさんが再び口を開いた。
「まず今日はいいお話と、悪いわけではないですがちょっと気になることが有るのでそのお話をしようと思います。
どうやらヒデさん緊張されているようですし、良いお話から報告させてもらいますよ。そんなに緊張しないでください」
「そうですね。ちょっと緊張しちゃって。いいお話というのは?」
「はい。先日、大怪我だったスズさんを全力で救命されました。更に飼育員になる前の功績も含め職員で話し合った結果、満場一致でヒデさんの昇進が決まりました。誰よりもフレンズと心を通わせるのが得意なのはヒデさんぐらいですし」
うっそぉ。就職して数ヶ月しか経ってないのに?
まあ功績と言われれば思い当たる節は数え切れないほど有るのかもしれない。おかげでこの体はヤクザ並みに傷だらけになってしまったが。
「フレンズさんも居ますし詳しい話はしませんが、国からの特殊勤務手当がいい感じに、はい。あとラッキービーストにある程度の命令もできるようになります」
「奨学金の返済が早く終わりますやんか」
「分からなくもないですがもっと洋服とか食べ物とか旅行とか、やりたいことは無いんですか?」
「う~ん、一切ないですね。冗談抜きでフレンズの存在が生きがいなんで三大欲皆無なんですよ」
ミライさんとその周りの職員たちがあからさまに頭を抱えた。
しかし本当にそのとおりなので言い訳のしようがない。
「まあこの話は以上です。これからも頑張ってくださいね」
「了解です」
「じゃあ次は本題に入ります」
ミライさんが「ですがその前に」と呟くと、椅子に座り直してスズに顔を近づけた。
「お話をする前に、スズちゃんに検査を受けてほしいんです。
森で見つかった初日は精神状態が不安定でとても検査どころではなかったので、今日この場で検査を受けて健康状態などを把握したいんです。内容はちょっとしたスキャンと血液検査だけなので決して怖いことはしません。研究員も必要最低限ギリギリの人数しか側に置かないので心配しないでください。
協力してくれる? スズちゃん」
スズは悩んだ顔をしながら黙ってしまった。
「あの時の幼稚園生と同じ・・・っていうのは無理があるが、パークの研究員は悪い人は居ない。検査だけするつもりでいるし大丈夫だ」
「分かってるわよ! でも・・・」
「ミライさん、俺が同行しちゃダメですか?」
「検査室では皮膚の常在菌も殺菌しなくてはいけないので時間がかかってしまいますが、構いませんよ。それでスズちゃんが落ち着けるなら」
「これはやらなきゃいけないことなんだ。スズのためにも他のフレンズのためにも。多分だけどな」
そしてスズは少し悩んだ後、確かに承諾した。
職員たちはその事に驚いていたがミライさんと奈々さんだけは動じること無く、俺はすぐに滅菌室に連れて行かれた。
ーーーーーー
「あ゛あ~ひどかった。もう二度とやりたくねぇ」
「ヒデ大丈夫?」
「ギリギリな」
10分ほど滅菌室に入れられもみくちゃにされた後、給食のおばちゃんが覚醒したような姿になった俺は小さい検査室でスズと会うことができた。
検査室の壁面にはゴツい検査機械が大量に設置しており、サンドスター工学の最先端がここにあることを容易に感じられる。
「それでは検査を始めます。スズちゃんはちょっとだけ部屋に一人だけになりますが、私とヒデさんがガラスの向こうで見ているので心配しないでください」
「だってよ。それじゃあ俺は外から見てるから、頑張れよ」
「う、うん。頑張るわ」
そしてスズがガラス越しに隔てられた部屋に一人になり、ついにスキャンが始まった。なんとも言えない機械音が部屋に響く。
『ではタイマーを設定するので二分ほどそこで立っていてください。スズちゃんがすることはそれだけですよ。あとできれば鈴を外して欲しいのですが、お願いできますか?』
『立っていればいいのね? 分かったわ。鈴は・・・はい、外したわ』
『頑張れよ~』
スピーカー越しにお互いの声が伝わる。
そして二分後、本当にすぐにスキャンが終わった。
「大丈夫だっただろ?」
「最初は緊張したけれど、なんだか損した気分よ」
「その調子だ。次の血液検査で検査は終わりだぞ」
スキャンの検査は、職員たちの配慮もあり特に何事もなく終わらせることができた。
しかし次の血液検査は小さい針を腕に刺さなければならない。どうか穏便に終わって欲しいものだ。
ーーーーーー
「私かヒデさんが医師免許か看護師免許を持っていれば一番良かったのですがね。
でも今回は一番優しそうな先生を特別に呼んであるので、安心してください」
「さっきから至れり尽くせりで何故か私が申し訳なくなってきました」
「気にしないでください。フレンズさんが一番ですから!」
今は待合室で、スズが呼ばれるのを待っている。
しかしスズの様子がなんだかおかしい。妙に落ち着きがなく、頭の羽がピンと張り詰めている。尾羽も例外ではない。
さっきと環境が違うと言えば、白衣を着た看護師たちが行ったり来たりしていることだろうか。ただ留まっているわけではないので圧迫感は無いはずだ。
「緊張してるな?」
「してないわよ」
「そんなこと言っても体は正直だよウヒョヒョ… 羽をみれば分かる」
「寒気が強まったわ。お願いだから今は放っといて頂戴」
「あいよ。寒気が強まったってことは元々寒気感じてたんだな?」
「・・・うるさい」
スズはそう言いつつも、俯いたまま右手で俺の二の腕を握りつぶそうとしてくる。
ーー準備ができました。いつでもどうぞーー
処置室から声が聞こえた。最悪のタイミングだ。
「どうします? ・・・ああ、その様子ではもう少し待ったほうが良いですね」
「お願いします」
それから数分後、相変わらずスズは緊張していたがスズから検査を始めることを名乗りあげてきたので思い立ったが吉日、採血を始めることにした。
ーーーーーー
「はい、はじめまして。今日は初めての採血だけど、最後まで落ち着いていれば全然痛くないからね」
処置室に入るとそこには丸いオッサンがいた。確かにものすごく温厚な雰囲気だ。その手に注射器を持っている事実さえ除けば、七福神達と一緒に宝船に乗っていても違和感を感じない。
世間の子供達はこういう人に注射をやってもらったら怖がらないのかな、なんてことを考えてしまう。
しかしスズは例外だったようだ。
いつもの血色の良い顔から打って変わって、完全に血の気が引いて顔が真っ青になってしまっている。首元の鈴は鼓動を打つように妖しく光を放ち、頭の羽は逆だった上にいつもより一回り近く大きくなっている。
そして瞳には野生の輝きが灯りかけて、処置室にサンドスターがうずまき始めた。
「だ、大丈夫? まだ僕は何もやってないよ。大丈夫だから、腕を出して」
この七福神、なかなか肝が座っている。
しかしこれはまずい。いつぞやか変なやつを見えない力で吹っ飛ばして図書館の壁に埋め込んだ時と同じ顔だ。
「採血は今日じゃなくても良いんですよねミライさん」
「はい。それよりこの状況はとても危険です!」
「ううっ、患者さんに怖がられたの初めてです。僕、頑張ったんですけどね」
「今はそれどころじゃないし、あなたは何も悪くないです!
それよりスズ。もう大丈夫だ。採血検査は無しになった」
「そんなことはいいのっ!! 早くここから出して!!」
俺はスズを背中に背負うと、即座にドアに駆け寄ってドアを全開にした。
するとそこには騒ぎを聞きつけてやってきた、看護師だか医者だか分からないが白衣に身を包んだ人達がギャラリーを作ってしまっていた。
ああ、最悪だ。
「ああ、ああああ・・・嫌だ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤァッ!!!
来ないでェェェ!!!!!!!! キャアアアアアアアアア!!!!!
あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
スズは俺の手を振りほどいて背中から降りると、その場にうずくまった。
鈴の光が強まっていき、視界が真っ白になっていく。
ん? いまスズの体に変な線が走ってたような・・・
「皆さん!!!! 退避!!!!! 退避いいいい!!!!!!!!」
「伏せろおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!!!!」
待合室一つと処置室の一部が、完全に崩壊した。
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