26 最悪の予感

突如会得した超人的な反射神経と怪力を使って、俺は何とか死を免れた。


しかしスズは爆発の衝撃波を間近で受けたせいで気絶し、きりもみ状態でさっきまで居たレストランの中に大きな音を立てて突っ込んでしまった。

続けて同じようにスカイインパルスの三人や博士達が建物の壁に叩きつけられる。


タカ達は普段からレースなどで飛び続けて慣れているのか、上手く体制を整えて足から着地したが、博士たちはそうは行かず着地に失敗したようだ。



「博士! 助手!」

「二人は私達三人がどうにかする! だからヒデは早くスズを助けろ!」

「ノープロブレム、任せて!」

「早く行きなさい! 迷ってる暇はないわよ!」

「わかった! ありがとう!」



俺はすばやく方向転換すると、そばにあった瓦礫を蹴って駆け出した。

一分一秒でも早く助け出す。

俺は瓦礫を飛び越え柱を乗り越え、障害物を乗り越えるどころか利用して加速しながら疾走しスズの突っ込んだ建物に飛び込んだ。


建物の中は爆風と衝撃波で天井に空いた大穴から光が差し込んでいて、すぐにスズを見つけることが出来た。

大量の木やコンクリートやガラスなどの瓦礫に体が半分ほど埋まっており、これ以上あのままだと非常に危険だ。



「今行くからな! 待ってろ!」



そして駆け出した瞬間スズの近くの柱が自重に耐えられずに真ん中から折れ、スズに向かって倒れ始めた。

挟まれたら無事ではすまないだろう。


予定変更。


俺は柱に向かって駆け出すと、全力の飛び蹴りを柱に叩き込んだ。

するとかなり重そうな柱の破片は簡単に吹き飛び、壁を突き破ってどこかに飛んでいった。


今日の俺、なんか強い。

謎の力がどこからか湧いてくるようだ。

今はそんな事どうでもいいが。


一応折れた柱の根元も蹴りで粉砕すると、瓦礫と一緒に横たわっているるスズに駆け寄った。

木の破片をどけると体がすべて見えるようになった。




「おい! 大丈夫か! おい!」



肩を揺らして声を掛ける。

すると目をぼんやりと開けて、首をゆっくり縦に振った。


首は動く。 大丈夫。

一応意識もあるようだ。 そこはフレンズならではの強靭な体に感謝するしか無い。



「みんな、は・・・?」

「博士と助手は今スカイインパルスの三人が助けてる。 大丈夫。

それよりスズ。 お前・・・」



「俺のこと、庇ったのか・・・!」



スズだけが気絶してふっとばされた理由は爆風だけではなかった。

爆発したバードリアンが手榴弾のように飛ばしたサンドスターの結晶の塊を、とっさの判断で身代わりになって受けたのだった。


もし俺に当たっていたら命はなかった。

スズはフレンズゆえ体が頑丈なので即死ということはなかったが、結晶が衝突した衝撃で気絶し受け身を取れないままコンクリートの塊に突っ込んだら無事では済まないだろう。


事実スズの制服には真っ赤なシミができており、そのシミはどんどんと大きくなっていた。

放って置くと失血死ーー強制フレンズ化解除に至るだろう。

見た目の割に体重が非常に軽いのでボーダーラインはよくわからないが、お腹と頭の出血がひどいところを見ると長くは持たなそうだ。


早く病院に連絡しなければ。


「ごめん・・・こうするしか、無かった。」

「分かったからおとなしくしとけ!!

今病院に電話する。 それまでの辛抱だ。」



無意識に大声を出してしまった。

こうして話している間にも血のシミは広がっていく。

すでに真っ白だった制服や頭の羽はほぼ真っ赤に染まっていた。


ダメだ。 考えれば考えるほど焦りが生まれてくる。

俺は震える手で職員用の携帯を手に取り、病院に緊急連絡をした。


・・・しかし、かからない。

電話どころかwifiも何もかもが、繋がらない。



何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



どうして繋がらないんだ!


何故かラッキービーストも居ない。


携帯も使えない。








・・・なら俺がやるしか無い。


その時の俺は追い詰められていたせいか、妙に冷静に判断することが出来た。

鞄から携帯サンドスターを5つ全部取り出すと、蓋を開けてスズの前に差し出した。



「ちょっと救急隊が来るまで時間がかかりそうだ。

それまでにこれ、飲めるか? サンドスターさえ補給すれば血はいくらでも作れるようになるし、傷の治りも早くなる。」

「・・・うん。」

「よし。 頭、起こせるか?」



スズは首を横に振った。

さっきから見ていると呼吸をする度に顔をしかめて苦しんでいるし、意識もあるのか無いのかはっきりしない。

汗をかかないはずなのに額には玉のような汗が浮かんでいる。


まずサンドスターさえ補給させれば大体なんとかなるだろう。

俺はゆっくりと携帯サンドスターの飲み口をスズの口にあてがった。

応急処置というやつだ。


しかし、すぐにサンドスタードリンクを吐き戻してしまった。



「飲めない、か?」

「ごめん・・・上手く力が入らないの。 私、このまま死んじゃうのかな。

動物だった時に何回も死にかけたから・・・」

「死ぬ死ぬいうんじゃねぇ! 犯すぞ! 俺がいる限り絶対に生かしてやる。

絶対にな!」

「無理よ・・・ こういうの、自然の摂理っていうんでしょ?」



ギリギリ聞こえる小さな声で答えたスズの表情は、完全に諦めの色に染まりきっていた。


ここで気付いたのだが、もしかして輝きを奪われているのだろうか?

さっきのバードリアンの爆発で大量のLSLリキッドサンドスターロウ的な物質が撒き散らされたと考えても特に矛盾はない。


落ち着け俺。

優しく接して詳細を聞き出すんだ。



「スズは多分さっきの爆発で輝きを奪われたんだ。

お前は生きなきゃならん。よく考えるんだスズ。

死んじゃったら何も出来ない。皆と話すことも、笑い合うことも、ご飯を食べることも何もかもだ。

動物の時の記憶があるなら命の大切さは誰よりもよく分かるはず。

自然の摂理とは言ったが今は俺がいるし、携帯サンドスターもある。

傷つけられてただ死ぬんじゃなく、今できることをやって全力で生きるのも摂理なんじゃないか?」



言い終わった時、かすかにスズの表情が和らいだ。

そしてゆっくり口を開く。



「ありが、とう。 少し元気に・・・いっ・・・!」

「無理するな。」



近づいて肩を撫でようとした瞬間、急に激しく咳き込んだ。

そして口元から鮮やかな血が一本の筋を描いて、地面に落ちた。


それまではなんとか冷静を保っていたのだが、何かが崩壊して流れ出し頭の中を埋め尽くす。



「お前!!!!!!!」



しかし当のスズは慌てることもなく、諦めたように微笑んだ。

今では制服や髪の毛はほとんど真っ赤に染まり、頭の羽は力なく垂れ下がるだけだった。


こんな状態だがサンドスターを補給しなければいけない。

意識が朦朧として自分で飲めるような状況ではないし、飲めてもさっきのように吐き戻してしまうだろう。



それなら。




俺の中で何かが音を立てて切れ、が決まった。


静かに言い放つ。



「悪く・・・思うなよ?」







そして、スズの口にあてがっていた携帯サンドスターを引き抜くと。





俺は





ーーーーーー




「偶然管理センターの近くを通りかかって本当に良かったわね。」

「理由はとても不純でしたが結果オーライです。」

「不純? 何が不純なのかしら。 教えてほしいわねルペラ。

ヒトの子供にちょっとちょっかいかけようと思っただけよ。」

「やっぱりなんでもないです・・・」

「おらおら、スピード落ちてるぞお前らー!」



イヌワシが咎めるとルペラとゴマバラワシは再び速度を上げた。


その三人で支えているカゴには、ミライさんと何人かの職員が乗り込んでいる。

通信が使えなくなり困っていた管理センターにスカイダイバーズが偶然訪れ、今の状況に至る。



「本当にありがとうございます、スカイダイバーズの皆さん!

こんなに快く引き受けてくれるなんて!」

「あの子にまた会えるならどこにでも行くわ。あの真っ白な子いつも怯えててとってもかわいいの。

ダイビングさせたらきっともっと良い顔してくれるわよ。助けたら飼育員から連れさって・・・ウフ、ウフ、フフフフ・・・!!」



ゴマバラワシの体から禍々しいオーラが出そうなほど、その笑顔と心は歪みきっていた。

ミライさんと一緒にカゴに乗っていた女性職員が小さく悲鳴を上げる。



「恐ろしいことを言うのをやめてください…」

「あら、冗談よ、冗談。」

「ゴマバラワシ、貴様が言うと冗談に聞こえないんだよ! 怖くてしょうがない!

それはそうとミライ、でかいセルリアンが居るんだったよな?」

「はい。 巨大なセルリアンが居たと報告が入っています。

ただ携帯やラッキービーストの通信が全く使えないのでこれ以上詳しい情報は全くありません。どうか無茶だけはしないでください。」

「分かった。 しかし通信が使えない、か。

飛べない人間は不便だよな。」



数分後、スカイダイバーズ一行はすぐに爆発のあった現場にたどり着いた。


しかしそこで待っていたのは、直径100メートルはありそうなクレーターだった。

アーケードの店は良くて廃墟、悪くて粉々になって原型をとどめていない。



ーーーーーー




俺は携帯サンドスターを飲み干した。











・・・飲み干したと言っても口に入れただけだ。


俺は口の中にサンドスタードリンクをとどめたまま、スズの顎を優しくつかんで少しだけ広げた。



そして開いたスズの口に。




俺の口を優しく密着させた。




俗に言う口移しというやつだ・・・変な意味は少し、ある。



ただスズはシロオオタカだ。

鳥なら口移しが一番安心するだろう。


事実スズは今までにないとても落ち着いた表情をしていた。

ヒナだった時の事を思い出しているのだろうか?

喉も非常にゆっくりとだがしっかり動いているので問題はなさそうだ。



そして10分ほど経った頃、最初の一袋をすべて飲ませることが出来た。




「恥ずかしかったよな。 悪い。」

「全然。 とっても、安心した。」

「そうか。」

「そういえばヒナのときもこういう事してもらった覚えがあるの。

人間に壊されちゃったけどその時はとっても幸せだった。

もう変なことは・・・ケホ」

「無理するな。 俺なんかよりずっと強いんだから大丈夫。

話は寮に帰ってから、しようか。」



スズがゆっくりうなずくと瞳に輝きが戻った。

同時に胸元の鈴が鈍く光る。


そして弱々しい手で俺の腕を掴んだ。

猛禽特有の強力な握力はそこにはなく、恐怖で細かく震えている。



「怖い、のか?」

「忘れたかったのに・・・」



おそらくだがお腹の傷の治癒に使うサンドスターを節約してまで腕を治したのだろう。

その証拠になかなかお腹の傷が塞がる様子がなく、出血が止まる様子もない。


昔のことを思い出したと言っていたが、やはり幸せなことよりも怖いことの方が多かったのだろう。

俺は捨てられたので特に執着もないが、スズは親鳥を両方銃で撃たれている。

想像に絶するとしか言いようがない。 しかも目の前でだ。




俺は2つ目のサンドスタードリンクを口に含むと再び口を密着させた。




しかし頭の中にはモヤモヤが残り続ける。


どうして出会った時の事件から一度も敵対心を持たれないのか。

親の仇の「人間」という動物である俺は憎まれても仕方がないはずなのに完全に信頼されている。

事実、男のお客さんには未だに野生解放して威嚇する癖がある。


それなのになぜか俺だけは、ちがう。



「ゲホッ!? ゲフ・・・ゲフ・・・」

「わ、悪い!」



考え事をして集中力が切れ、サンドスタードリンクを一気にスズの口の中に流してしまいむせて咳き込ませてしまった。

お腹に大きな傷がある状態で力がはいるのは非常にまずい。






その時、横からコンクリートの破片を何者かに投げつけられた。

驚異的な反射神経で弾き飛ばし、飛んできた方向をにらみつける。




「ヘイヘーイ。 アッツアツじゃないか二人共ぉ!」



横を見ると、なんとタカを襲った痩せぎすの男が立っていた。

二重スパイを決めたソウタが後頭部を殴りまくって病院送りにしたはず。

なんだかんだ手や足も折れていたはずだが、松葉杖もつかずに平気な顔で立っている。


どうして治っている?

というかどうして脱走しているんだ?


今はこいつに構っている暇はないので口移しを再開したいところだが、少なくともコンクリートを投げられる体力があるなら十分邪魔に入ることも出来るということ。


一体どうすればいい。



「君たちのおかげでゴハン食べられなくなっちゃったんだよね。

組織に嫌気が指してたからなんとな~くタカちゃん襲ったんだけどあんなに必死になるとは思わなかった。

でもタカちゃんから薬で吸い取った輝きで作ったセルリアンがいい仕事してくれたみたいだ。」

「おいどういう事だ。 セルリアンを作っただと?

笑わせるのもいい加減にしやがれ変態ヤクザもどきめ。」

「説明はコッチから願い下げだ勝手に笑っとけや。

とりあえず爆風で勝手に弱ってくれたみたいだし、お前を葬った後スズをくたばるまでじ~っくり観察してやる。」



そういうと痩せぎすの男は懐からナイフを取り出した。

その目はもう笑っておらず、欲望を叶えることしか考えていない冷酷な目つきになっていた。



「ヒデ・・・逃げて・・・」

「逃げん。」

「ハハッ! 邪魔を排除するついでに証拠隠滅だ! 死ね!」



男はナイフを構えるとそのまま走り出した。

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