第34話 最高評議場――胎動する悪意

「まぁまぁ、いいじゃありませんか」


 そんな二人に割って入ったのは、なんと、先ほどまで会議を取り仕切っていた人物である、第一席レデンだった。


「個々人、色々とあるのが奥の十二席ステンドグラス、です。……私は、平和が好きだ」


 細められた瞳の奥は、うかがい知れない。


「……それでも、敵対したいと言うのなら、もちろん、止めさせては、もらいますよ」


 ニコリと笑うその顔に、シュヴェスタは一滴の笑みも、返せなかった。


「はは……ご冗談を。あなたと敵対する気なんて、ありませんよ……」


 その返事を聞いて、第一席レデンはようやく剣呑な雰囲気を解く。


「けれど、第二席ウーノルもよくない。……何か知っているのなら、先ほど発言していただかないと」

「ふむ……確かに、確たる情報ではないから黙っておったが、魔術界の一大事に、非協力的とあっては……」


 そこで第二席ウーノルはチラと第一席レデンに視線をやる。


「お主に咎められてしまうからのう……。……まぁ、妾としては、お主と戦ってみると言うのもやぶさかではないが」

「ははは、私は嫌です。第二席ウーノル

「まぁ、お主はそう言う奴じゃ。……しかし、そうじゃのう、では、ヌシに一つだけ、わしの知っていることを教えてやろう」


 そう言って、第二席ウーノルは、シュヴェスタに告げた。


「Fの魔力で世界が終わる、と言う言説があるが……、あれは、噂なんかじゃない」


 それまでの会話と、全く関係なさそうな話題。


「……世迷い言を」

「そんなものではありんせんわ。……なにせ、世界は魔力で危ういバランスの上になりたっているのじゃ。

 それぐらいのこと、ヌシだって、知っておるはずじゃろう?」

「……それぐらいは」

「であれば、先ほどの言葉の意味は、自分で考えるんじゃな」


 シュヴェスタは、奥の十二席ステンドグラスの中でも、まだまだ新参者。

 故に、まだまだ魔術について知らないことなど、両手の指では数え切れない。

 空席に人員を補充していくスタイルである奥の十二席ステンドグラスにとって、席番はあまり多くの意味を成さないのだ。


「クックック……。少し、気分が良くなってきたわ。

 一つ、と言ったが、もう少し話してやろう」


 そう言って、第二席ウーノルは話を続ける。


「自己焼却。……知っておるな?」

「――っ!」

「第七席の坊やがした、魔法。まぁ、ヌシに対しては、神に説法、と言ったところかのう……」

「それが、一体どうした……っ」


 静かな怒りを込めて、聞く。

 かつてのシュヴェスタの親友・第七席。

 マリーの父親でもある、その人物。

 


「おお、怖い怖い……。じゃが、ヌシは、少し過敏になりすぎじゃ。……もう少し、それについて、ちゃんと調べてみることじゃのう」

「それはどう言う……」


 しかし、その言及を止めたのは、第一席だった。


「……魔法は、魔術師の求むる先にあるもの。探求を、止めることは私にはできません。……しかし、それは、世界と個人を、破滅へ追いやる。……私の前で、これ以上話すのでしたら、止めさせてもらいましょう」


 相変わらず表情のうかがい知れないその顔を再びチラと見て、第二席ウーノルは大きな声で笑う。


「はっはっは! ちと喋りすぎたかのう!

 やはり、Vの血は争えないわ! そう、妾たちは、ただただ世界の喜劇を求めるのみ。……たとえ、それで世界がなくなっても、よ」


 そして、三度、シュヴェスタを見やる。


「……じゃから、ヌシたちだけが何も知らぬと言うのも、少しばかり面白みに欠ける。最後にもう一つ、教えてやろう」

「……まだ、何か?」


「……もうすぐ祭りで、大きな花火が打ち上がる。

 それが、崩壊の始まり。

 世界は大きく色を変え、カウントダウンが始まるわ。

 ……さて、ヌシは、どんな色に咲くのかのう。

 楽しみにしておるわ

 クックック……」


「……待て、それはどういう――!」


 呼び止めに第二席ウーノルは振り返ることすらなく、クツクツと笑いながら、奥の暗がりに消えて行った。

 これ以上は大丈夫だろうと思ったのか、第一席もカツカツと靴音だけを残し、その場を立ち去る。


「……ッックショ!」


 それを見送ったシュヴェスタは、ドン! と憚ることなく拳を壁に打ち付ける。

 顔面には、ドッと汗が吹き出し、荒い呼吸を吐く。


「……俺は、弱ぇ……ッッ!」


 あの場にもし第一席がいなくて、実力行使にでても、確実に、何も得られない……。

 そんな確信を抱かせる第二席ウーノルの圧に、気圧された、無念。


 弱者は、何も、得ることなどできない。

 情報、すら――。


「……あいつには、もっと強くなれ、なんて言ってたくせにこのザマだから笑える」


 そして、キッと前を向く。


「だからせめて、もう少しぐらいは、探らさせてもらうぜ」



 胎動する悪意は、こうしている間にも、蠢いている――。

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