第24話 祭り前――世界をどう思ってる?
「ところで、わざわざ来たってことは何か用があったんじゃないの、かな?」
キッチンでメイドさん(カフェでのマリーのような、制服を着ただけのなんちゃってメイドさんではなく、本職としてのメイドさんである)に作ってもらったキンキンに冷えたスムージーをズーッとストローで吸っているマリーに、シータが尋ねる。
「……え?」
その質問に、夢中でおいしそうにストローを吸っていたマリーが一瞬真顔になってシータを振り向く。
「……もしかして、ない、の……?」
「う……あ、ああああるある! あるよ! えーっとね……ちょっと待って! 今考え……思い出すから!」
額に手を当てこちらに手の平を向けるマリーの相変わらずさに、シータは思わず、ふふと笑いを漏らしてしまう。
「……急がなくていいよ。別に今日は用事はないし」
「……ん。ありがと……」
そこから、スムージーを飲み干すまでじっくり考えたマリーは満を持して、「あ! そうそう!」と切り出した。
「街にさ、気分転換に行かない?」
「き、気分転換? 何から?」
「え、えーっとそれは……」
人差し指をぐるぐると回しながら宙に目線をさまよわせるマリー。
「パッとしない……気分から?」
「なんで疑問形なの、かな……」
「い、いいじゃん! 理由なくても! 今日は何もする気起きないんだもん!」
「ははは。まあ、それがマリーらしいかもね」
そう言って、シータは笑うと、スムージーを飲み干して、言った。
「じゃ、準備してくるから、玄関で待ってて」
☆☆☆
「で、どこ行く?」
「考えたんだけど……やっぱり、本島の繁華街かなーって」
「あはは。まぁ、やっぱりそこだよね。いいよ。行こっか」
そう言うと、二人は歩き始める。
ヴェネトでは狭い島に所狭しと家が建った結果、島内の移動は徒歩が主な手段になっている。それでも、さほど広くないため十分なのだが、もともと小さな島々の上に発展した街であるため、いたるところに水路が走っており、早く移動するためにボートを使う人もしばしばだった。マリー達が今いるのは時計島と呼ばれる中央の主要な施設の立地する島だが、今から赴く本島までは徒歩で約十五分ほどだ。
「そういえばさ、どうなったのかな」
「なんの話?」
「シータもさ、気にならない? 二日前に襲ってきたあの……」
「確か……クレタ?」
「そうそう、その子」
気になって尋ねてみたマリーだったが、どうもシータの表情を見やるとあまり気乗りしていない様子が感じられた。
しかし、ちゃんと考えればそれもうなずけようものだった。なにせ、あのクレタという少女と直接戦ったのは、目の前のシータなのだ。下手をすれば、殺されていた可能性は十分にある。
ちょっと無遠慮な発言だっただろうかとマリーが発言を撤回しようと思った折、逆に向こうから言葉が返ってくる。
「……まぁ、気にならないわけではない、かな。……でも、どこにいてどうしてるかマリーは知ってるの? あいつに関しては、シュヴェスタさんが全部やってるらしいけど……」
それは、帰ってきた日のことであった。
シュヴェスタはお疲れとまずマリーとシータに声を掛け、
「このクレタって少女のことは俺に任せてくれないか」
と二人に言った。
もちろん特にどうしたらいいかという具体的な考えがあったわけではないが、そのまま全部任せてしまっていいのかという漠然とした思いがあったのだろう。シータの口からは、
「でも……」
という否定の言葉が漏れ出ていた。
そこでジョリジョリとまた少し伸びている顎鬚を撫でてから、
「ん、そうか……ま、こいつを倒したのはシータらしいからな。そうもなるか。
でもよ、安心してくれ。俺がこいつを責任もって預かる。もちろんお前たちに危害は一切加えさせないし、何かわかったら全部教える。これはある意味お前らの安全の為でもあるんだよ。……一瞬でもお前らを危険にさらした責任を、師に負わせちゃくれねえかね」
そこまで言われては、シータも何も言うことはなかった。
二人がうなずいたのを確認すると、シュヴェスタは、
「うしっ。二人ともありがとう。んじゃまあさっきまでのことは忘れて……なんてことはできないだろうが、気にしないでしばらくは任務お疲れさんってことでゆっくりしてくれや。……お前さんらも知ってる通り、ヴェネトはゆっくりするって意味じゃ安心安全の良い街だからなあ」
と言って、一言も言葉を発さず生きているのかすら疑ってしまうクレタの身柄を引き、建物のどこかに消えてしまったのであった……。
それ以来、彼女に関してや事件に関して、詳しい話はシュヴェスタから聞けていないが、何やらずいぶん方々を走り回っているということはマリーも知っていた。
「なにか、シュヴェスタさんから聞いたの?」
その質問に、マリーは首を振る。
「ぜーんぜん。あれから音沙汰なしよ。あいつの姿もしばらく見てないし、一体何してるんだか」
「……でも、あの人が任せてくれって言っていたんだし、大丈夫なんじゃないかな、って私は思ってるよ」
「うーん……いろいろ気になるけど、かといって私たちが気にしたところでどうにかなる話じゃないもんね……」
「だからやっぱり」
そこでシータは大きく伸びをしながら、マリーの方を向いて言った。
「いつも通り、私たちはやっていくしかないんじゃない?」
「うん、そうだよね!」
そんな風に話をしながら歩いていると、次第に通りの先の方から喧騒が漏れ聞こえてくる。
「あ、もう結構賑わってるねー」
「やっぱり創世祭が近づくとどこも大忙しって感じ、かな」
「間違いない!」
それからしばらくは大通りの店をウィンドーショッピングしたりしながら歩く。
「ねぇねぇ、これ、シータに似合うと思わない?」
「えー……それは、ちょっと、ないかな……」
「似合うと思ったのになぁ」
そんな風に過ごしていると、気付けば陽もだいぶ傾いていた。
「うーん。結構遊んだなあ。……ねぇシータ、疲れたし、あそこのカフェに入らない?」
「いいよ」
二人で冷たいドリンクを頼み、太陽が照って暑い外とは違い、ずいぶんと涼しい店内の端の二人席に腰かける。
「あー生き返るーー」
「もう、マリー、シュヴェスタさんみたい」
「あはは」
そうやって笑いあう。
そうやって、ドリンクを半分ほど飲んだ時だった。シータが、それまでよりも少し真剣そうな眼差しで、マリーに問うたのは。
「ねぇ、マリー」
「ん、どしたの?」
「いきなりだけど、変なこと、聞いてもいい?」
その意味深な前置きに、少し首をかしげながら、マリーは答える。
「いいよ」
「……マリーはさ、自分の周りの世界のこと、どう、思ってる?」
「え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます