第23話 祭り前――魔術五大家の屋敷
「ははははは。そのアイ……アス? 君は、ずいぶん面白そうな子だね」
「……あんなに我が強いとは思ってなかったわよ。むしろ押しに弱いって思ってたぐらいだもん」
「それで? マリーちゃんは一緒にシュヴィの授業受けたりしないのかい?」
シュヴィというのはサンキューさんだけが使うシュヴェスタのあだ名である。
その発言に、マリーは大袈裟に両手を掲げる。
「まっさか! あの人、見かけによらずというか、見かけ通りというか、ものすごくスパルタなんですもん。そりゃあ頼んだのはこっちだったですけど、二度はお断りです!」
「ははは。だろうね。シュヴィはそういうやつだ」
そう言って笑いながら、サンキューさんはいつの間に淹れたのか、紅茶のカップを片手にマリーの向かいの椅子を引いて座る。
「あ、サンキューさん、ズルい。私にも下さいよ」
「あれ? いいの? 折角お客さんもいないしマリーちゃんには今日はもう上がってもらおうかなって思ってたのになー」
「え!? いいんですか!? やたっ!」
少し意地の悪い顔をしながらのサンキューさんの言葉に、机から飛び起きながら喜ぶマリー。
「まだ疲れも残ってるでしょ? ゆっくりしてきなよ」
「ありがとうございます! うーん、何しようかなあ……」
ニコニコと笑いながら紅茶をすするサンキューさんの前でしばし考えてから、
「……あ、そうだ。うん、そうしよう」
とポツリとつぶやくと、マリーは「じゃあお先に失礼します!」と、言うが早いか、店の裏の更衣室へと消えていった。
「……しっかりしてて、つい忘れそうになっちゃうけど、あの子もまだ十五歳だもんな」
一人になった店の中で、ズズッと紅茶を飲む。
「そういえば、最近危ない噂も聞くから、注意しておいた方がよかったかな。……まぁ、そういうことはあの子に限って大丈夫か。」
サンキューさんの言葉は、ログハウス調の店の天井のファンへと昇っていった。
☆☆☆
私服に着替えたマリーが向かったのはシータの家だった。
そんなシータの家の裏手に位置する通用門のインターホンを鳴らす。
「どちら様でしょうか」
「あ、マリーですけど、シータさんはいますでしょうか」
「マリー様でしたか。シータ様でしたら、ご在宅なさっております。鍵を開けに参りますのでしばしお待ちを」
「ありがとうございます」
もはや顔なじみになってしまっているシメネス家の執事さんが門を開けに来ると、マリーはシータの暮らす大きな屋敷へと執事に付き従って入っていくのだった。
「やほー。シータ元気ー?」
シータならこっちにいるはず、と案内された場所はシメネス家の書斎にあたる場所だった……のだが、広大な面積と蔵書量を誇るそこはもはや『書斎』ではなく『図書館』という言葉の方がぴったりだった。
背の高くないマリーには見上げるほど大きな、いっそ雲の上まで伸びているといっても信じそうなほど高くそびえる本棚の森を縫って歩きながらシータを探す。
すると、幾度も覗いては先に歩きを繰り返した通路の奥に、シータがいた。
「シータ見ーつけた!」
「……え? マリー?」
シータは少し慌てたように読んでいた本をパタンと閉じるといそいそと本棚にしまう。
「なに読んでたの?」
「た、大したものじゃない、わよ」
チラッと手元をのぞき込むと、サッと手で隠される。
シュッ、シュッと顔を素早く動かして覗こうとするが、向こうもさるもので、素早く手を動かされて防がれる。
「むー。別にいいじゃない!」
「な、なんとなく、ね」
ここで、しばらく無言になり、
「まあ、別にいいや」
と言って元来た方に振り返る。
「それよりさ、すっかり忘れてたけど、もうすぐ創世祭じゃない?」
「……え、ええ、そう、ね」
そう言って、歩き出そうとして……
「エイッ! 隙アリッ!」
「キャッ!?」
素早く振り返って、本棚を確認する。
「って、なんだ。コルシズ教の歴史って、ものすごく普通じゃない……」
と言って、落胆するマリーに、シータはいわゆるジト目になって、
「……一体何を想像してたの、かな」
「いや、ほら、そんな必死に隠すから、てっきり恥ずかしいタイプのやつなのかなあと、は、ははは」
そんなマリーの言い訳に、シータは「はー」と大きくため息をつく。
「別に、やましいことなんてないわよ。ただ、本当になんとなくってだけ。さ、キッチンにでも行って冷えた飲み物でももらってゆっくりしましょ」
「今日は本当に暑いもんね……ここはキンキンで涼しいけど」
そういって書斎の入り口に戻る。
軽口をたたきながらも、何もないと言っていたシータの瞳が、なんだかいつもよりも暗かったような気がして、マリーはもう一度シータの顔を覗き込む。
「ん? どうかした?」
「え? あ、ううん! 何でもない」
けれど、改めて見たその目はいつもと変わることはなくて。
(気のせいか……)
そう思って、頭の隅に押しやったそれは、気付いたら忘却の彼方に消えていた。
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