第八章 魔王のあるべき姿

36 閉ざされた空間の中で

 目を開けても何も見えない。口を開ければ土が入ってきた。耳にも鼻にも土が入り込む。音は聞こえず視界は暗いままで、声を出すことも出来ない。頼りになるのは自分の感覚だけ。それはいつかのスライム風呂と同じような状態だった。


 背中から生えた白と黒2種類の翼を動かそうとするも見えない何かに阻害されて思うように動かせない。手足を動かそうにも動かせず、右足から伝わる鋭い痛みだけが四肢の存在を伝えている。


 ドラゴンに話を聞こうとするも完全に手の上で転がされていた。平和に解決しようと最初から本気を出さなかったエウレカにも非がある。だがそれにしてもやられすぎた。シルクスは戦わせないようにし、フェンリルには加減して攻撃させ、それでこのザマだ。


 エウレカは今、困惑していた。土の中に埋もれたであろうことは想像出来る。ついでに、フェンリルとシルクスも同じように土に埋もれていることも察する。だがこのまま生き埋めになるわけにはいかない。


(このままは、よくないぞ)


 地中深くで身動きが取れない今、エウレカ達は酸素を取り込むことが出来なくなっていた。このまま出られなければ、待っているのは死のみ。残された時間は少ない。


(フェンリルもシルクスも、見当たらぬ。このままここで死ねば、誰にも発見されぬまま、魔族の秩序が崩壊してしまう。魔王城の襲撃も気になるぞ。考えろ、考えるのだ、エウレカ)


 エウレカは呼吸を止めたまま必死に頭を回す。体が酸素を求めて苦しがっていた。魔族と言えども息を止められる時間は限られている。人族のそれより長くとも、空気を口に溜めていなければ5分程しか息を止められない。


(地割れを起こし続けて地上にヒビを作るしかない、か。ドワーフであれば容易に脱出出来るというのに……。こういう時、血筋が憎いのう)


 上下左右の感覚も四肢の感覚も分からなくなっていく地下空間。動かないで死ぬより動いて悔いなく死にたい。エウレカの体が微かに黒い光を帯びる。


(クエイク……クエイク、クエイク、クエイク!)


 胸の内で魔法に必要な言葉を紡げば、エウレカの周囲にある土が微かに割れた。だがどんなに土を割ってもその上にさらなる土の固まりが現れる。エウレカには、地上からの光が見えるまでひたすら魔法を唱えることしか出来ない。


(クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク)


 ひび割れた土がエウレカに向かって降ってくる。地上まではまだまだ遠い。同じ言葉を唱えすぎて何を言ってるかわからなくなる。それでもエウレカには狂ったように同じ魔法を唱えることしかしか出来ない。


(クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク、クエイク……)


 何度地割れを起こす魔法を唱えただろう。もう、息を止めるのも限界だった。地上に届くかもしれないという僅かな可能性にすがるのも辛く感じられる。


 頭は回らず、次第に何をしているのかもわからなくなってくる。どうせ死ぬのならと魔法を唱えるのを諦めようとしたその時、エウレカの視界に一瞬だけ光が見えた。もう一度魔法を唱えて確認すれば、土に空けた僅かな隙間から眩しい光が差し込んでいる。


 光に反応して両手を頭上に伸ばそうとする。だが土に埋もれた両腕は思うように動かず、僅かに持ち上げるのが精一杯。酷使した右足も限界だ。エウレカが諦めかけたその時、エウレカの腕を咥える者がいた。


「情けねぇなぁ、魔王様は」


 その言葉を最後にエウレカの意識が遠のいていく。気を失う直前に視界に入ってきたのは、土の付着した白い体毛だった――。





 硬い岩で構成された山道。ダークグレー1色に染まったその山道では、空から見るとやけに目立つ容姿をした集団がいた。


 土こそ被っているが白い体毛の目立つ大きな狼。その真横で地面に横たわる白い猫耳と尻尾を持つ獣人。そして狼の口に咥えられた、白と黒2つの翼を持つ魔王エウレカの姿。


「シルクス、目を覚ませ。エウレカ、起きろ」


 白狼――フェンリルは、エウレカの体を地面に優しく横たえると、鼻先でその体を揺する。だがエウレカは目を覚まそうとしない。同じく地面に横たわるシルクスも目覚める気配がない。


 エウレカの2枚の翼は土まみれだった。翼の一部が奇妙な形に折れ曲がっているのは、土の中から無理やり引っ張り出したせいである。左右に1本ずつあった黒い巻角は、左側に1本残っているだけ。これは擬態が解けたせいだ。


「おい、起きろ! 引きずるぞ!」


 フェンリルが何度声をかけても反応しないエウレカとシルクス。それでもフェンリルは体毛に付着した土をふるい落とすことすら忘れ、必死に呼びかける。


「あんたが地面割ったんだろ? あんたは魔王様だろ? 魔族の世界を変えるんだろ? こんなとこでくたばってんじゃねぇよ、バカエウレカ」

「……バカは、失礼、だ……ぞ」

「っ! 起きたか!」

「……死んでは、いない、のだ……。我、こそは……130代目、魔王……エウレカで、ある、ぞ……」


 フェンリルが呼びかけてからどれほどの時間が経っただろう。ついにエウレカが薄目を開けた。苦し紛れに発せられたその声は掠れている。ボロボロの見た目でも、声が掠れていても、エウレカは生きていた。


「お主……怪我、は?」

「ねぇよ。とりあえず、もう喋んな。魔法を使ってでいい、怪我を治さねぇと。白魔法使える奴って……」

「我だが?」

「…………よし、魔法はやめよう。どうなってるかわかんねぇけど、まずは魔王城に帰らねぇとな」


 今のエウレカは天使と悪魔、2つの特徴を持っている。天使は癒しを司る白魔法を、悪魔は破壊を司る黒魔法を、それぞれ操るとされている。2つの特徴を持つエウレカは何故か、相反する2つの魔法を扱うことが出来た。


「いや、使おう。シルクスを、助けねば……」

「白魔法は術者の生命力を削るだろうが!」

「それでも、よい。それで……シルクスを、助け、られるので、あれば……な」

「あんたが死ぬかもしれねぇって言ってんだよ! 夢放り出して死ぬ気か?」

「ここで、仲間を、見捨てる、のは……我の、理想に、反する」


 エウレカは地面に横たわったまま動かないシルクスの元へと、地面を這って近付いた。そしてその胸元に手をかざす。次の瞬間、シルクスへとかざしたエウレカの手を白い光が包み込んだ。

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