第七章 ドラゴン族と話し合おう!

31 ドラゴン族の本拠地へ

 そこは全体の3分の2が霧に包まれた山だった。霧が晴れているのは山のふもとのみ。そんな、白い霧で先がほとんど見えない山道を歩く者達がいた。


 トラックほどの大きさをした白狼フェンリル。白狼の背中に鬼のような形相でしがみつく、黒い巻角を生やした魔族エウレカ。そしてエウレカにカメラを向けている、白い猫耳と尻尾を生やした魔族シルクス。


「霧、すげぇな。おい、エウレカ。ドラゴン族に今日会いに行くこと、伝えてるのか?」

「ん? 伝えていないぞ。返事する前に動いたからのう」

「……ゴシェンロン山にはドラゴンの仕掛けた罠があるんだよな?」

「あるのう」

「…………事前連絡無しでどうやって罠突破する気なんだよ、この馬鹿野郎!」


 エウレカ達は今、先の見えない山道を数時間程歩き続けていた。霧に囲まれた道をどんなに歩いても頂上に辿り着けない。嫌な予感がしてフェンリルが問えば、予想通りの返事がエウレカから紡がれる。


 エウレカとシルクスを乗せたフェンリルはすぐさま足を止めた。止まった反動でフェンリルの背から転げ落ちそうになるエウレカを、シルクスの細い腕が既のところで掴む。フェンリルは悪びれることなくエウレカに詰め寄る。


「なんてことしてくれたんだよ! 完璧にドラゴンのしかけた罠にハマってんじゃねーか」

「来ればなんとかなるかもしれないだろう?」

「なるわけねぇだろ」

「わからぬではないか! もしかしたら我の存在に気付いたドラゴン族が罠を解除してくれるかもしれぬぞ?」

「おい。あんた、それでも魔王か?」

「何を言う。我こそは130代目魔王、エウレカであるぞ!」

「へぇー。偉大なる魔王様がアポも取らずに無計画に敵陣に突っ込むのか。口だけは立派だな」


 堂々と名乗ってはみたものの、フェンリルの正論に返す言葉がない。逃げられないようにと連絡もせずに来たことが裏目に出てしまった。


「魔王ならもう少し計画立てて動けよ! なんで罠ってわかってる霧の中走らなきゃいけねぇんだよ! これ、霧の中に閉じ込められてんだろ! あんた、馬鹿か?」

「今考えておる」

「だから、それを魔王城出る前に考えろっての! 無計画にも程があるぜ、まったくよぉ!」

「すまぬ」

「謝って済むなら魔王軍なんていらねぇんだよ!」


 シルクスが白く細い腕でエウレカを持ち上げた。どうにかフェンリルの背に戻ったエウレカは一息つくまもなく、フェンリルに振り落とされる。落ちていくエウレカを支えたのは、またしてもシルクスである。


「それくらいにしてください、フェンリル様。ならありますから」

「それはならぬぞ、シルクス。今このタイミングでか?」


 エウレカをフェンリルの背に戻しながら告げられた言葉に、エウレカがあからさまに慌て始めた。フェンリルはグルルルと唸り声を上げる。ドラゴンの罠をどうにかする術があるなら試せばいい。なのにシルクスが申し出るまで、エウレカは何も言わなかった。さすがのフェンリルも限界だ。


「前から思ってたんだがよ、エウレカ。シルクス、何者だ? ただの獣人じゃねぇだろ、こいつ」

「私の正体、ですか……。魔王様、今日だけは命令に背かせてください」

「命令?」

「色々ありまして。それに、罠を回避するには私が元の姿に戻らなければいけません」


 シルクスは持っていた撮影用のカメラをエウレカに握らせた。そしてフェンリルの背から飛び降り、音も立てずに着地する。その刹那、シルクスの体を白い光が包み込んだ――。





 濃い霧が視界を遮る。霧の中でシルクスの身に起きた変化を目視することは不可能だった。わかるのは、白い光の中で何かが起きていることだけ。


 霧の中では猫耳と尻尾を持つ獣人はそのシルエットを大きく変えていた。急激に大きくなったシルエットはフェンリルを超える全長を誇るようになる。その背から一対のコウモリを思わせる赤い翼が生えた。


 シルクスの見た目が変わるにつれて、山道を覆っていた霧が薄くなっていく。シルクスがその全貌をあらわにした時、エウレカ達を苦しめていた濃い霧が完全に晴れた。まるでシルクスが正体を見せるまで待っていたかのように思えるほど絶妙なタイミング。ついに明らかになったシルクスの姿。それを見たフェンリルは口をあんぐりと開けたまま言葉を失ってしまう。


「あんた……エウレカのペットの……」


 深紅の鱗を持つ巨大な体躯。背中から生えた一対の赤い翼は空に向かってピンと伸ばされている。四肢から伸びる鋭い爪がそっとエウレカの頭を撫でた。赤い瞳がエウレカとフェンリルを頭上から見下ろしている。


 トカゲを思わせる顔。長く太い尾は蛇のそれによく似ている。呼吸に伴って鼻から弱々しい炎が吐き出された。その姿は、先日ゴルベーザ山にて目撃したドラゴンによく似ている。いや、ドラゴンそのものである。


「レッドドラゴン、だったのか」

「普段は魔王様に相応しい姿に擬態しております。成長したこの姿を見せるのは初めてですね、フェンリル様」

「なんでまた、そんな姿に……」

「少しでも大好きな魔王様のそばにいるために。魔王様が困った時はすぐに駆けつけられるように。そして、今回のような有事の際には私が魔王様を守れるように。魔王様のためなら私は、命すら捨てられます」


 そこには先程までいた白い猫型獣人の面影はなかった。赤い鱗を持つドラゴンが愛おしそうにエウレカを見つめている。読みにくくなった表情からは、その真意を知ることは出来ない。


「ゴシェンロン山の霧はドラゴンの翼で消すことができます。このまま、長の所まで向かいましょう、魔王様」

「うむ、そうだな。話をしなければ何も始まらぬ。最初から争い有りきというのは良くない」

「フェンリル様。魔王様を乗せて、私について来てください。撮影は一旦、魔王様にお任せします」


 ドラゴン族の罠が解除された今の状態であれば、長の所まで行くことも容易い。山道は見えるし、もう同じ道を何度もループすることはなさそうだ。


 レッドドラゴン――シルクスに道を先導され、フェンリルに跨ったエウレカが山道を登っていく。その様子を遠くから見ている者の存在に彼らはまだ気付かない……。

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