30 ドラゴンからの手紙

 魔王城最上階に位置する王の間。灰色のブロック石で構成された床の上には、血のように禍々しい赤色をした絨毯が敷かれている。


 王の間の中央には巨大な石をドワーフ秘伝の技で削り出して作った玉座があった。初代魔王に合わせて作られた現魔王には大きすぎるその玉座にはエウレカが横たわっている。エウレカの前では、玉座と変わらない大きさの白狼――フェンリルが唸り声を上げていた。


「おい、エウレカ! 大変なことになったぞ」

「どうしたのですか? 魔王様は、本日締切の仕事ならどうにか終わらせましたが?」

「そんな生ぬるいもんじゃねぇよ。シルクス。あんた、この手紙を声に出して読んでみろ」


 溜め込んでいた職務に疲れきったエウレカ。彼に代わり、シルクスがフェンリルに応じる。フェンリルの足元には唾液で少し湿った封筒が置かれていた。


 シルクスが封筒を拾い上げる。既に封は開いているらしく、中身を取り出すまでにさほど時間はかからない。差出人は「ゴシェンロン山 ドラゴン族一同」となっている。


「『130代目魔王、エウレカ殿。最近、人族の間で流行っている動画投稿に熱心なご様子。噂はこちらにも届いております。エウレカ殿は我々ドラゴン族との契約とその理由、お忘れではないですか? 今一度、我々ドラゴン族と歴代魔王の関係を振り返ってください』。これが一枚目の便箋です」


 ドラゴンが差出人であると知り、エウレカの目の色が変わる。眉間にしわを寄せ、何かを考え始めた。ドラゴン、ゴシェンロン山と言えば勇者の仲間を助けに向かったという出来事が頭を過ぎる。


「ドラゴン族とは『世界を平和にする』という目的のもと、今日まで上下のない対等な協力関係にあった。人族との争いが進む中で、ドラゴン族の土地であるゴシェンロン山を守り、人族との争いを共に落ち着かせる。そういう名目だ」


 場が一気に静まる。玉座に立てかけられていた松葉杖が床に倒れ、音を立てた。


「続けます。『エウレカ殿を含め、直近3代の魔王は皆、人族と友好関係にあろうと努めています。もちろん、争いが正しい解決法とはいいません。しかし、を忘れて親交することは、我々には出来ません。ドラゴン族全員で話し合い……魔王城との協力関係の破棄を申し出ることになりました』」

「破棄だと? 人族の罪など、何千年前の話だと思っておる! 文明のなかった大昔と文明の発達した今では、同じ人族でも全く違うというのに」


 一通の書簡が知らせた出来事。それは「ドラゴンがエウレカを含む魔族との協力関係を破棄したい」と申し出たこと。そしてその理由は「エウレカ達直近3代の魔王が人族と仲良くしようとしているから」である。


「フェンリル。これから話す内容について、他の魔王軍にも知らせるのだ。ドラゴン族が協力関係の破棄だけで引き下がればそれでよいのだが……これだけで終わるとは思えぬ」


 エウレカが右足に気をつけながら上体を起こす。その顔はもう笑ってはいなかった。





 エウレカはシルクスから問題の書類を受け取る。念の為に目視でもその内容を確認し、ため息をついた。その顔は幽霊でも見たかのように青ざめている。


「おい、エウレカ、どうした? 顔、真っ青だぞ?」

「……のう、フェンリル。ゴルベーザ山に行った時、はあったか?」

「あったな、1個だけ」

「洞窟を壊した時、その卵はどうなったか覚えておるか?」

「……埋もれたんじゃね? 岩塊の下に、な」

「それをドラゴン族はどう捉えるだろうか?」

「どうってそりゃ…………やばいな」


 エウレカとフェンリルが思い出したのは、勇者と共に戦ったドラゴンの巣での出来事だった。


 あの日、エウレカは勇者を守るために洞窟内で爆発を起こした。その爆発がきっかけでドラゴンの巣もとい洞窟が崩壊し、ドラゴン達は別の山へと逃げることとなったのだ。そして、彼らが襲撃を仕掛けたドラゴンの巣には……ドラゴンの卵が存在した。


 ドラゴン族が卵を持って移動した様子はない。エウレカは勇者と共に脱出することに、フェンリル達は勇者の仲間を救出することに、それぞれ集中していた。そのため、岩塊に埋もれたドラゴンの卵がどうなったのかは誰も知らない。


「あの卵、潰れたらしい。多量の岩に押し潰され、中身は……」

「なるほど。貴重な卵を割られたもんだから、ドラゴンの方もキレてるってわけだな?」

「うむ。問題はここからだ。協力関係の破棄はいい。ドラゴン族の中にはこれを機に、我を襲撃しようとする輩が増えたらしい。狙いは我がペットのレッドドラゴンだ。そして、その動きはドラゴン族の長だけでは抑えられない、と」

「つまり?」

「卵が割れた。ドラゴンが我を狙う。今回の事件の真相は闇の中」


 ドラゴンは何千年の時を生きる、長寿の魔物である。魔物の中で唯一魔族と同等またはそれ以上の扱いをされ「ドラゴン族」として知られている。だがその数は少なく、子孫繁栄も百年に一度いくつかの卵が孵化するだけ。その影響もあってかドラゴン族はドラゴンの卵を非常に大切にしている。


 地上に産み落とされた卵のうち、無事に孵化するものは数えるほど。それ以外は孵化しないまま殻の中で死んでしまう。孵らなかった卵はドラゴンに捨てられ、魔族や魔物の珍味として市場に出回る。


「ドラゴンの卵なんて、どれが孵化するかわかんねぇだろ! それなのに卵潰れたからエウレカを狙う? そもそもの原因はドラゴンが勇者の仲間さらうからだっての!」

「魔王軍は戦に備える組と原因を探す組に分ける。長は映像証拠もあって納得しておるのだがな、若者が納得していないらしい。我はシルクスとケーちゃんを連れ、ドラゴン族の長と話してくる」

「アホか! 自分から死にに行くようなもんじゃねぇか!」

「行ってみなければ何も変わるまい」

「……いい。俺様がエウレカとシルクスを連れていく。ケルベロスには王の間を守らせろ、念の為に。嫌な予感がする」


 フェンリルが唸り声を交えながら意見を出すと、エウレカはすぐに承諾した。不安なのか、黒い巻角をいつも以上に念入りに擦る。エウレカの赤い瞳がシルクスの姿を捉えた。シルクスは無言のままコクリと頷く。沈黙が王の間を包み込んだ。

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