第九章 メカと勇者とお味噌汁。

第129話 今どき小学生でもわかります。

 行きは賑やかな面々で出発したというのに、帰ってきたのは俺一人。

 いや、途中まではコノハが居たが、駅を出た所で待ち受けていた子分(?)の猫と共に気まぐれにまたどこかへ行ってしまった。

 コノハの猫化が止まらない。


 仕方なく俺はトボトボと一人家路を歩いた。

 一人になると余計なことばかり考えてしまう。


 足取りを重くさせている一番の原因は山田さんの書き置きだ。

 最悪明日から俺は教室内でも『パピヨン少年』と呼ばれる運命を覚悟せねば成るまい。


 帰りの電車の中でコノハから聞いた所によると、イトキンの出待ち行列の中に委員長たちが混じっていたらしい。

 好意的に考えればイトキン目当てで待っていたとも取れるが、コノハが言うには伊藤さんが出てきた時も委員長は伊藤さんの後ろの方ばかり気にしていたそうな。

 それって明らかに俺たちがターゲットなのでは……。


 俺の足が更に重くなった理由はそれである。


「はぁ……癒やしがほしい。ミユ、早く帰ってきてくれ」


 そんな独り言をつぶやきながらアパートの階段を上り自分の部屋の前でポケットから鍵を取り出すと鍵を開け玄関の扉を開いた。


「ただい……うわっ!?」


 玄関を上がったところに一人の少女が倒れていた。

 いや、少女ではない。


「た、高橋さんっ!?」


 うつ伏せで顔は見えないがその背格好は隣の部屋に住んでいるマッドサイエンティストドワーフ娘の高橋さんに違いない。

 家に帰るといつも隣の部屋の住人が死んだふりをしています。


 いや、いつもではないけれど偶に何故か酔いつぶれた高橋さんが俺の部屋で倒れて熟睡していることがあるのだ。

 多分に犯人はミユなのだが、それも今日山田さんの話を聞いて俺がミユをないがしろにしていたせいで高橋さんたちに甘えていたからだと気がついたので怒るわけにも行かない。

 それにアルコール類を持ち込むのは高橋さん自身なので実質悪いのは彼女でありミユは被害者とも言えるのではないだろうか?


「ミユちゃんが『お料理の味見してほしい』って時々呼んでくれるですです。お酒持ってくると美味しいおつまみも作ってくれるですですぅ~ヒック」


 などと前回酔いつぶれていたときに言っていたけれど、きっとミユは嫌々高橋さんを呼びつけて、嫌々料理を作り、嫌々お酌をして、嫌々話を盛り上げて、嫌々俺が帰ってくるまでの時間つぶしをしただけに違いない。

 やはりミユは被害者であり、加害者は高橋さんなのだ。


 俺はそう結論付けると、玄関先で倒れている高橋さんをいつものようにゆすり起こすことにした。


「高橋さん、こんな所で寝ていると風邪ひきますよ……って本当に寒いな。エアコンでもつけてるのか?」


 部屋の扉を開けたときに一瞬寒気が走ったのは実際部屋の中の温度が外より低かったせいのようだ。

 たしかに今日は一日いい天気だったし、春先とはいえ少し汗ばむほどではあったけれど、エアコンを使うほどではなかったと思うのだけど。

 そう考えている間にも気温がどんどん下がっていっているように感じる。

 これはもしかするとエアコンなどではなくドワドワ研でまたろくでもないものでも作って来たのかもしれない。

 それが何か暴走でもして高橋さんが倒れてしまった可能性があるのではないか?

 俺はそれに思い至ると慌てて倒れたままの高橋さんに手を伸ばす。


「高橋さん! なんかヤバイ気がするから早く起きて!」


 冷っ。


 他の女の体に触れた手のひらから予想外の冷たさが伝わってきて俺は手を引っ込めた。


「高橋さんの体が冷たい……えっ、もしかして本当に死んで……」


 俺は思わず玄関に座り込んでしまった。

 命を全く感じない冷たい高橋さんの体。

 さっきまでいつもの酔っぱらいだと思っていたソレが命のない物体だと俺の心が理解してしまった。


「高橋さんが本当に死んでるなんて……」


 とりあえず山田さんに連絡しようと俺は結局余り使うことのないスマホを取り出すと電話アプリを立ち上げ――。


「おかえりなさいですです」

「ひっ」


 ガコッ、バリン。

 奥の部屋からひょっこりと顔を出したもうひとりの高橋さんに思わず手に持ったスマホを玄関に落としてしまったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 今俺の目の前には二人の高橋さんが正座している。

 いや、正しくは高橋さんと、高橋さんのような何かだ。


「説明してくれるんですよね?」

「もちろんですです」


 今日はいろいろあったせいで少し気が立っている俺の視線に彼女は焦ったようにそう返した。

 しかし眼の前に座る何かは背格好も顔かたちも高橋さんにそっくりである。

 唯一違うところは顔につけられたビームを発射でもしそうなバイザーくらいだろうか。


「これはですですね、我がドワドワ研が研究開発中の自立型依代体EXの試作機なのですです」

「自立型依代体? 依代体と言うとミユの体のやつだよね? あれって大型化はまだ出来てなかったんじゃないの?」


 俺のその言葉に高橋さんは何やら得意そうな顔をして話し出す。


「それがですですね、私がこちらの世界に来てからというもの、ミユさんからいろいろな動画を見せられ……見せてもらったですです」


 強制的にミユにヤオチューブ動画を見せられて死んだ目をしている高橋さんの姿はたしかに何度か見かけたことがあるな。

 俺が帰ってくると直後にすごく嬉しそうな表情になって出迎えてくれたっけ。


「正直大半はくだらな……面白いだけの動画だったですですが」

「今はミユもいないし、別に言い直さなくてもいいのに」

「ですです? じゃあザックバランに言わせてもらうですですが、そんな中でも役に立つ技術的な動画が何個かあってですですね」


 高橋さんはそう言って立ち上がりパソコンデスクの前に座るとパソコンを起動させた。

 彼女にもらったSSDのおかげで起動がとんでもなく早いのであっという間にデスクトップが表示されると、彼女はおもむろにブラウザを起動しヤオチューブのURLを打ち込み始めた。


 ッターン!


 何故か無駄にポーズを決めてエンターキーを叩くと俺を振り返り「これですです」と画面を指さした。

 そこに映し出された動画は――。


「ア○モじゃねーか!!!」


 我が国が誇る自動車メーカーが何故か世界に先駆けて作り上げたなめらかに二足歩行するロボットの姿がそこにあった。

 今でこそ人のようになめらかに歩くロボットが増えたが、このア○モが登場するまでは一歩づつガシャンガシャンと大げさな動きで歩く機械しか存在しなかった世界にブレイクスルーを起こしたロボットである。


「人間大の依代体をどうやって動かせばいいのかドワドワ研は十年以上も悩んでいたですですが、この動画のロボットを知って色々調べたおかげで出来上がったのがこの自立型依代体EXさんなのですです」

「まじかよ……」


 こちらの世界を遥かに凌ぐ魔法&科学を持つドワドワ研がこの世界の技術に追いつけていない部分があるなんて驚きである。

 しかしこれこそがコロンブスの卵というやつなのだろう。


 実際やってみると簡単なことが、それを思いつかないだけで非常に難しいことに思えてしまう。

 そうやって難しいと思い込んでしまうと簡単な方法にたどり着けなくなるのだ。


「それはそれとして、なぜこの依代体EX――メカ高橋は高橋さんそっくりなの?」

「メカ高橋とかセンスなさすぎですです」

「うるさい、ほっとけ」


 高橋さんが「やれやれ」とアメリカ人みたいなジェスチャーをすると、なぜかメカ高橋も同じような動作をする。

 イラッとするなこれ。


「もともとこの素体は私が研究用に作ったものなのですです」

「研究用に自分モドキを作るとか変態か?」

「失敬ですです。動きの研究をするには他人より自分をモデルにしたほうがわかりやすいからなのは今どき小学生でもわかる理屈ですですよ」

「そんな小学生いねぇよっ!」


 その言葉に対してメカ高橋が俺を指さしながら『そんな事もわかんねぇの? プゲラ』みたいなポーズをするのがイラッとする。

 こいつもしかしてベースになってる高橋さん以上にアレなやつなのでは?


 俺はそのことに思い至り、まだまだ騒がしい今日という日が終わらないことに絶望した。



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