第114話 白い日はジャスト、お返し三倍デーです。

 三月十四日のホワイトデーは予想以上に大変だった。


 ミユへのプレゼントの赤い三倍早い飛行装置については準備万端で、デザインは今までのランドセル型ではなく背負うタイプの学生カバンのような形に変更されていたが、ドワドワ研の技術開発が進んだおかげで出力がミユの希望通り約三倍まで上がっている。

 高橋さんが言うには、実は飛行装置自体の出力を上げたというわけではなく、レベルアップして成長したミユの力を変換する装置の効率を上げたのだそうな。

 何やら徹夜明けのハイテンションで小一時間ほど全く理解できない謎技術について延々と語られたのだけど、だいたい要約するとそういうことらしい。


 その後、いろいろ語り尽くした高橋さんは満足した顔で玄関先に倒れ込みそのまま眠った様だったので、お姫様抱っこで彼女の部屋の……多分ベッドだと思う空間に横たえて、無造作に放り出されていた毛布を掛けてあげ、その後一旦自分の部屋に戻ってから彼女のために用意していた飴とクッキーのセット(市販品)を枕元に置いて部屋を後にした。

 帰宅してから普通に机の上に置いておけば良かった事に気がついたが、特に問題もないだろうし、クリスマスプレゼントっぽいから良いかと勝手に一人納得してからプレゼントを渡すために今度はミユを呼んだ。


「お父さんありがとう!」と俺の顔に抱きついてきたミユは、早速新型飛行装置を取り付けると部屋の中を飛び回った。

 最初こそ三倍まで上がった出力というか変換効率に戸惑ってふらふら飛んでいた彼女だが、ものの十分もしない内にいつものように安定した飛行を見せるようになった。

 ミユについては安心して見ていられたのだが……。


「待つのニャ~」


 三毛猫になったコノハが、猫の姿に心まで感化されたのか飛び回るミユを追いかけて部屋中を飛び跳ねるので、とりあえずぶつかって落としそうな物は仕舞っておくことにした。

 と言っても、前にミユの本体が入っている世界樹育成ケースの上に麦茶を落とした経験から、なるべく台の上に壊れ物を置かないようにはしていたので、それほど労力はかからなかったけど。


 そんな苦労も知らず飛び回るミユを猫の体で器用に家具や壁を蹴りながら部屋中を駆け巡るコノハを見ながら俺は思った。

 そういえばコノハって猫の姿になってしまったから前に使っていた飛行装置はもう使えないのか?

 とてつもなく身軽ではあるものの、その動きは猫に毛の生えた用なものにしか見えないので飛行装置を使っているわけではないのは明白だろう。

 ただ、本来の猫と違い素体の猫なので重さがかなり軽いからああいった動きになっているだけである。

 まぁ、空飛ぶ猫ってのもなかなかシュールではあるが、すこしメルヘンチックでもある。


 俺は一通り高所の壊れ物を片付けるとベッドに腰を掛ける。

 いつの間にやらコノハもミユを追いかけるのに飽きたのかちゃぶ台の上で毛づくろいをし始めていた。

 俺の苦労は一体……。


「なぁコノハ」

「なんなのニャ?」


コノハが毛づくろいを中断し、ちゃぶ台の上から俺の方を向いて返事をする。


「その猫の体用の飛行装置って作ってもらわなかったのか?」

「う~ん、今のところは必要ないのニャ。猫状態だったら大抵のところにはジャンプすれば行けるのニャ」


 コノハはそう答えるとまた毛づくろいを始める。

 素体に毛づくろいは必要なのかは甚だ疑問ではあるのだが。


 とにかくコノハ自身は猫の姿に満足していて飛行装置には今の所興味はないようだが、いつ心変わりするとも限らない。

 俺はスマホを取り出し、メモ帳アプリを起動して「高橋さんとの協議案件メモ」に一行書き足しておくことにした。


「さてっと、そろそろ行くか」


 俺はスマホの画面で時間を確認しつつ腰掛けていたベッドから立ち上がる。


「ん? こんな時間に何処へ行くのニャ?」


 不思議そうに首を傾げるコノハだったが、ミユがその背中に降り立ち何やら耳元にゴニョゴニョと語りかけていると納得したように「なるほどわかったニャ」と猫耳をぷるぷる震わせた。

 まぁミユには俺が今日これから何処に行くかは伝えてあったし「お父さん、がんばってなの!」と、朝伝えた時に応援までしてくれたわけで。

 何やらむず痒いような感じもする。

 ミユから話を聞いたコノハからの生暖かな視線と、興味津々に動き回っている猫耳と尻尾が気になるが。


 俺はそんな一人と一匹に軽く手を振ってから足元に用意してあった手提げ袋を手に取り玄関へ向かった。


「それじゃ留守番頼むな」

「はいなの」

「まかせるのニャ~」


 俺は玄関で靴を履きながらミユたちにひと声かけ部屋を後にした。

 今日はこれから吉田さんに会いにユグドラシルカンパニーへ久々に向かうのだ。


 ずいぶんと日が長くなり、まだ宵闇が訪れない町並みを見ながら階段を降りると――そこには一人の老婆がまるで俺が来るのを知っていたかのように立っていた。


「あんたの将来のことで少し話があるんだけど、ウチまで来てくれないかい?」


 彼女、このアパートの大家さんであり今の俺の保護者である彼女はそれだけ言い残すと、呆然と立ち尽くす俺を置いてアパートに隣接する自分の家に向かって歩いていった。




 その日俺は吉田さんとの待ち合わせに一時間ほど遅れる事になった。

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