第58話 異世界のモーニングです。

 

「ふぉっふぉっふぉ。だがしかしこの世界の世界樹は既に失われて久しい。このままでは次の輪廻転生は不可能であった」

 輪廻転生?

「ボクたち神々も歳を重ねていきやがては寿命が尽きて魔素に戻るんだけど、神々はそのたびに世界樹とその魔素によってまた蘇ることが出来たんだ」

 神様が寿命で死ぬという事実はなかなかに衝撃的だった。

 そして輪廻転生『出来た』という過去形にも。

「もしかしてヨシュアさんたちは次の寿命が来たらもう甦れないってこと?」

「そういうことになるね。いや、そういうことになるはずだったんだけどね」

 そこでヨシュアさんは渡辺さんの方を見る。

「その切羽詰まった状況で我々のユグドラシル計画が発動されたんだよ」

 彼は少し自慢げな顔で答えるがすぐに山田さんが継ぐ。

「正直私達の計画が『間に合った』のは偶然の産物ですが」

 その言葉を今度は爺さんが否定する。

「この世の中『偶然』など無いのじゃよ。全ては『必然』じゃ。この世界の危機にお主たちの計画が間に合ったのも我々が今ここに揃ったのも、山田殿と田中殿の出会いすらも『必然の結果』じゃて」

 ふぉっふぉっふぉといつもの笑い声で〆る老人の言葉に神々一家は「うんうん」と頷いている。

 まぁ、神様がそう言うなら信じるしか無いのかもしれないがそれはそれで「君たちの意思は関係ない。全ては計算づくだよ」と言われているようで釈然としない。

「でもボクタチの世界に新たにもたらされた世界樹は田中くんの所のミユちゃんみたいにまだ成長しないんだよね。なんでだろう?」

 ヨシュアさんが美しい顔の眉根を寄せる。 そんな顔してると眉間に皺が出来ちゃうからやめたほうが良いのに。

「今回偶然……いやこれも『必然』なのかもしれませんがこの世界に今『世界樹のトップブリーダー』であるところの田中さんがやってきてくれたわけですからちょうどよかったといえるんじゃないかな?」

 渡辺さんが俺と山田さんの方を手で指し示して言う。

「そうですね。一応ヨシュア様には田中さんの育て方を一通り伝えてはあるのですが、実際田中さんにこの世界の世界樹を診てもらえばもっと何か別のアイデアも生まれるかもしれませんね」

「そんなこと言われても俺はただの高校生だよ。ハードル上げないでよ」

「よろしくおねがいできるかな? 田中くん」

「ふぉっふぉっふぉ、ワシからもお願いするぞい」

「もがもがもがっ」

「お姉さんもお願いするわ」

 神々一家からの期待が重い……。

 青髪縦ロール娘はおいといてナイスバディなお姉さんの色気が凄い。

「そういえば話が思いっきりそれて忘れてましたけどヨシュアさんの家族を俺まだきちんと紹介されてませんよね?」

「そう言えばそうだね。今のままだと父さんと渡辺さんしかきちんと紹介してなかったよね」とヨシュアさん。

「私は自己紹介しただけで紹介されたわけでは」

「ワシなんて紹介してくれないから自分でしにいったんじゃがのう」

 二人は不満げだ。


「それじゃ改めて紹介するよ。まずはボク。この世界では土属性を司っている土の女神ヨシュアだよ」

 それはもう知っている。というかここまでの説明で思ったけど彼女が俺達の世界に来ている間、この世界の土使いの人々は大丈夫だったのだろうか。

「次にそこで妹を羽交い締めにしているのが次女のエレス。火を司る女神さ」

「よろしく少年」とダイナマイトバディな赤髪お姉さんが答える。

 彼女には妖艶さの中に激しさを感じる。エロいけど手を出したらやけどだけじゃ済まなさそうだ。

「次はその羽交い締めされている我が双子の妹。まぁ軽くは紹介済みだけど水を司る女神アイリィ」

「もがもがもがっ」

 エレスさんの腕の中で暴れるアイリィちゃん。

 さすがにもう離してあげてもいいんじゃなかろうか。

「あともう一人、一番上に風を司る女神のウィンロ姉さんがいるんだけど今日はまあお休み中かな?」

「お休み中って何かあったんですか?」

「ん? いや、ウィンロ姉さんはちょっとのんびり屋でね。朝もなかなか起きてこないんだよね」

 そうなのか。女神って言っても色んな人がいるんだな。

「一応これで全員紹介しおわったかな? 後は……」

 ヨシュアさんはそう言って大広間の俺が入ってきたのとは別の扉の方を見つめ「ボクたちの世界の新しい世界樹様だね」と言った。

「世界樹に名前は無いんですか?」

「あはは、正直言えば田中くんの世界の話を聞いた時一番驚いたのがそれなんだよね。世界樹ってボクタチにとっては母親以前に絶対者だったからね。

 それに『名前をつける』なんて考えもしなかったんだよ」

 なるほど。

 まぁ日本みたいに何でもかんでも萌キャラ化したり擬人化したりしてるのがおかしいわけで、普通はそれすらも思いつかないのが当たり前なのか。

「とにかく朝食後に紹介するよ」

 ヨシュアさんはそう言うと壁際に控えていた次女に指示をした。

「朝食を準備してくれたまえ」

「かしこまりました」

 神々の朝食ってどんなものなんだろう。

 正直想像もつかない。


 やがて侍女たちが次々と朝食を運んでくる。

 目の前に並べられたそれを見て俺は目を丸くする。


 それはどう見ても普通の喫茶店のモーニングセットだったからだ。

「なにこれ」

「朝食セットだよ。あれ? 田中くんもしかしてコーヒーが苦くて飲めない人だったのかな? それならすぐに他の飲み物に……」

「飲めますよ! いや、そうじゃなくこれって普通のモーニングセットじゃないですか」

 テーブルの上に並べられたコーヒーとバターが塗られたパン。そしてゆで卵とサラダを見て俺が言う。

「田中くんの世界で食べた時はサラダが別売りだったんだよね」

 そんなことをしみじみ呟くヨシュアさん。

 そこまで色々飲み物料金だけでセットでついてくるのは名古屋の一部くらいだよ。


「田中さん、私が説明しますよ」

 いつものように山田さんがこの朝食について教えてくれるらしい。

「実はですね、このモーニングセットは田中さんのために特別に作られたものなんですよ」

「俺のために?」

「そうです。そもそも彼女たち神々はこの世界にいる限りは魔素をエネルギー源としてますので食事の必要が無いんです」

 それは便利なのか、食の楽しみがなくて可哀想だと思うべきなのか。

「それでこの何処にでもあるようなモーニングセットなわけですか」

「ボクが山田くんに毎回連れて行ってもらってた喫茶店のメニューを再現してみたんだ。この世界なら魔法でちょちょいっと作れちゃうんだ。味もそのままにね」

 そっか、ヨシュアさんの家事技能があれだけ壊滅的だったのは箱入りお嬢様的な理由じゃなくて、今までは魔法でなんでもやってきたかせいだったのか。

 しかしこのモーニングセットのせいで異世界感がまたどんどん薄れていってしまった。

 せっかくここが異世界だと認め始めていた所なのにまた引き戻された気分だ。

 でもまぁヨシュアさんは良かれと思ってしてくれたことなんだよな。

「ありがとうヨシュアさん。でもこれからはなるべくこの世界の料理を食べてみたいな」

 一応リクエストはしておこう。それでどんな料理が出てくるか期待半分不安半分だけど。

「お姉さまのお料理に文句があるなら食べないでくださいまし!」

 青髪縦ロール……なんて名前だっけ?

「キミなんて名前だっけ?」

 俺の問いかけに彼女は更に顔を真赤にして暴れ、また隣のエレスさんに取り押さえられていた。

「アイリィよ! せっかくお姉さまが紹介してくれたのに覚えなさいよ!」

「あ~はいはい。アイリィアイリィっと。覚えた。今覚えた」

「田中くん、うちの妹をからかうのはやめてあげてくれないかな?」

 ヨシュアさんに怒られたので「ごめんねアイリィちゃん」と一応謝っておく。

「ちゃん付けで呼ぶな~!」

 何故か謝ったのに怒られた。理不尽だ。

 俺はもう彼女のことは放って置いて見慣れた喫茶店モーニングを食べることにする。

 実は昨日の昼ごはん以来何も食べてないのでかなりお腹が空いていたのだ。

 俺は手を合わせ「いただきます」と言ってから食べ始める。

 これを食べ終わったらついにミユ以外の世界樹との初対面だ。

 いったいどうなることやら。


 ちなみにモーニングセットの味は完璧だった。

 有名チェーン店のモーニングの味そのまま過ぎて何の驚きも俺にもたらさなかったのだけはここに記しておく。

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