中間テスト初日

 中間テストは8時40分に1教科目がスタートします。そのためにも、最低でも8時半には学校に入らなければなりません。

 前日からしぶといくらいにテストテストと声をかけ、とにかく早く寝るように言い聞かせましたが、果たしていつ寝たのかは、私には分かりません。次女を起こすために、私も早く寝る必要がありました。



 10月2日火曜日、いつもは8時過ぎまで起こしても起きない次男が早めに起きてくれました。後は次女です。

 幼稚園の預かりは7時から始まっていましたが、まず次女を起こして学校にテストに間に合うようにいかなければと、そればかりが頭を巡っていました。

 いつもは夫が洗濯物まで干して出かけるのですが、この日は間に合わず、そのまま出かけました。

 子どもたちの準備をさせて家から送り出し、ご飯を食べ、洗濯物を干しながらふと水槽を見ると、金魚が一匹、腹を見せて浮かんでいました。

「あれ? 死んでる?」

 慌てて水槽の側に食品トレイを持っていき、すくい上げようとするとピチピチと尾びれを動かし、また水槽の底へと戻っていきます。これを何回か繰り返していました。

「何してるの」

「うん……、金魚さん、死にそう」

 長男が未だ幼稚園に入る前ぐらいに買った金魚です。体長10センチくらいまで大きく育ったのですが、急に具合が悪くなったようです。

「だめかもなぁ」

 そんなことを言いながら作業を続け、終わったら次女を起こしますが、恐ろしいくらいに起きません。半分目は覚めかかっているけれど、動こうとせず、そうしているうちにまた時間が刻々と過ぎていきました。


 8時を過ぎると、次男を幼稚園に連れて行くべきか、それともこのまま一緒にいて、中学校に送るのと一緒に家を出た方が良いのかと迷い始めました。一旦外へ行くと、20~30分くらい家を空けることになります。その時間で次女を起こして、間に合うなら学校へ連れて行った方が良いのではないかと考えました。

 次男はすっかり準備を終えて、テレビを観て待っています。

 ごめんよ、と思いつつ、今日は大事な中間テストの日だし、これを逃したら成績に関わってしまう、何としてでも時間まで学校に連れて行かなきゃ。

 私は死に物狂いで次女を起こし続けました。


 動かない身体を持ち上げて着替えさせ、早くしろとご飯を食べさせ、そうしているうちにまた時間が経過していきます。8時半、考えていたリミットに到達しましたが、準備が終わりません。

「テスト、始まるよ!」

 勿論、次女も早く起きなければならないことは知っていたはずです。

 しかし、のっそりと起きたのはいいものの、動けないのではどうしようもないような感じで、私一人気を急いていてもどうにもなりませんでした。

「先に幼稚園行けばいいじゃん」

 次女には言われましたが、

「何言ってんの、とにかく準備して行こう、頑張ろう!」

 声をかけ続けました。


 気が付くと9時を回っていました。

 幼稚園の預かり保育の時間が終わり、続々と他の園児たちも登園してくる時間です。もう少しで準備は終わりそうなのに、どうして終わらない。

 私は幼稚園に電話をかけました。

「もしかしたら9時半を少し過ぎるかもしれません」

 幼稚園バスが9時20分過ぎに到着して、9時半頃からクラスでの遊びが始まります。その時間、その直後くらいまでは間に合うのじゃないか。思いながら、必死に準備、声がけを続けました。

 ようやく動けるようになったのが9時20分、車に乗せ、次男にも「ごめんねごめんね」と謝りながら中学校へ向かいました。

「ええ! 幼稚園先じゃないの?」

 次男には言われましたが、

「お姉ちゃん、今日テストだから、先に行かなきゃダメなの。ごめんね」

 中学校へ無理やり連れて行きました。


 昇降口の扉は全て閉まっていて、職員通用口だけが開いていました。一人では立ち上がることも出来ない様子だったので、負ぶって階段を上がり、狭い職員通用口を通って保健室へと駆け込みました。

 保健室では、具合の悪い別の生徒が既にテストを受けていました。

「すみません……、一人で立てなくて」

 ソファに次女を降ろすと、そのまま力なくどっさりと倒れ込んでいました。

 テストの監視をしていた先生が気遣って、次女に上履きを持ってきてくれました。

 どうにか次女を置いて、職員通用口に戻ると、車から降りた次男が、半泣き状態でぽつんと座っているではありませんか!

「ど……、どうしたの! 来るまで待っててくれればよかったのに」

 余程寂しかったのか、涙腺が崩壊して、次男は声を上げて泣き出してしまいました。

「ごめん、ごめんごめん。寂しかったね」


 そこからどうにか幼稚園に辿り着くと、園庭ではおともだちが既に外遊びをしていました。

 副担任の先生が近づいてきて、一緒に遊ぼうと言ってくれたのですが、次男は首を横に振り、

「幼稚園には行かない。ママとお家に帰る」

 と言い出しました。先生が抱きかかえて玄関まで連れて行ってくれましたが、次男は未だ収まりません。どうしても幼稚園には行きたくないと、そればかりでした。

「ママと一緒にいる」

 しかしこの日、私には、職場に行かなければいけない用事もありました。次男を連れ歩くことは難しいので、幼稚園に預かって貰いたかったのです。

 恐らく、寂しいのだろうなというのはよく分かっていました。

 私が仕事をしているときは、いつも迎えは一番最後。19時までなのに、少し過ぎてから迎えに行くことも少なくなかったのです。それが、次女のために休みを取り、家にいるはずなのに遅いといつも文句を言っていました。家にいても構ってくれなくて寂しい、せっかく早く準備したのに幼稚園に連れて行くのが遅れて寂しい。沢山の寂しいが積み重なって、そんなことを言ったのだと思いました。

「じゃあさ、今日、2時でお迎え来るよ。それでどう?」

 すると、次男がパッと顔を明るくしました。

「2時! お昼寝前に来るの?!」

「用事あるけど、頑張って早く帰ってくるよ。だから、2時まで頑張ろう。それなら出来るよね」

「うん!」


 バタバタと用事を済ませてお迎えに行くと、次男は満面の笑みでした。

 副担の先生からは、朝早く連れてくるのは問題ないということと、出来れば幼稚園を優先して欲しいことについて注意を受けました。

 次女も、2時間目からはテストを受けられたし、4時間目、他の生徒が合唱練習をしている間、1時間目に受けられなかったテストを受けたのだと聞きました。


 その夜、金魚は結局死んでしまいました。

 真っ暗になってから懐中電灯を持って外に出て、皆でお墓を作りました。

 

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