限界に近づいてゆく

冬の訪れ

 ガッティーナちゃんが来た翌日の発表会、次女は制服を着て会場までは向かったものの、結局具合が悪く、楽屋で横になって終わりました。

 週明けて11月13日月曜日には長男が体調を崩し、11月14日火曜日には来年度幼稚園入園の次男の面接、15日水曜日は体調の治らない長男を仕事終わってから小児科へ、といった具合に、また慌ただしい日々が戻って来ます。


 次女は学校からの迎えのある火曜日と木曜日には、14時半前後に学校に行くようになりました。諦めもあったのかも知れませんが、中学校の強制送迎は、ある程度効果があったと言えるのではないでしょうか。

 ただ、時折具合が悪くなるのは変わらず、迎え以外だと学校に行かないことが多かったようです。

 11月も半ばを過ぎると、肌寒い日が増えていきました。

 ストーブの恋しい季節になり、庭の木々は色づき、沢山落ち葉が舞いました。

 少しずつ、週二回のお迎えが三回と増えていった頃です。

 行けるときは行く、行けないときは学校に電話するというルーチンも、徐々に身についていたと思います。


 長男の風邪が長引き、次女も体調不良が続き、そうこうしているうちに山形では雪が降りました。

 最初の雪はあまり質のよくない雪です。水分を含んだ雪でしたが、一旦庭が真っ白になるほど降りました。

 11月25日土曜日、大はしゃぎの三女と次男が、未だ雪遊びに適さない雪で遊びまくっていました。

 結果、案の定というべきか、次男が月曜日に高熱。私は小児科に行ってから、次男を病児保育に預けて出勤、次の日も病児保育に預けました。

 家族の誰かが咳をしたり熱を出したり。11月は気が付くとあっという間に過ぎ去っていました。


 12月、本格的に冷え込みが酷くなっていきます。

 外には雪がチラつき、ストーブがないと過ごせない日が始まります。

 1日金曜日、≪めちゃめちゃ腹痛い≫という目覚めのLINE。下痢や鼻水の症状を訴えた次女を夫が午後休取って、内科の診察も行っているかかりつけの心療内科へ連れて行きました。

 毎月1日は販売会議。私は下の子たちの迎えを夫に頼んで、久しぶりに最後まで会議に出ました。

 会議と言っても、大体は上からの落とし込みや先月の反省会。建設的な意見をと言いながらも、ある程度方向性の決まっていることに対して承認を求めるような会議です。1時間で終わるようにと言いながら、1時間半、2時間と時間をかけるのは、本当に日本人の悪い癖だと思います。私は子どもの迎えのリミットがあるので、どんなに頑張っても18時半を過ぎたら帰らせてもらっていますが、最後まで会議に出ている人たちに聞くと、毎回グッタリしたと答えるものでした。

 会議の内容は毎月大抵同じこと。成績がふるわない。打開策はないか。データは全部当たっているのか。方法は悪くないのか。他にこうすればどうにかなるというようなアイディアはあるか。今月は何を売るのか。目標達成の目処は立っているのか。立っていないとすれば、どのようにすれば良いと考えているのか。

 営業の会社なので、数字のことばかりです。皆、胃がキリキリしていましたし、頑張っているわけではないのにどうしたら良いのか分からないのも、私だけではなかったようでした。

 そんな厳しい職場でも、偶には息抜きが必要だと、12月8日金曜日に飲み会が設定されていました。

 忘年会には早いのですが、仕事柄12月は繁忙月、早めに飲み会をしなければ年末は無理ですし、年明けも忙しく新年会などしている場合ではないのです。

「12月だから、クリスマス会も兼ねるよ」

 という言葉を聞いたような覚えはあります。

 職場の出入り口にも課長自作の飲み会告知ポスターが貼ってありましたし、出席者確認の回覧に○を付けたときも、色々文言が書いてあるなぁとは思っていました。

 ただ、お気づきのように飲み会が告知された11月下旬から、我が家は具合悪い医者通いのオンパレードで、正直なところ、仕事に来ても全然余裕がありません。数字も全然付いてきませんし、目の前の仕事をこなすので精一杯。何をどうやって勧めようとか、どうしたら数字が取れるのかとか、考えることが多すぎて、必要の無い情報は無意識にシャットダウンしている状態でした。


 12月8日金曜日、朝礼で初めて、私はとんでもないミスをしていることに気が付きました。

「今日の飲み会は、告知していたとおりクリスマス会も兼ねているので、各自プレゼントを持ってくるのを忘れないように」

 ――プレゼント。

 目が丸くなりました。朝礼も終礼でも告知されていなかったような気がしました。

 今初めて知った。今日の夜のことなのに。

 どうしよう……!

「そ、そんなの書いてありましたっけ?」

 周囲の人に聞いて歩きましたが、

「ポスターの下に書いてあったよ」

 とだけ。

 見てみると、確かに会場、時間、飲み代の他に、ゴニョゴニョと文字が並んでいます。

 あまりにも余裕がなくてチラ見しかしていなかったポスターの、下の部分に『プレゼント交換』の文字!

「ちょ……、嘘でしょ……?」

 本当に何も用意していなかった私は、奈落のどん底に突き落とされたような衝撃を受けていました。

 ヤバい。

 パニック寸前のまま、午前の仕事。

 どうにかどこかでプレゼント調達の時間を取らなければ。

 頭をフル回転させて、お客さんの相手をしていないときはそればかり考えました。

 仕事が終わってから子どもを迎えに行きつつ、その道中で買う方法が一つ。しかし、それでは飲み会の開始時間に間に合いません。どんなに効率よく行ったとしても、雪のチラつく中、限界があります。

 昼休みしかない……!

 ご飯など食べている場合ではない。

 昼にイオンに直行して買う。他に何も思い浮かばない。

 休憩に入るとコートを羽織ってイオンまで車を走らせました。凄まじい勢いでプレゼントを選びました。当初想定していたものは売りきれていたので、もうなんでもいいやとファンシーショップで可愛いぬいぐるみを買って包んで貰いました。

 戻って休憩室に行き、何食わぬ顔でご飯を食べ、仕事に戻る――。完璧だ……!

 そうして私はどうにか体裁を整え、飲み会へと行きました。

 プレゼント交換で手に入ったのはスルメでした。

「ありがとうございます! これで正月はイカ人参を作ろうと思います!」

 そうか、大人のプレゼント交換だもんな、ぬいぐるみとかじゃなくて、酒でもつまみでも良かったじゃんね。

 燃え尽きた感がありましたが、どうにか終わってホッとしました。

 ぬいぐるみは後輩の新婚男性の手に渡りました。

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