出来る人、出来ない人

 9月は折り返しの月です。

 それは、学校でも、職場でも。

 次女が学校に殆ど通わず半年間を終えようとしていたその頃、私の職場でも、区切りの月を迎えていました。第2四半期の終わりです。

 営業目標の半分に達したとき、「赤道越え」という表現を使うのは業界独特なのかも知れません。その、赤道越えをいつにするかというのを、早い段階で決めておきます。この年は数字が伸び悩み、それでもなんとか早めにと、9月16日土曜日を赤道越えの日と設定していたようです。


 あまりにも日常がバタバタしすぎていた私は、知らず知らずのうちに仕事にもその影響を及ぼしていたようでした。

 ようでした、と書くのは、私にはその自覚がなかったからです。

 自分の中では全部しっかりとやるべきことをこなしていると思い込んでいました。それでも出来ない。頑張っているのだけれど。

 地域行事や娘の通院などがあり、私はこの赤道越えの瞬間に立ち会うことが出来ませんでした。私自身はギリギリまで粘ったつもりでしたが、数字にならなければ努力しなかったとみなされるのが辛いところ。

 チーム編成が変わり、私は営業店で一番成績の良い方と同じチームになりました。殆ど会話することのなかった彼女は、私より年下で、私より経験は浅いのですが、東北でも指折りの営業力を誇っています。とても素晴らしいと尊敬しながらも、その凄まじい情熱に恐れすら抱いていました。

 長期研修もあったので、その前に数字を残さないといけない状況だったにもかかわらず、私は何も出来ませんでした。7月、8月と数字が低迷したこともあって、私は徐々に目を付けられていきました。

「今、それ必要?」

「その仕事は、別の人が時間を見てやります。声がけは? 架電は?」

 厳しい言葉が少しずつ飛び交うようになったのも、この頃からだったと思います。

 彼女が厳しくするのは、数字のため。そんなのはよく分かっています。しかし、数字以外のところにも仕事は沢山あり、それも当然のようにこなさなければならないのも分かって欲しかったのですが、なにせ数字が追いつかない私には発言権はありません。

 この年入社した新入職員の子も同じチームでした。

「ここをこうすると、お客様にもわかりやすいよ」

 私は単純なこと、業務面でのサポートをよく行っていました。自分が未だ新人だった頃、営業も大切だけど、業務でミスがあれば、営業時間を減らしてしまうことを何度も何度も指導されていたからです。

 リカバリーの仕方とか、1人で無理そうだったら手伝ってあげるとか。

 そうやって、「何を聞いても答えてくれる人」「困ったときに力になってくれる人」であり続けたいという思いがありました。けれど、そういうことばかりに一生懸命になって、肝心の数字が伸びないことが、彼女の中にイライラを募らせていったのだと思います。

 自分にも非があるというのはよく分かっていました。どこかで尻込みしてしまって、売れるはずの商品を売れていないのではと自問することもよくありました。

 しかし、疲労感が積み重なっていくと、冷静な判断が出来なくなるというのは、人間誰しも同じではないかと思います。私は自分で自分の家族と生活を支えるのに精一杯で、勤務中もどこかで仕事に専念しているつもりになっていたのかも知れません。


 カウンセリング予約をしていた心療内科へ急ぐ道中は、私が次女によく愚痴をこぼす時間でした。

 次女は私の愚痴をよく聞いてくれました。

「出来る人には、出来ない人の気持ちは分からないよね」

 例えば成績がいい人。勿論努力はしている。でも、成績が悪い人が努力していないとは限らないことを、どれほど知っているのかという話。

「『どうして出来ないか分かるでしょ』って言われて、『分かる』って言える? それが分からないから教えて欲しいんだけど、そもそも何が原因なのかも分からない。原因が分かれば対処出来るけど、原因すら分からないんだから、対処のしようがない。だから闇雲にやって、ドツボにはまっていく。でもさ、これを理解して貰うに、話したところで『そんなのはあり得ない、自分のことは自分が一番よく分かっているはず』って言われてしまえば、そこから先、話は進まないよね」

「分かる」

 次女は助手席で頷いていました。

「『頑張れば起きれるよね』『頑張れば学校来れるよね』って出来る人に言われても、それが簡単じゃない人もいるって分かって貰えない。やろうとしてないわけじゃなくて、やろうとしても出来ない。頑張れば出来るなら、もう出来てるし。『眠らない』んじゃなくて『眠れない』、『起きない』んじゃなくて『起きられない』、『勉強したくない』んじゃなくて『集中力が続かない』。こういうの分かってくれないと、辛いよね。……ママも心療内科でカウンセリング受けたら?」

「あはは」

「ママだけじゃなくてさ、お姉ちゃんも、パパも。心療内科行くといいと思うよ。話聞いてくれるもん」

「そだね~。確かに、こうやってカウンセリング付いてって、先生に話を聞いて貰うだけでもホッとするもんねぇ」

 家から心療内科まで片道15分。他愛ない会話が、少しだけ心を癒やしてくれました。

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