祖父母へのカミングアウト
子どもの人数が多く、舅姑とも同居でないため、勤務先には人数の多い店舗に勤務したいと希望を出していました。本当は、このときに勤務していた店舗が一番家から近く、希望通りだったのですが、仕事柄ある程度の年数が経つと必ず異動をしなければなりません。目安は7年と言う噂でしたが、私は8年居させていただきました。その間、三女と次男が生まれ、育休も取ったので、実質6年弱。それでも、在籍期間は長くなっていたのです。
上の決定がどうであれ、従わなければなりません。
次女のことを相談していた上司や先輩、同僚とも離ればなれになることになりました。
新しい勤務先は、古巣でした。しかし、メンバーは大幅に変わっています。それに、色々と良くない噂も聞こえていました。
「丁度いいんじゃないか。異動するとしたら、ここか、向こうか、もう一つくらいしかないんだから」
上司の言葉は慰めにしかなりません。
数字が伸び悩み、人員の入替を迫られているのはわかっていました。
子育ての相談をしていたパートの皆さんともお別れすることになり、愕然としました。これまでのことが思い出されて、一気に肩から力が抜けるようでした。
しかし、現実はそう甘くはありません。
年度内に仕上げるべき数字は未だ達成しておらず、最後の最後まで、私は数字と戦い続けました。
この頃、近くに住んでいる私の両親に、次女の病状を打ち明けました。
初めはポカンとしていて、やはり初めて聞いた病名だったのでしょう、直ぐには飲み込めない様子でした。
「でも、命には関わらない病気だから」
と強がって言いました。知らせないわけにはいかないだろうから、一応知らせておくと付け加えました。
「大丈夫なのか」と母。
「うん、多分ね。早い人だと、数ヶ月で治るみたい。まだふた月も経ってないし、あんまり焦ると悪くなるそうだから、ゆっくりね」
私はそう言いながらも、先の見えない病気に不安でいっぱいになっていました。
実家は、両親と祖母の三人暮らし。農業を営んでいます。主に米とネギ、菊の栽培を行っているため、正月以外は忙しなく働いています。
私は長女で、妹と弟が居ましたが、皆家を出て行き、若い世代は居ません。祖母の認知症がどんどん進み、農繁期にはショートステイに預けなければならない状態でした。介護しながら、朝から夜中まで働く姿を知っているので、頼ることは出来ないのは重々承知していました。
「皆ギリギリだ」
と父は言いました。
要介護認定の付いた祖母は、徐々に心神を喪失していき、家族の顔さえわからなくなっていました。
「自分の娘もわからなくなってしまった」
心配で様子を見に来た叔母のことを、祖母は赤の他人だと。
しかし唯一、自分のことは覚えていると、父は誇らしげでした。
婿養子で、死んだ祖父とは喧嘩の絶えない関係。小さい頃、私は父と祖父が喧嘩するのを必死に止めようとする母と祖母の姿を、間近で見ていました。喧嘩の末、父が家から出て行って夜中帰ってきたり、そのまましばらく帰ってこなかったりというのは日常茶飯事。近所の人もそのことは皆知っていました。とにかく大変な環境でした。
そんな父を、祖母は未だ覚えている。なんだか妙な絆で繋がっている。喜ぶべきなのかどうか。
相談しても、助けて貰える状況にはありません。それでも、教えないわけにはいきませんでした。
夫の両親へも電話で病状を話しました。
大丈夫かと心配されましたが、同時に、遠く離れていて何も出来ないと非常に残念がっていました。
2017年3月25日土曜日、長女と次女、長男が通っている合唱団の発表会があり、参加しました。
朝から夕方までの長丁場です。
具合が悪いながらも、これまで練習してきた成果を発表するため、次女もどうにか会場へ向かいました。
途中具合が悪くなりながらも、なんとか日程をこなします。特に、長女との※ソリがあったため、絶対に舞台に立たなければという想いが強かったようです。二人、息の合った歌声を響かせ、少しホッとしたのを思い出します。
(※ソロ=一人で演奏すること。ソリ=二人以上で演奏すること)
このとき、合唱団の事務の方にはサラッと、「次女具合悪いので」という話をしたような気がしますが、それまでも時々立ちくらみをしたり、本番で気持ち悪くなって休んだりということがあったので、それほど大事だとは受け取られなかった様な覚えがあります。実際、それまで学校を休みがちだった割には、なんとか1日頑張れました。
見に来てくれていた両親も、
「次女、何ともないじゃない。ちゃんと歌ってたね」
と、労いの言葉をくれました。
歌を歌うのが好きで、家でもところ構わず歌っているような子です。本番で倒れないか心配しましたが、コッソリ長女が隣で支えてくれていたようで、誰にも具合の悪いことを知られずに、その日を過ごすことが出来ました。
長女が居なければ、この年度を無事に終えることが出来なかったのではないかと、今は思います。
そしてそれは、次女が一番、よく分かっていました。
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