第3話 痴漢王 選択する


 




 目覚めるといつもの自宅に戻っていた――なんて事はなく。先ほど見た樹木に囲まれた教会で俺は意識を覚醒させた。



「顎がいてぇ……」



 彼女に食らった昇竜拳の箇所を撫でながら、俺は神社から出る。人一人入れそうな隙間を通り、あっちへこっちへ曲がる獣道をひたすら進む。



 分かれ道はなく、全てが一本道だった。良く言えば迷わない。悪く言えば誘導されている嫌な予感がする。欲を言えばおっぱい揉みたい。



 上り坂下り坂うねり坂をひたすら進む事半時間程。トトロの秘密のトンネルを連想させる、枝が折り重なってでできた横穴を抜けると――ずいぶんと開けた場所に出た。



 ざぁと草原を疾駆する強い風が俺を押し戻す。顔を反らし、一歩のけ反った後――俺は確信する。



 ――やはり、異世界だったか。



 薄々そうなんじゃないかなと思っていたが、いよいよ自分に降りかかったファンタジックな状況を受け入れる時が来たらしい。驚き半分戸惑い半分と言ったところか。



 一言で言い表すならば『古ぼけた村』だろうか。木材が主体と思われる建物の数々は現代と比べてかなりこじんまりとしている。どこか懐かしいと思うのは、俺が田舎生まれだからだろうか。



 ここが異世界という確信を持った決定打は、村の中央に作られた二メートルほどの噴水だろう。水道工事すらまともに出来てなさそうな田舎で、噴水は絶えず透き通った水を天へと噴出していた。



 その噴水の周りをなんと、握りこぶし程度の翼が生えた小人が舞っていたのだ。五匹はいる。キラキラとした鱗粉を巻きながら時に水を飲む小人は、まさにファンタジーでしか存在していない筈の『妖精』であった。



「………………」



 俺は妖精に歩み寄ってしばし観察する。怪しげな俺に気づいた妖精達は、不満そうに小さな眉をしかめてどこかへ飛んで行ってしまった。何か言っていたが、残念な事に聞き取ることは出来なかった。



「…………ふむ」



 それにしてもこの村――なんだか違和感がある。まぁ異世界の村なんて初めてだから、変と感じて当然と言えば当然なのだが……。



 年季が入った事もあると思うが、この古ぼけた村の建物には至る所に大穴が開いていた。老朽化で崩れたというよりは、誰かが固い武器のようなものをぶつけて開けたような人口感丸出しの穴。中には鉄球でもぶち込まれたかと思うような破壊跡もある。




 ……いや、穴だけではない。この村は、よく見ると至る処に『まるで争ったかのような形跡』があった。えぐれた地面。ぶち壊された柵。腸をぶちまけた乳牛の死体。ぶっ刺さったボロボロの剣。地面を赤く染める謎の血痕。




 一見して分かる。ここは危険である。




 いっそ古びただけならば体を落ち着かせるのに使えるかもしれないが、争った形跡というのが不味い。ここは異世界であり、日本での常識は切り捨てて考えなければならない。



「一番考えられるのは、盗賊などに村が襲われたケースか」



 というか今の所それしか考えられない。そのためまだ盗賊がいるかもしれない村に入るのは、いくら異世界に関しての情報が不足しているとしても得策ではないだろう。



 武器も防具持たぬ俺が、盗賊などに出会えばどうなるか――少なくとも事態が好転するよりも命を落とす確率のが高いに違いない。



 また死ぬのは困る。せっかく異世界に転生したんだ。あらゆる種族を痴漢しなければ痴漢王の名折れである。



「避けて通るか」



 と、俺がそう判断し木々に身を潜ませながら村から距離を取ろうとした――瞬間。








「きゃあああああああああああああああ――ッ!!?」



 空気を引き裂くような叫びが鼓膜を震わせた。声は若い女性でその自分の喉を顧みない命を削るような絶叫は、身の危険を感じた時の決死の抵抗である事を俺は知っていた。




 ――間違いなく、先ほど俺を殴り飛ばした女の声だった。それも、一刻を争う危機と見た。



「さぁ。どうする。俺」



 ①死を覚悟して女を助ける。もし魔物や盗賊だった場合、倒せる確率はほぼ皆無。頑張れば逃げられるかもしれないが。



 ②女を見捨てる。先ほどの女の状況を察するに、俺と同じく何らかの死によってこの異世界に転生したのだろう。そのためあの女から得られる情報はあまり期待できないだろう。



「……ふむ。考えるまでもなかったな」



 俺は声の聞こえた方向――村につま先を向けて、力強く地面を蹴る。数秒で最高速度に達した俺は、そよ風をに乗って気配を消しつつ足音を消しながら村へと向かう。痴漢をするためだけに磨いた俺の隠密行動は、既にトンボの目すら欺くことが出来るほどの極みに達していた。



 異世界で戦って勝算などある筈がない。だが俺はあの女を見捨てるなんて痴漢の無い日々と同じぐらいあり得ない事である。




 巨乳があれば揉み。

 尻があれば撫でる。

 肩があれば撫でまわし。

 ヘソがあれば弄繰り回す。

 髪があれば擦り付け。

 太ももがあれば音を奏で。

 二の腕があれば頬ずりながら堪能する。




 それが俺。



 ――痴漢王である!






 己の行動は全て痴漢に準ずる。つまり逆説的に言えば痴漢のためならば命を懸けて女を助けるなど当然の事なのである。





 全ては股間のために――俺は走る!

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る