第六章 武術大会3

 丘をあがり、シューレンの町が一望できるところまでくると、ユヒトは初めて見る大都市の偉容に息を呑んだ。

「うわあ。すごい! こんな大きい町、初めて見ました!」

 そんな素直な感想を聞いた二人の大人たちは、満足そうにうなずいた。

「トト村からほとんど外に出たことがないユヒトには、見るものすべて、驚きの連続だろう。町の中も、いろんな人間でごったがえしているから、覚悟しておけよ」

 大きな都市にくるのは初めてであるユヒトは、期待に胸を高鳴らせていた。それに、こういうところでは、今まで聞かなかった情報もいろいろ集まってくるだろう。ユヒトの父親のことも、どこかで見たという話を聞くこともあるかもしれない。

 そして一行は町の中へと入っていった。

 シューレンの町並みは、まるで異国のように煌びやかだった。そして、信じられないくらいに賑やかだった。町の中心を貫く目抜き通りには、数え切れないほどのたくさんの店が並んでおり、そこを歩く人々は、見たこともないような鮮やかな色の服を着ていた。建物も贅沢にセクを使用したものばかりで、白亜の壁がずらりと並んで輝いていた。

 そんな町並みを目を白黒させながら見回しているユヒトに、ギムレが声をかけた。

「どうだ。ユヒト。シューレンの町は」

「す、すごすぎます。どこからこんなに人や物が入ってくるんでしょう。都会ってこういうところなんですね」

「はっはっは。すっかりおのぼりさんだな。しかし、この人出はもしかすると、近くなにか祭りでもあるのかもしれんな」

 とりあえず今日の宿を探そうと、一行が町の通りを歩いていると、前方から女性の三人組がこちらに近づいてきた。いずれも、トト村辺りでは見ないような、都会的な雰囲気の衣装に身を包んだ女性たちである。

「あの、もしかして、エディール様じゃないですか?」

「ええ。そうですが」

 エディールが答えると、女性たちは「きゃー」と華やいだ声をあげた。

「もしかして、武術大会に参加されに来たんですか?」

「武術大会? いや、わたしは出る予定ではないのですが」

 その答えに、今度は「えー」という声が、ため息とともに女性たちの口から漏れた。

「しかし、いつも武術大会は秋頃に行われているはずなのでは?」

「そうなんですけど、今回の大会は特別に、今の時期に開催することをシューレンの町長が決定したんです。なんでも、町で選出したセレイアへの使者を鼓舞するためのものだとか。各地からきたセレイアへの使者も、結構出場するみたいですよ」

「ほう。それで、その大会はいつ?」

「明日なんです。どうせなら、前回大会弓術部門の優勝者であるエディール様も出場なさればいいのに。出場なさるなら、わたしたち、是非応援に駆けつけますわ。ねえ」

 率先して話していた女性が他の二人に同意を求めると、彼女たちも一も二もなくうなずいた。

「ありがとう。もし出場するようなことがあれば、そのときはお願いするよ」

 エディールがそう言うと、女性たちは歓声をあげて喜んでいた。

 女性たちからしばらく離れたところまで来ると、ユヒトは勢い込んで訊ねた。

「エディールさん。前回大会で、優勝したんですか?」

「ああ。まあね」

「じゃあ、ギムレさんがその栄誉は無駄に終わったとか汚点だったとか言っていたことは、そのことだったんですか? でも、どうして無駄に終わったんです?」

 ユヒトが疑問を口にすると、エディールはたちまち渋い顔つきになった。

「だからそれは、わたしにとっては暗黒の歴史なんだ。思い出させないでくれ」

「だけど、さっきの女性たち、エディールさんの熱心な支持者みたいだったじゃないですか。前回大会優勝って、やっぱりすごいことなんですよ。大会が明日だってことなら、エディールさんも出場すればいいのに」

「なにを言っているんだ。わたしたちは、セレイアへの旅の途中なんだぞ。そんなことにうつつを抜かしている暇などないではないか」

「とか言って、優勝できなかったときのことを思うと怖いというのが、正直なところなんじゃないのか?」

 そう横から割って入ったのはギムレである。エディールは一層渋面を濃くした。

「ぬう。他人事だと思って勝手なことを」

 そんなときだった。ユヒトたちの後方から、こちらに向かって誰かが声をかけた。

「おや、もしやそこにいるのはエディールとそのお連れさんたちじゃないか?」

 振り向いた先にいたのは、以前ワビテ町で会ったファラムという男たちである。

「ファラム」

 エディールは苦々しげに、そちらに目をやる。

「もしかして、きみたちも明日の武術大会に参加するのかい?」

「ちょうど今、そのことについて話し合っていたところだ」

「そうか。実は俺たちも参加することにしたんだ。シューレンにはもっと前に入っていたんだが、この武術大会の話を聞いて、それに参加してからセレイアへ出立することに決めたんだよ」

「ほう。あれから随分飛ばして来たんだな。スーレの町の北にあるサダヌ川に架かっていた橋を渡ってきたのか?」

「ああ。あの町の辺りでは長雨が降り続いていて、橋の下の川も随分と増水していた。一刻も早く橋を渡らないと、そのうち橋も流されそうに感じてね。急いであそこを通過したよ」

「そのことを、町の誰かには伝えたりしたのか?」

 エディールは目を鋭く光らせ訊ねた。

「いいや。こっちも急ぎの旅だからな。先を急いださ」

 それを聞いたエディールは、一度歯噛みして、怒りを噛み殺すようにしながら言った。

「明日の武術大会、きみたちも参加すると言ったな」

「ああ。そうだが」

「では、わたしたちもそれに参加しよう。また明日、会場で出会うことになるだろう」

「ほう。それは楽しみなことだ。われわれと対戦することになったら、そのときはお手柔らかに頼むよ」

 ファラムは不敵にそう言うと、連れの二人を引き連れて、そこから去っていった。

「なんだ。あいつら。嫌なやつらだな!」

 ギムレが憤慨しながら言った。

「あの人たちも、スーレの町を通ってきたんですね」

「ああ。だが、わたしたちよりももっと前にあいつらは通り過ぎていた。しかも、川の増水による危険性を知りながら、そのことよりも、自分たちの目的のほうを優先した」

「酷いやつらだ。あんなやつらなんかに、セレイアの使者としての資格なんかあるものか!」

「そうだ。それを思い知らせてやらねばならん」

「エディールさん。さっき、明日の武術大会に参加すると言いましたよね。もしかして、そこで……」

「ああ。あいつらにどちらが使者としてふさわしいか。目にもの見せてくれる」

 エディールの目が、闘志の炎に燃えていた。

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