第28話 唯菜と上手く話せないんだけどどうしよう
「おぉ黒崎ー。おは…っておい何だよそのクマ」
「え、そんな酷いか」
「うん、酷い。俺がこの間焼いたクッキーくらい黒い。」
焦がしたクッキーの間違いだろ。というツッコミを入れつつ生野の横を通り、自席にカバンを置く。
机をずらし、椅子を引き、それに座る。その一つ一つの動作があまりに面倒に思えてしまう、そして僕の目元に酷いクマがある理由としては、昨晩から一睡もしていないということが挙げられるだろう。やべえ眠い。
眠れなかったのは、雪乃が隣で寝ていたから。
…だけでは、説明が足りないか。
雪乃が眠ってしまってからもずっと、どうすれば雪乃を傷付けなくて済むのか、これ以上雪乃に嫌な思いをさせないために僕に何ができるのか、というかもう少し僕が上手に伝えられていたら、あんなにまで頬を濡らす雪乃を見なくても済んだのではないか。そんなことがひたすら頭の中を渦巻いて、全く眠りにつくことができなかったのだ。
雪乃の頬の涙を拭い、頭を撫でながら、気づいたら朝だった、って感じ。オールなんて何ヶ月もしてなかったので流石に眠気がすごい。なんか頭が回らなくて、ぼーっとする。あ、別に薬をやっているわけじゃないぞ。
「おい黒崎マジで大丈夫か。」
「んん、もうだめかもしんねえわ」
「くろさきいいいいい」
「後のことは…任せ…た…。バタン。」
もちろん茶番である。ちなみに『バタン』というのは僕が口で言った。
「な、何してんの?
今、僕は机に突っ伏している状態なので姿は見ていないが、声だけでわかる。唯菜だ。雪乃のことで頭がいっぱいになっていたのですっかり忘れていたのだが、今日は、僕が唯菜への恋愛感情を自覚した次の日。つまりどういうことか。
顔が合わせられないのだ。どんな目をして、どんな顔をして話せば良いのか、どんな声で、どんな言葉で、話しかければ良いのか。その最適解を導きだすため、現在僕の脳は絶賛フル稼働中である。眠気? 知らんわそんなん。
「黒崎は…。帰らぬ人に…。」
「晶仁っちいいいいいいい」
そう言いながら、後ろから僕に抱きついてくる唯菜。
もちろんまだ伏せているので視覚による情報は一切ない状態なのだが、感覚でわかる。主にその、うん、背中の上の方に。
茶番に乗るのは一向に構わないのだがそういった行動は非常にやめてほしい。ますます話しかけづらくなるし、起き上がるタイミングを失ってしまう。
「くろさきいいいいいいい」
「うるせえよ成田。」
これが条件反射というやつか。おさらいしておくと、成田というのはこの二年C組で一番の変人。つまり一番うるさいやつである。
その成田の声が聞こえた瞬間、僕は顔を起こし、成田へのツッコミをいれた。いや、いれてしまった。
この状態でもよく見える。僕の顔のすぐ隣、視界の右端に映っているのは僕に後ろから抱きついている唯菜の横顔だ。
もちろん目があった。僕の顔は一瞬で紅潮したと思う。
言葉がうまく出ず、
「ちょ、晶仁っち? クマひどいけど大丈夫?」
「…え、あっ。」
慌てて左手を顔の前に持って行き、隠すことを試みる。が、勿論もう遅い。
「どうしたの? …あっ」
心配の言葉をかけた直後、僕の体から両腕を離し、少し距離をとる唯菜。心なしか顔が赤いようにも見える。恥ずかしいなら最初から抱きつかないでいただきたい。
僕としてもその方が助かる、などとは言わんが。
「えっと、まあその、昨日全然寝れなくて。」
「えー、超ツラいじゃんそれ。ちゃんと寝ないとダメっしょ。頭働かないよ?」
「そうだぞ黒崎、俺らの担任くらい働かないぞ。」
「ありがとう唯菜。」
「いいよいいよ。」
「あれ? 俺は?」
華麗に生野を
「そういえば、シャルルは?」
念のため新たな話題を振り、話を
シャルルがいないのは事実だし、怪しまれる心配もないだろう。
って、なんで僕こんな神経質になってるんだ。
「あー、たしかにシャルルっち来てないねー」
「何気に初じゃねえか、あいつがこの時間にいないの。もうホームルーム始まるよな。」
などと言っていると。
「おい座れお前らあ」
「え、山下先生早くねえ?」
「いいから座れって、話があんだよ」
「「「えー」」」
いつもより早く来た山下先生に、クラスの所謂ウェイ系の数人が野次を飛ばす。
まだシャルルは来ていない。そして先生の『話』。少し嫌な予感がする。
「えー、今日から二週間、教育実習の大学生が来る。ああだりい。」
…はい?
いや、完全にシャルルになんかあったみたいな悪いことしか考えてなかったんだけど。要らない心配をしてしまったことに少し反省。
「しかも担当がこのクラスなんだとよ。つーわけで自己紹介とかなんか色々あるっぽいから入ってもらう。おーい」
教室のドアの方に向かって声を飛ばす山下先生。毎回思うけどその教室の外に待機させるのなんなんだよ。
いや毎回ってほど人が入って来るのもおかしな話なんだけど。
「はい。」
耳にすうっと入ってくる美しい声とともに実に自然な動作でドアを開けて入ってきたのは、スーツと眼鏡の似合う美しいお姉さんだった。いや、まじでなんかこう、『お姉さん』って感じ。雪乃より低いのであろうその身長を度外視すれば、モデルのような、あまりに整った美形とスタイルを持ち合わせている。
生野のものより一回りフレームの細い黒縁眼鏡が、知的な印象をこちらに与えてくる。腰まで伸びた黒髪も相まって、大学生とは思えない程の大人っぽさが彼女から感じられる。もう一度言おう。身長さえ度外視すれば。
「「「おぉ…」」」
クラスの男どもから感動の声が漏れる。無理もない。紛れもない美女である。本当になんで芸能界にいないんだよってくらいの。
「実習生の
「渕上先生か…って痛ってぇ!」
隣から唯菜に頬を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます