第21話 食欲
「――いわばハンターと言えばハンターなんだが、そんなかでも獲物を絞って
少したって、僕らはヘルシングさんと食事を共にしていた。焚火を囲んで道中に採った野草や兎なんかの肉、ヘルシングさんが持っていた香草などを使い簡単な料理を作っていた。食事をしているとヘルシングさんは色々と語ってくれた。僕らが聞いていないことまで。
「きゅうけつきって、なにー?くえるのー?それともけがわがあるの?」
「吸血鬼は鬼だよ。血を吸う鬼。力が強くて再生能力が高い。色んな獣に化けられるし霧になったりできる」
「ふーーん、それはー、面白そう」
「…………。」
二人のアマゾネスが興味津々に未知なる怪物の話を聞いていた。出会ったら問答無用で襲い掛かるだろうなあ。向こうが吸血鬼ならこっちは山姥ってところか。いずれにせよ化物でいずれにせよ人間には害でしかないが。
吸血鬼はまだ人間を食料にするからいいけど、ワンダの戦士はただ殺すだけだからなあ。まあ、森の外だから強い人間に勝負を挑むくらいで済むと思う。……信じたい。そうであってくれ。
ヘルシングさんに唐突に挑みかからなかったので、多少は自制が利くのだろう。ヘルシングさんが彼女らのお目に適わなかったっというのもあるのかもしれないけれども。
ヘルシングさんは一見するとただの少女で山ガールみたいながっつりとした旅の格好をしている。ゆるキャンではなくガチキャンな格好だ。ワンゲル部みたいな格好だ。ワンゲル部と違うのは大小二本の両刃の剣を腰に携え、ナイフやらロープやらが括り付けてあるベルトをして、おまけに手には二メートルは超えるであろう槍を握っている(今は食事中だから地面に降ろしてる)。
ワンダの戦士である二人の目からどう見えているのかは分からないけど、素人()の僕でも弱くないというのは分かる。筋力はそれなりについてるし、槍の持ち手が使い込まれていてかなり摩耗している。でも強くはないかな。比較対象がアレだけどローズ姉やマリー姉ほどの強さはない。そしてグリーン・グリーンのような得体の知れなさもない。彼らと一緒にするのは酷というか、ヘルシングさんに迷惑だろう。バグやチートを使わないで正当なRTAをしている人にデータ改ざんでTAして競うようなものだ。え?淵?運営かスポンサーでは?
「吸血鬼って、それの退治を専門にして生計を賄えるほど遭遇するものなんですか?」
僕は素朴な疑問をぶつけた。
吸血鬼は前世じゃあ伝説だったし、ワンダの住む樹海じゃ見たことも話に出てきたこともない。
「場所による。魔族の住む土地、山脈の向こう側が本拠地だから北側でよく目撃されてる。老獪な奴らだと街中に隠れ潜んで眷属を増やしていたりするが、それは稀有な例だな。人と共生しているのもいる。それはさらに稀有な例だが。やべぇのは基本郊外に住んでいて時折街に降りてくる連中だ。ハンターが大勢いる街なら撃退くらいはできるだろうけど、村なんかが標的にされると村が壊滅することもよくある」
「やっぱり、鬼とあるだけ吸血鬼って強いんですか?」
「強いね。弱点も多いがそれを補って余りあるほど強い。まず素人じゃ相手になんねえ。ゴブリン狩りとはわけが違う。撃退ならそれなりの腕があるハンターで相手が歴戦のヴァンパイアでもない限り問題ねえが、倒しきるとなると専門が必要だ。吸血鬼はしぶといし、眷属を増やされると厄介だから可能な限り討ち取らなきゃならねえ。あいつらは弱点を突かれなきゃ不死身に近い。準備をして、段取りを決めて、逃がさねえように追い込んで、それで漸く殺せるわけだ」
「はあ、弱点があるんですね」
「どんな種族にも弱点はあるだろ?エルフには身体能力に優れたやつが生まれにくいとか、ドワーフはチビばっかりとか、獣人はベースとなる獣の特徴に左右されるとか」
その例えで言うとワンダは脳筋しかいない、だろう。狩りをする際罠を使用することすらしない、弓矢すら用いないというのは恐らく二足歩行する知的生物ではワンダのみなのではないだろうか。獲物は走ってとっ捕まえるというワンダの基本思想がおかしいんだよなあ。あと、魔法を使える者が極端に少ないというのもあるか。それはまあ、些細なことだけど。
「日光で焼け爛れたり、銀で穿たれると再生できないとか、聖水を掛けると溶けたりなんてのもあるが、個体差があってどのヴァンパイアにも万遍なく利くというわけじゃない。――けれども、一つだけ、どんな吸血鬼でも致命傷を与えられる方策がある」
そう続けて、ヘルシングさんは視線を僕からずらす。
ヘルシングさんの向ける視線の先には人狼がいた。
今日アンブロシアが捕まえてきた
猿轡を噛ませ眠り薬を使い、目を覚ましてもいいようにチェーンで雁字搦めにし地面に転がしている。
「
「へえ」
この狼がねえ。
アンブロシアとスイトピーにけちょん×2にされているのであまり凄さが分からないんだよなあ。僕より強いというのは分かるんだけど。
……吸血鬼って弱いのかな。僕の周りが戦闘能力だけインフレしているせいで基準がおかしくなりつつある。……淵がいる時点で元からか。
……冷静に考えると人間を襲うワンダの戦士レベルの敵対生物がいたらこの世の終わりだな。
流石に人間生き残れねーよ。
強くないからヘルシングさんでも戦えるって感じかな。
「で、オレからも一つ質問なんだけど、なんでアンタたちはこんな辺鄙な場所を歩いてたんだ?つーか、何モンだ?」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
ヘルシングさんを除く四人が一同に沈黙した。
これはひどく答えづらい質問だな。
正直に答えていいものかどうか。
もしかしたら、警戒されるかもしれない。
ワンダの知名度がいかほどのものなのかは分からないけど、知っているのだとすると厄介ごとを招きそうである。
ワンダの種族名を隠したところで人狼を倒せるような実力者が何故こんな辺鄙な場所でうろついているのかという不信を抱かせる。
僕は黙って皆の顔を窺った。
スターさんはこちらを見て頷いた。……何の合図だ。
スイトピーは僕の視線に気が付くと目を伏せた。丸投げかな?
アンブロシアはにっこりと笑っている。コイツ関わる気ないな。
僕は少し悩んで、どうにかなる――どうにでもなれと思い、馬鹿正直にワンダという種族でこの辺りの村を目指して旅をしていると答えた。
「――へえ、ワンダねえ……」
なるほどなるほどと、ひとりでに頷いた後ヘルシングさんは一瞬だけ硬直し――その場から消え去った。
足音のする方に目を向けると脱兎のごとく逃げていくヘルシングさんの姿がある。
どうしようか、と他のメンツを振り返ったところ僕以外の姿がヘルシングさんと同じく消えており、直後ドタバタと音が聞こえてくる。
視線を戻せば、スイトピーによって地面に組み伏せられ、アンブロシアによって何やよくわからない液体を飲まされそうになっているヘルシングさんの姿があった。
近くにはワンドを片手に構えているスターさんもいる。
手慣れてるなーコイツ等。
「アンブロシア、毒薬は飲ませないでください」
「大丈夫ー、呆ける薬(麻酔に近い)だからー。えろえろなー、気分になるおまけつき―」
「そんなオマケいらないです」
アンブロシアの趣味か?
それとも単純に副作用か。
「檻でも作りましょうか?それとも身ぐるみ剥いで放置しますか?」
スターさんもサラッと冷徹なことを言ってくる。
常識人かなと思っていたけどやっぱりマリー姉が連れてくるに値する人なのだと思い改める。
「手足縛って荷車に積んどきましょう。村でマリー姉と合流して処置を決めます。下手に在野に放ってもまずいので」
ワンダは今人間の国から侵略に近いことを受けつつある。
ヘルシングさんが斥候であるとは思えないけど、ワンダが在野にいると言いふらされても困る。
視界の端ではアンブロシアが薬をヘルシングさんの口に流し込み、当然のようにヘルシングさんが吐き出している。が、口に含んだだけでも効果があるのかじたばたと抵抗するヘルシングさんの様子が大人しくなっていく。
「――か、……あっ」
「五つー、むっつー、にゃにゃーーーーーつ」
「あ……」
「はいー、堕ちたーー!!」
アンブロシアが七つ数を数えるころにはヘルシングさんの抵抗は完全になくなり、瞳もどこかとろんとしたものになっていた。心ここにあらずというか催眠状態、トランス状態だ。
「…………。」
「スイトピーー、心配は―、いらないよー。ちゃんとー、堕ちてるー。確認するー?」
何やらスイトピーがアンブロシアに鋭い目線を向けていて(いつものことと言えばいつものことだが)、アンブロシアはその目線を受けて徐にヘルシングさんのズボンの中に手を突っ込んだ。
僕はそこで顔を逸らす。
「――あ、――っ!!」
「おー、感度良好ー。びくびくしてるー」
「…………。」
「スイトピー、大胆ー。それは激しすぎ―」
「んーーーーーっっっつ!!!!!」
「あー、かわいそー。んー?この
「――クロハさん」
「はっ、はいっ!!」
唐突にスターさんから話しかけられてビクッとしてしまう。
いや、目を逸らすと余計に気になってスターさんのことが一瞬だけ意識から飛んで吃驚しただけ。
仕方ないよ、男の子だもん。
性欲はあるもん。
「そろそろ日暮れも近いのでここらで野営の準備をしませんと」
「そうですね?」
「何故疑問形?――いえ、いつものように結界をお願いしますわ」
「わかりました」
そう言って、スターさんは荷車の方へと歩いていく。
多分テントを設置してくれるのだろう。
僕もそわそわと魔よけの結界を張りに行く。
妙に興奮しやすい気がする。
久々にワンダ以外の女性に出会ったせいか?
……いや、違うな。この状況のせいか。ちょっとばかり性癖に刺さったみたい。
倒錯してるなと自虐。
「クロハ―、出来上がったけどー、食べる?」
「ひゅー――、ひゅー――」
準備に取り掛かる僕の目の前にアンブロシアが息を荒くして顔が赤らめ、蕩けた表情をしたヘルシングさんを連れてきた。
「食べない」
僕は首を振った。
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