【Unknown=Scroll】

unknown(アンノウン)

未知の、不明なを意味する英語。


scroll(スクロール)

①書物の形状のひとつ。巻物。書物として最も古い形で、世界各地で確認される。②映画のクレジットなどで、画面をスライドさせて表示する手法。









 ドッ、ドッ、ドッ、と、うつぶせになった体に、音が響いていた。

 エリカには、それが砂埃の積もった床から響く音か自分の心臓の音かの区別がつかない。気絶していた動揺を忘れるためには、前者だと思うことにした。

 口の中で血の味がする。痛む部位とその状態もすでに把握してある。それらは優先度を落として頭の隅に置き、背中に覆いかぶせるように負った人物の体温と、かすかな吐息を確認することに集中した。

 耳の後ろで吐かれる息は、か細いそよ風のようだった。染み着いてしまった鉄臭いにおいが、エリカのうなじと首の境目に押し付けられた黒髪から漂い、力なく弛緩しかんした腕か垂れ下がっている。

 女にしては背が高く、それなりに鍛えているエリカより、彼女の体は頭半分ほども小柄であった。しかし、女は物理的に二人分の体重を抱えている身だ。今は、エリカにも彼女の膨れた腹を気遣う余裕もなく、ただ共に逃げることしかできなかった。

 落ちた荷物を引き寄せる。中に入っているのは、水のボトルが三本。アンプルがいくつか。『本』が一冊。こぶし大の瓶が二つ。消毒液一瓶。毛布が一枚。持ち出せたのは、これだけだった。

 頭の上で明滅を繰り返す赤い警戒色。廊下の先、その鉄扉のさらに奥でしているサイレンの残響も、ともにエリカの集中を乱す。


 いつまでも床に寝ているわけにはいかない。

 壁を使い、なんとか身を起こす。抱え込んだ手足は、折れそうにか細い。

 廊下はゆるやかに上り坂を描き、点々と、緑色の常夜灯と、赤い警戒灯が、頭の上と足の下に灯っていた。


 力をこめたときについに奥歯が少し欠けたので、金臭い唾とともにペッと吐き出す。

 ぬぐった血が、禿げた口紅のように伸びて、糸を引く。


 一歩。また一歩。

 自分はまだ歩けるのだと分かれば、何の問題も無い。

 エリカは腹に力をこめて駆けだした。脇腹の奥の痛みも、砕けた右肩の関節が振動で削れていく音も、下腹の不穏な鈍痛も、発熱も、把握はしていてもどうでもいい。


 女だからではなく、一人の人間だからでもなく、一つの命として、どんな理由も忘れて走るのだ。

 先へ、先へ。

 深く。長く。


 生きるのだ。

 どこまでも。

 どこまでも。


(……ああ、どうしてこうなったのかしら―――――)


 目の奥が痺れている。遠く、記憶の中で男が言う。



 ✡



「最初は選ばせてやる」

 男が放った青いファイルが、ベットに座る少女の足元に落ちた。

 エリカは男から視線をそらさないまま、口をつぐんでいた。

 白い無機質な独房は、清潔というよりも無味乾燥というのが正しい。裸に直接着せられた手術着も、彼女の生殺与奪権を握るのがこの男だと伝えてくる。

 男は溜息を吐き、エリカの足元に跪いてファイルを拾って丁寧にその膝に置く。

 なだめるような声をかけながら、見せつけるようにページをめくった。


「君は運がいい。純潔の魔女の血筋、しかも健康で若く、能力が高いときている。選び放題のひく手あまただ。どんな組み合わせでも、ある程度の結果は見込めるだろう。だから我々は君を売却するよりも母体として所有することを選んだ。産まれた個体の教育の一部を任せてもいい。これは破格の処置だ。わかるだろう? 」

 猫のようなエリカの目が冷たく男を見下ろす。男は続けた。

「候補はランク付けされている。これは君の最初の相手としてピックアップしているリストだ。所有している個体をほぼ全て網羅している。二回目からは、ランクAの候補に絞って協議を重ねることになるだろう」

 男の手は、あるところで止まった。

「ほら」


 エリカの視線がようやく男から離れ、ファイルに落ちた。その全身がぶるりと大きく震える。

 とっさにのけぞって後ろに倒れ込んだ男の胸倉を、剥き出しの白い腕が蛇のように絡めとって引き寄せた。


「――――の遺体を切り刻んだわね……!! 」

「……君たちの体は貴重な標本になる。我々と、君たちの組織。どちらに回収されたとしても、使い道が違うだけで同じ処置がされるだろう。そういう時代だ。そういう世界だ。分かっているだろう? 」

「その使い道が、こんなこと……!? 」

「生き残るのならば優秀な能力を持った遺伝子を。より強く、より長い繁栄を。それが我々の理念だ。……彼は丁重に解剖されたよ。彼も非常に古い血筋だった。血の一滴も無駄にはしないさ。精原細胞も例外ではない。しかし、彼は遺伝性の疾患があったから、残念ながらランクはBだ。本来ならリスクがあるサンプルはリストアップしたくないところだが、我々はあえて、こうして選択肢を与えようと決めた。その意味と意義を、君には考えてほしい」

「選択肢を与える……? マインドコントロールの常套手段でしょう。一つしかない選択肢に誘導して、何がしたいの」

 男は口の端だけで笑った。

「ばれたか」

 エリカは唇を噛んだ。汚いものを触ったかのように胸倉を掴んでいた手を突き放し、乱れた長い髪を掻き上げる。

 乱れた襟を正す男の姿を、ギラつく瞳が落ちる前髪から覗いた。


「……処置は自分でできるわ。あとで持ってきて」

「それは結構。君にはスタッフも怯えている。器具を用意させよう」

「あなた達は矛盾しているわ。繁栄を望むのに命を選抜するという矛盾。産まれる命を家畜に押し込めて、自分はその管理者を気取るという矛盾……。あなたは新しい種を植えているつもりで、大切な芽を摘み取っている。その先にあるのは、繁栄ではなく根本が破綻はたんした世界よ」

「古い魔女らしい意見だ」

「古いものを理解しない人に、新しいものは作れないわ。そんなことも忘れたの? サリヴァン」

 男の顔に、じわじわと笑みが浮かぶ。

「昔みたいに呼んでくれないのかい? 」

「呼んだところで」

 エリカは吐き捨てる。

「……あなたはもう、何もかも違うのね」

「君は子供の頃と変わらず強いままだ」

 エリカは一瞥してベットに腰を下ろす。

 男は含み笑いを顔に乗せたまま、無防備な背を向けて出ていこうとする。

「私が信仰するのは、輝かしい未来だけさ」


 言葉の空虚さに、エリカの胸には憐れみが浮かぶ。

 ふと、妙に確信をもった言葉が出ていた。

「そんな未来は、あなたには来ないわ」


(……おじさんもおばさんも、いい人だったのに)

 記憶の中に見える彼とその家族は、いつも笑っている。穏やかな両親。穏やかな暮らし。エリカには無かったものを、幼心に眩しく思っていたことを思い出す。

 幸福な家とは、ああいうものなのだろうと感じていた。

 扉が閉まる。


 声が届いたかは分からない。

 気配が消えるまで、扉を見ていた。

 それが半年前のことだ。



 ✡



 先へ。先へ。

 ―――――先へ進む。


「ど―――――ッ、けェェェエエエエエ――――――ッッッ!!! 」


 ひび割れた怒声は咆哮に似ている。

 砕けた右肩には『彼女』が。左腕は彼女を支えるのに塞がっている。足を止めるわけにはいかない。

 おもむろに壁を蹴って斜めに跳んだ女に、目前で銃を構えていた守衛は、黒くスモークの張ったゴーグルの奥で目を剥いた。


ぎん! —―――――へびッ! 」

 血反吐とともに叫ばれた呪文を言い終えるより先に、警戒灯に照らされてもなお白い刃が光とともにほとばしり、女の肉付きの良い脛から飛び出して、男の骨肉を断ち切る。


 衝撃でぐるりと男の体が回り、白刃が抜けると、重い音を立てて反対の壁にぶつかった。

 エリカは、着地の瞬間に白くなった視界を次の障害物がいる方向へ頭を振ることでやりすごし、回復を待たずに床を蹴り上げた。

 揺れる視界の中で、ほんの五歩先で、「ひ、」と障害物が荒く息を呑み込む気配がする。

 暗転。

 気が付けば、エリカの体は死体から武装を剥ぎ取る行動をとっていた。


 ドクッ、ドクッ、ドクッ、と、視界が点滅を繰り返す中、頭の中は凪いでいた。もう、肩に背負った女が生きているかすらも確認のしようがないが、きっとまだ生きている。

 なら、やることは一つだけだった。


「生きるのよ……」

 また、奥歯が欠けた気がする。

「……生きてさえ、いれば―――――」


 やがて、扉に辿り着いた。押し開き、流れ込む冷たい風に、反射的に体を震わせた『彼女』を抱え直す。

「そうすれば、わたし、きっと――――——」



 指の間から見える星空が遠い。

 故郷からこんなにも遠い場所で、エリカは立ち尽くしている。

 忘れたはずのふるさとの風が、胸の中で吹き荒れている。

 こんなところにまでという事実が、彼女の中にいる無垢な部分をさいなむ。

 進むべき道なんて、とうに見失っているのかもしれないし、最初から無かったのかもしれない。

 そう思うと、泣きわめきたくなる。


 けれど。


 はらの上に手をあてる。

 一度だけ恋をした。

 夢みるほどの余裕も可愛げもなかったが、それでも初めて一人に恋焦がれ、尽くしたいと思った。

 まっとうな場所とシチュエーションなんて無かった。

 甘いキスも、駆け引きもできなかった。

 最後までほんとうに言いたかったことは胸に秘めたまま、ある日突然、ぷつんと終わった恋だった。


 恋心という糸の先は死という形で断ち切れ、今はエリカ・クロックフォードという女の目の前で、行き場が無く垂れ下がっている。

 そんな恋でも、それが幸せな恋だったかどうかは、これからの自分が決めるのだ。決めていいのだ。


 血の匂いがする。

 命が流れる香りがする。

 鼓動は、まだ止まっていない。

 生きている。

 だから進む。

 理由なんて、それだけでいい。



 ✡



 懐かしい夢を見た。

 前髪が汗で濡れている。ずり落ちかけた椅子から座りなおし、凝り固まった首を揺らした。

 夢の残滓が現実の体の軋みと重なって、まるで今もそこが痛むような感覚があった。

 百年どころじゃない昔の話だというのに、若々しいエリカの肉体は、ときおり時間を超えてそんな錯覚を起こす。


 窓の締め切られた工房は、白白しらじらと明るいままで、昼か夜かも判断がつかなかった。書き物の道具が散らばったままの机の上には、集中するために背中を向けたままにした時計がある。片手を伸ばしてそれをつかみ取り、『10』の位置にある時計の針に、よけいに首をかしげることになった。

 溜息を吐きながら、床に落ちた毛布代わりの白衣を今度はコート代わりに着こむ。ポケットでクシャクシャになっていたリボンで乱雑に髪を結びながら、コンロに火をかけ、綺麗なカップがもうどこにもないことに横目で気づいて、また吐息を漏らす。

 冷たい水に耐えながら、溜め込んだ食器を洗った。

 三千五百年たったのに、と、エリカはふと、ふふっと笑みをこぼす。

(徹夜明けに椅子で寝てしまうのは相変わらず。苦手な洗い物をして、溜息をついてる。違うのは…………もう誰もいないってことだけ)


 脳裏に浮かぶ、顔、顔、顔。

 声も姿も、もらった言葉も忘れたくなくて、それを忘れないためのすべを考えた。それだけのために、結果としてエリカは不老不死となった。大義のためだったと他人には見栄を張っているが、胸に秘めた一番大きな理由はそれだ。

 色褪せぬ記憶が、エリカの心を慰めながらも、忘れられない痛みも保管している。


 料理上手の親友がいた。彼がしていた通りに、同じ味のお茶を自分で入れる。共にしていた研究の続きはとっくに終わった。彼は、いちばん長くエリカと生きてくれた。

 にぶい同期の男がいた。相棒の少女に想われているのに、最後まで気付かないままだった。

 妹のように思っていた少女がいた。優しい彼女の恋の結末を想うと、今でも眠れない夜がある。彼女の想い人がどうなったかを看取ったのは、他でもない自分だからだ。

 好きな人がいた。三つ年上の少年だった。彼の兄は体が弱かったが、明るい人だった。一人きりの家族を失ったあと、彼はどんな人生を送ったのだろう。


 何度も反芻した痛みだ。涙なんてもう出ない。

 今、流しているこれは、『ようやく終わること』についての、安堵の涙だ。




 時はきたれり。時はきたれり。

 神秘の御世みよの幕は降りる。

 人類は最後の英雄を選定し、この世の生末を定める。


 ―――――かつて、この世に神々の戦争が起きた。

 人類を滅ぼさんと断罪の火を放った神の王がひきいる軍と、それに反発し、王に反旗を翻した神々の連合軍。

 光を司るあらゆる神々は幽閉され、世界は闇に包まれた。

 一つの世界を二十二に砕いたその戦は、混沌より産まれし世界創造になぞらえて、『混沌の夜』と呼ばれる。

 戦禍と疫病の中で生き残ったわずかな人類は、絶望の中で希望を求めた。力を求めた。


 今でもエリカの脳裏に、あの日のことが浮かぶ。

 積み重なった死体の山。


 その犠牲のもと、エリカと彼女は『召喚ばれた』のだ。


 それはきっと、エリカが故郷を求め、人々が救済を望んだから起こった奇跡だ。


 むせ返る死臭の中、二人の妊婦が放り出された。ただしその妊婦は、二人ともが魔女だったという話。

 エリカにとっては変わり果てた故郷。病と、飢えと、あらゆる不幸の種。血と糞尿、心にも体にも膿んだ傷。濁った数百数千の目玉ども。


 尊厳も財産も無くなった。あるのは自分の命と胸に抱いた願いだけ。

 神にはもう縋れない。それでも誰かに助けてほしい。神でさえないのなら、悪魔でも魔女でもいい……。

 その渇望のような願いだけは共感できた。


 すでに臨月を迎えていたアリスという女は、三十四歳になる人工母体デザイナーベイビー出身の人物だった。

 子供のころに作られた組織からの脱出に一度成功し、レジスタンスを作ったが、結果的にまた捕まったという経歴を持つ。

 生まれ持った人柄か、環境がつちかった人心掌握術か。小国ほどもの信奉者を率いていたが、彼女自身は多数の疾患を抱える小柄な女であった。子供を産むどころか、医者に二十まで生きられるかと言われていたのを療養で永らえさせてきたような、そんな女だった。


 二人三脚での人類救済が始まった。

 縋りつく人類を鼓舞したのはアリス。彼女が求めるまま、あふれ出る知識を与えたのはエリカ。


 アリスは武とすべを持たなかったが、人を操る『きぼう』をあたえることには長けていた。

 エリカは知識と戦う術はあったが、多くを生かすすべには欠けていた。


 補いあいながら、自分たちのついでに人々を生かしていった。

 すべては我が子のため。自らのため。

 あの世界は、あまりにも過酷で不便だったから。

 混沌の夜が終わったあとも、権力を手に入れるために国を創り、人手がいるからお前がやれと知識を与え、いつでもお茶が飲めるように水道と電気を普及させて、そんなふうに営みを紡いできた。今も昔も、働く理由に何ら違いはない。


 生きるために生かした。

 生かすために生きた。

 足を止めることを許さず、自分の体すら弄って、不老となった。

 奇跡を起こすすべがこの手にあった。それだけの話。


 アリスは四十歳も間際で、燃え尽きるように永遠の眠りについた。

 歩みは止めなかった。止めることはもうできなかった。

 後の世では、彼女たちは一人の魔女として語り継がれる。

 その物語に、『魔女のエリカ』はどこにもいない。

 伝説に謳われるのは、青い瞳を持つ黒髪の魔女『アリス』だ。


 すべては我が子のため。


 そして、エリカ自身が満足するためだ。



「……それも、もうすぐ終わるのね」


 窓の鎧戸を開け放つ。驚いた雨宿りの鳩が、軒下から飛び立った。

 風が雨とともにエリカの濡れた頬を打つ。

 眼下には色とりどりの傘。生々しい人の営み。厚い雲で濁った空ですら美しい。あのころの空は、ただれて膿んだ色をしていたから。

 雲の果てには青い空があるのなら、エリカの胸は安堵で満たされる。この空を手に入れるために、延長戦を三千年以上も続けてきたのだ。


「……王宮へ行く準備をしなくては」

 エリカはため息交じりに、かき抱いていた白衣を脱ぎ捨てた。


 終るために生きてきた。

『正しい結末』に至るために、三千五百年、準備を重ねてきた。

 燃え尽きるため、今を生きている。


 二十に別たれた世界、その下から三番目。第18海層にある島国。

 かつて魔女がひらいた彼女の都。


 ここは魔法使いの国。

 エリカ・クロックフォードが三千五百年かけて整えた、最後の舞台だ。


 ✡



 白亜の城である。

 青い屋根、白い外壁。尖塔のもと、中庭を突っ切るように長い廊下が伸び、丸窓のはまる広い講堂のある建物へと続く。そこの床もまた、灰茶のまだらが点在する、初雪の森の色をした岩だ。紺碧のドレスを縁取るレースは、床に引っかかることも、土埃で汚れるということも無い。

 深い蒼の絨毯の上を、滑るようにエリカは行く。

 宗教画を背に、玉座には男がしどけなく座していた。

 緩めた礼装の間から厚い胸板が見える。頬杖をついた手は逞しく、よく手入れされた手指が一定のリズムを刻んでいた。


 時刻は深夜にも近かった。

 明かりは天窓から差し込む月明かりのみ。時期は秋の終わり。良く晴れているが、吐息はそろそろ煙るころだ。

 女の入室に、王は珍しいすみれ色の眼をそちらへ向けた。

 まどろんでいたように思えた王は、ぞんがいに強い眼差しで女を玉座から見据える。

 待ち望んでいたのだとわかった。


「監視はないぞ」

「存じております。わたくしを誰だと? 」


 女は玉座の下で跪くわけでもなく、腕をだらりと体の横に垂らし、オズワルド王を見上げている。

「……本当にやるおつもりで? 」

 ため息交じりの短い問いかけ。

 オズワルドは、太い眉を片方持ち上げ、唇の端を持ち上げた。


「ああ、やるともさ」

 流した髪に手を差し込み、エリカは深くため息を吐いた。それだけで緊張感は霧散し、二人の間には親密な雰囲気が流れる。


「……わかりました。では、私もそれにあわせて動きます。あまりアドリブは控えるように」

「すでにアドリブだらけじゃないか。サリヴァンは【愚者】ではなく【教皇】を取った。ジジは【星】にはならず、アイリーン・クロックフォードは冥界に軟禁だという。アイリーンなしに、どう乗り越える? 」

「なんとでもなるでしょう。……いいえ、するしかないのよ。だからあまり、引っ掻き回さないで」

「保証は出来ない。状況を見て動くさ。きみと同じようにな」


 ふたりは互いに肩をすくめた。

 オズワルドは獣がうなるように喉の奥で笑う。


「国を救うためさ。おれはそのためには、なんでもやってみせよう。なアに、ポーカーフェイスはこの国いちばんの腕だ。知っているだろう? 」

「あなたが一番ですって? お生憎ね。一人お忘れではなくて? 」

「ああ、きみが二番だ。それでおれが三番目。それでいいだろ? 」

エリカはフン、と鼻を上げる。

「そうね。そうかもしれないわ。……いいわ。同盟を組みましょう」

「やった! 」

 オズワルドは無邪気に破顔して飛び跳ねる。エリカは薄く微笑みながら、冷ややかな目でそれを見上げていた。


 月明かりに青白く照らされた玉座に、金の髪を持つ王と、黒髪の魔女がふたり。


 かちり。

 運命の音がまた一つ。


 サリヴァンが帰還する、五日も前の晩のことである。



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