13-6 『愚者』の誓い
魔人は人工物だというのは、ボクも重々わかっていることだった。
それでも、魔人は人間に極めて近くなる場合がある。
魔人は人間を模して造られているのだから、人間のマネをして、えてして自分が人間であるかのような錯覚を起こし、動作不備でしかない感情、思想、行動を学び、実行するようになる。
ソースはボク、魔人ジジが証明している。
ボクは基本的に人間嫌いだが、実は魔人も嫌いだ。
彼らとボクは違うということが、どうにも気持ちが悪い。あれは、言葉が通じる猿と同列に語られるようなものだ。
語り部は確かに性能がいい。見た目も人間と変わらなかった。感情もあるし、意思もある。でも、人間としては欠落している。それがボクの、『語り部』たちへの評価だった。
けれど、目の前にその評価を覆す語り部がいる。
そしてその語り部は、ボクと同じ姿をした魔人である。
抱きしめた体は、きちんと温かい。
天にまで響き渡るほど泣き叫ぶ魔人は、いつかに手ひどく人間に裏切られたボクだ。
芽生えた感情を持て余し、世界を呪う言葉を吐く。あさましい我欲を恥じ、過去のあやまちを悔いて涙を溢す。
あのときのボクと違うのは、コイツは一人じゃなかったってこと。最初から一人だったボクと違い、彼女(ということにしよう。魔人に性別は無いけれど)には最初から相棒がいた。
最初に学んだのが、人間への怒りではなく愛情だった、もしもの『
彼女はきっと、ボクにとって
――――――これが偶然だって誰が言う?
ああ認めよう。ここに証拠がある。
ボクが探し求めた自分の過去はここにあった。
ボクの製造者は、魔術師の祖。始祖の魔女アリス。その人なのだ。
そして、そんなボクらが共通して抱える不備もまた、きっと偶然じゃあない。
「ねえ、ミケ。聴いて」
こちらを向いた涙に濡れた顔を、指先ではなく、手のひらそのものをハンカチにして拭ってやる。肌に涙の水分を塗り込めるように拭った手で、そのまま彼女の頬を包んだ。
見れば見るほど鏡に映したように同じ顔。そんな二体が共通して持つ不具合があるとしたら、それは不具合じゃあないかもしれない。
「キミは、なるべくして『宇宙』になるさだめだったのかもしれない」
「え……? 」
「ボクが、『愚者』になるように、キミが『宇宙』になった」
魔女が示した『愚者』の選ばれしものの暗示は、『終わりと始まり』『やがて真実に至るもの』。
裏を返せば、『愚者』とは『自分でも分からない秘密を抱えている』ということになるのだろう。
最初からボクのことを言っているとしか思えない。なら、ボクに記憶がないことも、『そういうふうに作られた』のだ。
すべては真実に至るために。
「サリー」
「……なんだ? もういいのか」
「お願いがある。ボクの『主』として。ついでに『教皇』として。『愚者』としてのボクの宣誓を見届けて」
振り向いてみると、ボクを映した黒い瞳が、かすかに丸くなって細められたところだった。
「わかった」
やっぱりコイツは、話が早くて助かる。
ボクは、最初の主を覚えていない。たぶん男だったというくらいしか。
名前しかさだかな記憶が無かったボクは、『ジジ』という名前から、細胞分裂するように、人格を作り上げた。
そんなボクの中には、いまでも消えない怒りがある。
世界は理不尽だ。人間は偉そうで卑怯者だ。同族のはずの魔人どもは、話が通じない。
―――――――この世界は、ボクにとって自由な世界じゃあない。
それがその上、運命まで決まっていただって?
……馬鹿にするのも大概にしろよって話だよね。
✡
かつて、「自由が欲しい」と叫んだ魔人がいた。
狂いそうな孤独の中で、篝火のように怒りを燃やしていた魔人がいた。
誰も分かってくれないのだと、駄々をこねていた子供がいた。
「それもボクさ」と、飄々と魔人は笑う。
「世界なんて、どうだっていい。ボクにとって大切なのは、ボクがいつか、この不自由に納得できるかってことかだよ。ボクが納得できない世界の仕組みなんてクソくらえだ。育ちが悪いもんでね」
✡
「”願いは
”希望は
”望みはなにかと母が問う”
”そこは楽園ではなく”
”暗闇だけが癒しを注いだ”
”時さえも味方にならない”
”天は朔の夜”
”星だけが見ている塩の原”
”言葉すらなく”
”微睡みもなく”
”剣を振り下ろす力もなく”
”いかづちの槍が
”至るべきは
”我が身こそが、終わりへと至る小さな鍵”
”望みはひとつ”
”やがて、この足が止まること”」
主であるサリヴァンが、ボクを形作る呪文を口にする。
重ねてボクが、宣誓の言葉を繋げて引き継いだ。
満天の星空と『宇宙』の選ばれしものを立会人にして。
「『宣誓』。『愚者』として『宣誓』」
ミケが言う。
「受諾します」
「『ボクは最後まで見届ける』
”どんな結末になったとしても”
”誰かの思惑が、この身を導いているのだとしても”
”真実を知ることだけが望むもの”
”真実をもってのみしか、この怒りは癒されることはないのだから”
”この世が滅び、最後の一人となろうとも”
”ボクはここにいる”」
「『愚者』の宣誓を受諾。……承認しました」
ジジは小さく息を吐き、サリヴァンと視線を交した。サリヴァンは言う。
「おまえは『誰かに選ばれる』ってのが一番嫌いなんだと思ってたよ」
「運命を蹴散らすには、運命に飛び込まなきゃ。そうでしょ? 」
「違ェねえ」
サリヴァンとジジは、喉を鳴らして笑いあう。
どちらともなく口にした。
「……帰ろう」
「そうだな。仕事が山盛りだ。皇女様との約束もあるし」
「まずは、皇子さまたちを助けなきゃだしね。……ミケ。ねぇ」
立ち尽くすミケの手を、ジジが取る。同じ色をした瞳が交差した。きまずげにうつむいたミケの右手に、ジジの左手の指が絡む。
「キミの願いを、ボクが一緒に叶えてあげる」
一陣の風が吹く。
『審判』のおとずれを待っていた。
彼らを動かす『鍵』の帰還を待っていた。
『鍵』――――すなわち『愚者』となる者の
第十八海層『魔法使いの国』。
王都アリス。始祖の魔女の名を冠するその場所で、女は窓辺に佇み、遥か高みから街並みを見下ろしていた。
「――――――時は来たれり。時は来たれり。大いなる鍵は、いま帰還せり……
そう。あの子、覚悟を決めたのね。それとも、今まで見えなかったものが見通せたのかしら」
女はしどけなく窓辺へと身を預け、眠るように瞳を閉じる。
「……私のほうも、そろそろ準備しなくっちゃあね。ふふふ……女の準備は長いって偏見を刺激することは避けたいわ。
ね……? ニル?」
女は伏し目がちに笑みを深め、腕の中にある本を、愛おしげに指先で撫でていた。
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