10-5 卑怯者
「もし私があなたの立場だったらって考えるの」
あなたがドラゴン病者だったら、私はどうしたか。
ソレイユは痛々しい笑みを浮かべる。
「はっきり言う。もしもあなたのその顔が崩れてきたとして、それでも今と同じ愛情を感じられるかというと自信がない」
髪が抜けて、肌にあざができ、荒れ、突起物が目立つ。やがて膿んできて悪臭を放つようになる。手足が動かなくなり、指がなくなる。それでも同じ気持ちでいられるか。変わらずに隣にいようとするか。
「出来ないと思う。変わっていくあなたを見てられなくて、逃げ出すんじゃないかな。ある程度まで一緒にいて、それから無理だと感じてくるとあなたを捨てるの。私はそうするはずよ。そういう人間」
「でも……」
僕はどうする。今は離れたくない。目の前のソレイユ。これからのソレイユ。違っていく彼女。想像が出来なかった。
「もしかしたら、あなたはそばにいようとしてくれるかもしれない。でも徐々に薄れていく愛情は口に出さなくても伝わると思う」
今とは違う目をして私を見るはず。そう言ってソレイユは僕のまぶたに触れた。それから肩にもたれる。抱きしめて耳元で彼女の声を聞いた。
「今はとっても幸せよ、ルギウス。でもだからこそ余計に失うのは悲しい。あなたの気持ちが離れていくのを、私は止めることが出来ないし、仕方がないと受け止める。でも辛いに決まってる。想像するだけでもたまらない」
「僕は……」
この気持ちが薄れるのだろうか。そんなことがあるだろうか。でも、変わらないと強く誓うには病の恐ろしさが深い闇をもってして押し寄せてきて、僕は言葉を継げなかった。安易に言えない。でも、離れたくない。
「私は自分が出来ないと思うことを、あなたに頼んだりしない」
見上げた顔が悲痛で体が引き裂かれそうだった。頭に手を添えて離れないようにぴたりと額を重ねてから体を揺らす。ボートに乗るように、ゆらゆらと。
ぐらっと大きく揺れて、顔を離して笑う。また額を合わせて、それから頬まで移動した。触れるたびに彼女が小さく身を震わす。嫌がるように。でも離れない。手の平を重ねて大きさを比べた。細い指、小さな手。白い肌に艶のある爪。ひとつひとつに口づけする。目を閉じても思い描けるように、ひとつひとつ大切に。
「これがなくなる。それでも一緒にいて欲しいとは言えない」
それに、と彼女は涙声で言った。
「見られたくない。今の私のままで止めて。その記憶のままでいて」
彼女が望んだのはそれだった。今のソレイユ。この先ではなくて、これまでのソレイユ。それだけ。
「それでも側にいたいと思うのは、卑怯でしょうか」
僕は相手の目を見て言った。医者は何も言わない。僕の意味することが分からないのかもしれない。
「卑怯なのかも知れません。ただ、離れたくないばかりにわがままを言ってる。気持ちが冷めたら楽になるかもしれないとも考えているかもしれない。でも冷めないかもしれない。分からないでしょう。そんなに未来ばかり考えて、今を生きなきゃいけないんですか」
こんなに辛い思いまでして、何を守ろうとしているんだろう。彼女の誇りか、それとも自分の偽善か。
「僕も病者かもしれません。叔父がそうなんだから。彼女ともずっとここまで一緒に来ました。いつ発病するか分かりません。住んでいる町でもみんなそういう目で僕を見ます。必ず発病するはずです」
立ち上がり医者に詰め寄った。
「調べて下さい。どこかに印があるかも」
上着を脱いでシャツのボタンをはずした。相手は微笑を浮かべたままだ。それからゆっくりと僕の首元に指先を伸ばす。
「あなたにあるのは彼女の跡だけよ」
かっとなって離れた。ふふっと笑われる。
「そんなんじゃない」
じゃあどんなだよ、と自分で突っ込む。どうしたってダメなんだ。分かっていてやっていた。何かしないではいられなくて。
「あなたは軍に入ってるの?」
「はい?」
不機嫌に返事すると相手は愉快そうに笑う。
「からかうつもりはないのよ。あなたって純粋ね。これから辛いことばかりでしょうに」また軽く笑ったが、首を振りため息をつく。「あなたがどんな考えか分からないけれど」と前置きをしてから医者は話した。
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