第12話
環七通りと新青梅街道の交差点。
その交差点をまたいで、まるで巨大な屋根のように丸山陸橋が俺たちの頭上をおおっていた。
俺は走った。
その俺の首元を一撃必殺の爆弾頭の矢がかすめて行く。炸裂音が橋の下の空間でこだまする。振動で俺の視界が揺れる。
俺は走る。
また矢が放たれる。
俺の脇腹をかすめて行く。
陸橋の作る陰から日向へ、また日向から陰へ。俺は走り回る。
ジグザグに。
不規則に。
時に地面に這い、
時に跳躍した。
敵は矢を放つ。うなりを上げて旋回する爆弾頭の矢。一髪の間で俺はかわし続ける。
「敵」の顔に、あの優れた射手の目に、わずかな焦りの色が走ったのを俺は見た。
そうだ。
命というものに限りがあるように、無尽蔵の矢など存在しない。
「敵」は唇をかんでいた。
「化け物め」
そいつが俺をそう罵った呟きが聞こえた。
おう、今の俺にとってはその言葉は誉め言葉だ。
俺たちは圧倒されていたはずだったが、まさにその圧倒され尽くすギリギリの地点に勝機があった。その勝機に気づいたかのように周囲では仲間の数が盛り返していた。
『大統領』や『大臣』といったヘタレ野郎まで加わっていた。この辺りの調子のよさがいかにも政治家臭い。「弱そう」な相手にだけ威張るってね。
だが
「敵」はまだ刀折れ矢尽きたわけではなかった。
再び
何本もの矢が凶悪な爆裂音を発した。
混乱する獣の群れ。
敵の堅牢なる密集隊形は揺るがない。
18本の槍と18枚の盾で自らを守り、そうして必殺の矢が放たれる。その内の一本がまた俺に向かって来た。
いや違う。
俺のすぐ脇にいた『大統領』に向かってだ。こいつはでかいので――なにしろ2メートル超――「的」として目立つのだ。
だがその凶悪な爆弾頭の矢は、そのでっかい野郎ではなく俺の右手に命中した。
炸裂する爆音に俺の鼓膜が悲鳴を上げた。
痛くないはずの手が痛んだ。
その時
どうして俺はそんなことをしてしまったのか。こんなクソ大統領をかばってしまったのか。こんなアホが死んだところで俺には痛くもかゆくもないはずだ。
俺の右手は爆弾頭の矢によって肘から先が吹き飛んでいた。もし生き続けていられるならば、また生えて来るだろうが、これで戦力は大幅に低下してしまう。
クソッタレ。
腕一本なくなったことで、俺の中で何かがブチ切れた。
俺は飛んだ。
ホップ・ステップ・ジャンプで敵の槍をギリギリの所でかわして――跳躍した。
狙いはただ一つ。
空中に浮かぶスイカ。
うおおおおおおおおっ
気合いを発したのは俺だったか「敵」だったか。俺が繰り出したのは右足だったか左足だったか。
ハンマーで杉の幹をぶっ叩いたような手応えがあった。
メリッ、
と音を立てて、俺の蹴りによって粉砕されたのはあの射手の頸骨だった。
俺は交差点ひとつをまたぐほどの跳躍をして反対側に着地した。楠の幹の表面のようにひび割れしたアスファルトの隙間から伸びた枯草が俺の足の下で無数にちぎれ飛ぶ。派手に舞い上がった土ぼこりが俺の回りを包み込んだ。誰かの雄叫びが聞こえたような気がした。
それから……乱戦になった。
鉄壁だったはずの密集隊形が崩れて、敵は浮き足立った。斜めに傾いた本棚から一斉に書籍がなだれ落ちるように、敵の潰滅は急だった。向こうは戦いのプロだったが、こちらも狩りのプロだったのである。
戦いが終わったその時――俺も『大統領』も血まみれだった。『大統領』はくたびれ果てたみたいに俺の前にへたり込むと、まるで人間みたいに顔をくしゃくしゃにさせた。
そうして何か言った。
勝って良かった。
とか言ったのかも知れない。ゾンビ語はよく分からない。それから俺の顔を見上げて、もう一言付け加えた。
お前はいい奴だ。
そんなことを言ったのだろうか。
よく分からない。俺はゾンビ語をよく分かっていないのだ。
なんにも分からずに、ただ照れ隠しに苦笑していた俺の姿は、はたから見ていたらきっととてもアホっぽく見えたに違いない。
それはもう間違いなく。
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