第160話 凍り付いた空間
タケトはポケットを弄ると、赤い魔石を取り出した。それを精霊銃にセットして軽くトリガーを引くと、銃口から火炎放射のように炎が伸びる。トン吉がタケトの肩から降りると、ギクシャクした動きで炎のそばに行き、プルプルと身体を揺すって雪を払い落とした。炎は数秒しかもたなかったが、僅かな時間とはいえ暖が取れて良かった。
(あのアースドラゴンは、アルマジロとかセンザンコウみたいな姿をしてるんだよな)
どちらも鱗のような体毛で覆われた哺乳動物だが、特にセンザンコウは漢方薬の材料になるため乱獲され絶滅が危惧されていたためあっちの世界で刑事として密輸捜査に携わっていたときに何度も見たことがあった。たしかどちらもアフリカや南アジアなど暖かい地域に住む生き物だ。
その理由は、彼らが寒さに弱いためだ。あの鎧のように堅い鱗状の体毛は時に銃弾すら弾くことがあるといわれるほど堅いものだ。しかし、その防御力を獲得するために、逆に保温機能を失っている。ふわふわした体毛と違って、熱を逃がさない構造にはなっていないのだ。
(だとしたら、あのアースドラゴンも同じだと思うんだ)
あのアースドラゴンもきっと寒さに弱いに違いない。
だから、この密閉された地下空間を利用して室内温度を限りなく下げてしまえば、動きを封じることができるんじゃないかと考えたのだ。
(ヴィンセントがあの指輪を使って、アースドラゴンに暴れるように命令していた)
あの指輪に嵌められた石は、かつてタケトが壊した砂クジラにつけられた装置と同じもののように感じた。現にシャンテは、砂クジラの時も、あの指輪も、どちらも「気持ちが悪い」と言っていた。決して偶然とは思えない。
となると、あのアースドラゴンの身体のどこかにも砂クジラと同じような装置がついているんじゃないか。それを壊せば、もしかしたら砂クジラのときと同じように、アースドラゴンは暴れるのをやめるんじゃないか。そんな気がしてならなかった。
(それには、まずアイツの動きを止めるしかないんだ)
ふと気がつくと、ゴーゴーと背後で鳴っていた吹雪の音が止んでいた。トン吉と共に扉の影から出て地下空間を覗いて見ると、辺りの景色が一変していた。
既に吹雪は去っていた。代わりに天井や地面のあちらこちらから大きなつららが生えている。床も壁も天井も、スケートリンクのように氷で覆われていた。
その中央で、アースドラゴンが巨体を縮めて蹲っていた。ぎゅっと目を閉じ、両前脚で鼻を隠すように丸まっている。その身体は真っ白い霜で覆われていた。
タケトは扉の下をくぐり抜け、そろりそろりと足下を忍ばせてアースドラゴンに近づいていった。途中、肩に乗っているトン吉が大きなクシャミをしたときは焦ったが、アースドラゴンは身じろぎ一つしなかった。
もしかして……死んでしまった? やりすぎちゃった? 動けなくさせたかっただけで、そこまでダメージを与えるつもりはなかったので内心少し焦るが、近づいてよく見るとモコモコとした両前脚の間からときおり鼻息が湯気のように上がっているのが見えた。
(良かった。生きてはいるみたいだ)
動かなくなったアースドラゴンを注意深く観察しながら、その周りをぐるっとまわってみる。あの赤い装置がついていないかどうか調べたのだが、どうやら外から分かる場所にはついていないようだ。となると、鱗の下だろうか。それはかなり近づいて見てみないとわからない。
タケトは蹲るアースドラゴンの腹の方に近づくと、鱗の下を一枚一枚めくりあげて下から覗いてみた。すると、首の鱗の下に、例の赤い装置とそっくりなものをへばりついているのを見つけた。
大きさは砂クジラの時に比べて幾分小ぶりで平べったい。透明の容器の中に赤い液体が満たされている。さらにその容器からは数本の太い脚のようなものが出ていて、それがアースドラゴンの首にしっかりと刺さって固定されていた。
タケトはアースドラゴンの前脚の上に登ると、左手でその鱗を持ち上げ、右手で精霊銃のトリガーを引いて至近距離からその装置を破壊した。
パシャッと、中の赤い液体が飛び散る。ふわっと濃い血の香りが鼻孔をかすめ、タケトは顔をしかめた。
そのときだった。
それまでピクリとも動かなかったアースドラゴンが、ふいにその太い尻尾をしならせてタケトを払いのけようとした。
(え……!?)
牛がハエを尻尾で払うようなそんな無造作な動きだったが、アースドラゴンと比してハエくらいの大きさしかないタケトには一溜まりもない。慌てて前脚から落ちるように飛び降りることでなんとかスレスレ、尻尾を避けた。けれど、地面に足をついたときには第二撃が振り下ろされていた。
(やばっ……!)
逃げ切れない。思わず目を閉じそうになるが、予想したような衝撃はこなかった。
おそるおそる顔を上げてみると、タケトの前に大きな黒い獣が見えた。漆黒の毛並みをした狼のような姿。フェンリルである、ウルとガルンだった。ガルンがアースドラゴンの尻尾を口に咥えて抑えこみ、さらにウルがタケトを守るようにその前に立っていた。
ウルの背中にはカロンの姿もあった。彼に向かってタケトは叫ぶ。
「カロン! 装置は壊した! もう、こいつはヴィンセントの命令には従わないはずなんだ!」
そう叫ぶと、カロンがこちらを振り向いて手を差し出してくる。
「そうはいっても、元々凶暴な性質をしていれば危険なことに違いはありません」
タケトは勢いをつけてウルの身体に飛びつくと、カロンの伸ばしてくれた手をにぎる。カロンがぐいっとタケトをウルの背中の上まで引っ張り上げると、すぐにウルは向きを変えて昇降口の扉の方へと走っていった。そのすぐあとに、ガルンもついてくる。
タケトはウルの背中にしがみつきながらも、後ろを振り向いてアースドラゴンの様子を伺った。アースドラゴンはのっそりとこちらを見ていたが、すぐに興味をなくしたように顔を背ける。これ以上攻撃してくるつもりはないようだ。そして、のっそりのっそりと自らが空けた穴の中に頭を突っ込んでいた。穴の中に戻ろうとしているようだった。
そのまま扉を抜けて、ウルたちは軽やかに階段を上っていく。ほどなくして、外の明るい日差しが目に飛び込んできた。ようやく地上へと出たのだ。
その後、アースドラゴンが地中から出てくることはなかった。
しばらくしてから確認のために再度地下空間に行ってみたが、既にそこにアースドラゴンの巨体はなかった。どうやら、あの穴から地下へと潜り込んでどこかへ行ってしまったようだった。
今回の騎士団と魔獣密猟取締官事務所との合同捜査により、ロッコ及び組織の幹部たちを捕縛することができた。また、『店』の他に、かつてタケトも招待されたことのあるロッコの屋敷、それにオークション会場もすぐに制圧し、ロッコの作り上げた魔獣と獣人の密売組織網は壊滅した。協力者や各地に散らばった拠点詰めの構成員など逮捕者は三桁に登った。
しかしそれらの拠点のどこにも、シャンテと、彼女を攫ったとおぼしきヴィンセントの姿は見当たらなかった。
ただ、ロッコへの尋問により、ヴィンセントがバージナム帝国の援助を元に魔獣の研究をしていたらしいということは判明した。ロッコが各地から魔獣を集め、それをヴィンセントへ提供していたらしい。ロッコはヴィンセントからの資金提供により急速に組織を大きくしていったようだった。そのさらに背後には帝国の存在があることは明らかだった。
ヴィンセントはロッコから提供された魔獣を帝国領土内にある彼の『研究所』へと運び込んでいたという。ロッコも何度かそこへ訪れたことがあるそうだが、ヴィンセントが用意した窓の塞がれた馬車で連れて行かれたので詳しい場所はわからずじまいだった。
ロッコの話によると、その『研究所』には見たこともない魔法のような装置がたくさんあったという。
ヴィンセントはそこへ戻っていったと考えられた。となると、シャンテも一緒にそこへと連れて行かれているのかもしれない。
タケトはすぐにでもシャンテを探しに行きたかったが、ロッコの組織の息の根を完全に止めるには拠点をいっきに叩かなければならず、そういった作業に追われてシャンテの捜索はなかなか実現しなかった。
そして、ロッコの『店』に一斉捜索に入ってから一ヶ月後。
水面下で行われていたジーニア王国とバージナム帝国の外交交渉は決裂。バージナム帝国は王国に対して宣戦布告を行った。
こうして両国は戦争状態へと突入することとなった。
(第四部 完)
魔獣密猟取締官になったんだけど、保護した魔獣に喰われそうです。 飛野猶 @tobinoyuu
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