第150話 不穏な空気

 項垂れるタケトを見て、ジェンはからからと笑い声を立てる。


「いやあ、この読書スピードで読まれたら、遅かれ早かれ王国中の本は全部読み尽く

されちゃうんじゃないかな。って、僕が言いたいのはそこじゃないんだよ」


「全部覚えてるってとこ?」


「そうともいえるし、違うともいえる。ただ記憶するだけなら、便利な索引にすぎないだろ? でも、彼の凄いところは、それらの知識をまとめあげて断片として散らばっていた知識を体系的に整理し、新たな事実を浮かびあがらせられるってとこだ」


「へ?」


 何のことやらよくわからず間の抜けた声をあげるタケトに、ジェンは苦笑するとマンドラゴラを床へ下ろした。


「マンドラゴラ君。キミの知識を見せてほしいんだ。魔獣の発生と変遷について教えてくれ」


『ハナス ハナス マジュウ ハナス』


 マンドラゴラはジェンの腕からポテっと降りると、タタタッと床を滑るように走って本棚の影に隠れてしまった。しばらくして、マンドラゴラは三冊の本を手に戻ってくる。どれもかなり年代物と思しき本だった。その本をタケトたちの前に広げて見せてくれた。そして、今までのマンドラゴラの話し方とは違う、流ちょうな口調で語り出した。


『この地に突如『研究所』なるものが現れたのは、今から少なくとも五千年以上前のこと』


「うぉぉ。急にペラペラ喋り出したから、びっくりした。お前、そんな風にも喋れるんだな」


 話の内容とは関係ないことに驚くタケトに、マンドラゴラは一冊の本のとある箇所をその根っこのような手で示して見せた。


 その本は古代文字で書かれたものだったので、タケトには何が書いてあるのかさっぱりわからない。おそらくマンドラゴラが語った内容が、そこに書き記されているのだろう。


 次にマンドラゴラはもう一冊の本の、とある挿絵を指さした。それは白っぽい身体に羽の生えた、トカゲのような魔獣の絵だった。


『そこで初めに作られしは『銀嶺の尾』。それが原始であり、全ての魔獣の祖となるものなり』


 流ちょうな調子でマンドラゴラが言葉を紡ぐ。


 この魔獣は、ジェンに以前教えて貰った覚えがある。あの王の間の天井に描かれている荘厳な白いドラゴンの壁画も、『銀嶺の尾』を描いたものだといっていたっけ。

 ドラゴンというものの存在は本で読んで知ってはいたが、タケトもまだ実物は見たことがなかった。一度でいいから見てみたいと思うが、非常に賢いので探しても見つかるものじゃないらしい。


 マンドラゴラは、また別の本を指し示す。それは一際古く、ボロボロで今にも崩れそうな本だった。


『全ての魔獣は『銀嶺の尾』をからつくられた。よって、それは全ての魔獣を統べるものとなる。その血は人にも受け継がれ、かの一族はその血を使い魔獣を意のままに操る統べに長けていた』


「魔獣を操る力を持つ者がいる……というのは、古い地域伝承に出てくることがあるけれど、これまでずっと想像上の話だと思われていたんだ。しかし、マンドラゴラ君が見つけてきた記述を総合すると、どうにも実在した可能性も捨てきれない」


 各地、各時代。それを断片的に記した数多くの文献。

 それらの記述は細切れで、そのため歴史研究者たちはここまでたどり着くことが出来なかったのだという。それをまとめ上げて過去に起こった事実を浮かび上がらせたのは、この禁書庫にある書物全てを読み込み暗記するというマンドラゴラの力あってのものだろう。


「なぁ、タケト。今も、この世界のどこかにその『銀嶺の尾』の子孫が生きているとして。もしそれを軍事利用しようとしたら、どうなるかな」


 そこまで言われて、タケトは前に王宮で交わしたジェンとの会話を思い出す。


「……砂クジラ」


「そう。あの装置の中に入っていたという赤い液体。それが血液じゃないかと思う理

由は、そこなんだ」


 ジェンは、あの装置に入っていたのは『銀嶺の尾』の子孫の血で、それを使って魔獣を操っていたのではないかと考えているようだった。


「でも、『銀嶺の尾』とかいうのって大昔に生きていたドラゴンなんでしょ? なんで人間にその血が混ざってるんですか」


 タケトの質問に、ジェンは「そうなんだよね」とモスグリーンの瞳を細める。


「たしかに、魔獣にはドラゴンのような爬虫類系もあれば、フェニックスのような鳥系、フェンリルのような哺乳類系、マンドラゴラのような植物系や無生物系……いろいろな生態のものが存在する。それらが、すべて元は一つの魔獣だったというのはニワカには信じられないよね。だからこそ、キミに問いたいんだ。キミの元いた世界で、それら多種多様な生き物に共通の何かを持たせる技術なり魔法なりなんてものは存在していたかい?」


 そう問われて、タケトは押し黙る。タケト自身、さほど向こうの世界の技術に明るいわけでもない。しかし、動物密輸の取締という仕事をしていた以上、情報収集のために生物系の専門雑誌や学術書に目を通すこともなくはなかった。

 それらのおぼろげな知識をつなぎ合わせると。


「できないわけではない……と思います」


 あちらの世界では、生物に遺伝子レベルで改良を加えることはもはや珍しい技術ではなくなっている。ある生物の遺伝子を、全く別の生物に移植することもできた。

 たとえば、本来哺乳類では生成できない栄養分を含んだ家畜を生産するために、家畜に野菜の遺伝子を組み込ませたりとか。そういうケースは枚挙にいとまが無い。


「でも、それにはかなりの技術とか知識とかが必要で」


「そう。そうなんだ。我々の世界ではそれは魔法のような夢の力さ。だけど、現にキミはここにいる。この世界には存在しないはずの技を現実のものとして知っているキミが、ここにいるんだよ。例えば、だけどね。あくまで仮定の話なんだが、その『銀嶺の尾』やその他の魔獣を作ったとされる者たち。文献には『研究所』とか『研究員』という名称で出てくることもあるが、それがキミと同じように別の世界から転移してきた者たちだったとしたら」


 神話かと思われていた魔獣創造の話が、いっきに現実味を帯びてくる。

 タケトが不思議に思っていた、あちらの世界とこちらの世界の魔獣の名称が同じという現象も理由が付く。


「これもマンドラゴラ君が突き止めてくれたことなんだけど、『研究所』と呼ばれるものが存在したのは、おそらくギルギサス高原のどこからしい。そして、ギルギサス高原は現在バージナム帝国内にある」


「帝国……」


 そういえば、最近魔獣の密猟を追っていて帝国の名を聞くことがしばしばあった。

 タケトが考えていることを察したのだろう。ジェンが苦笑のような困った笑みを浮べる。


「嫌な符合だろう?」


 タケトは頷く。


 砂クジラが暴走した事件は、その後の調査で帝国からの不法入国者の仕業だった可能性が高いことは以前ジェンから教えてもらった。

 フォレスト・キャットの件でも、帝国訛りのある人間が関わっていたとシャンテが言っていた。


「この禁書庫から盗まれた書物も、古代の魔獣に関する原書ばかりだったんだ。これも、もしかしたら帝国が関与していたのかもしれない。とにかく」


 ジェンは深くため息を漏らす。


「あの国が、なんか魔獣絡みでやばいことやってそうだ、ってのはほぼ確定だろうね。しかもわざわざ他人の国にまで入り込んでとはね。……とはいえ、その理由もなんとなく分かりはするんだ。帝国領には現在あまり大型の魔獣が生息していない。大型魔獣の生息域は、この王国領土内に偏っているからね」


「それで、これからどうするんですか……?」


 マンドラゴラが、ガシガシとタケトの身体を登ろうとするので抱きあげる。ここは冬も温かいからか、マンドラゴラの髪のあちこちからぴょこぴょこ出ている草木には小さな花がいくつも咲いていた。


「いろいろ考えて手を打っちゃいるが、……最悪、戦争になるかもしれんな」


 重苦しい空気が二人の間に流れた。

 そこに、空気を読まないマンドラゴラが、タケトの腕の中で『ノム ノム』としきりに騒ぎだした。お腹がすいてきたらしい。


「マンドラゴラくんも、そろそろ食事の時間かな。私も次の予定があるから、お暇するとするか。タケト。君はどうするんだい? 待たせている馬車で送っていくが」


 すこし考えてから、タケトはゆるゆると首を横に振った。


「マンドラゴラのワイン浴び手伝っていきます。それと……歩きながらゆっくり考えたいんです」


 ん?とジェンのモスグリーンの瞳がタケトを見る。


「シャンテに……誤解されたままだから。ちゃんと自分の気持ちを伝えたいんです」


 決意の滲むその言葉に、ジェンはふわりと目を細めた。何を誤解されたかまでは言

わずともジェンは察しているようだった。


「うん。それがいいよ。……人間、未来なんてどうなるかわからないからね。伝えたい言葉があるなら、ちゃんとその時その時で伝えていくべきだ。そうしないと、いつ何時会えなくなるかわからない。そうなってから後悔しても、もう遅いからね。まして、情勢が悪化してる昨今。なおさらさ」


 タケトも頷く。もうずっと先延ばしにしてきてしまったから。これ以上先延ばしにしたら、本当に何か大切な物を失ってしまいそうな気がしていた。

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