第127話 見つけた、赤ちゃんアルミラージ
巣穴を覗いてみると、奥の隅っこに白いフワフワした塊がいくつも見える。その前にフェアリーの二人が白いフワフワを守るようにして心配そうな面持ちで立っていた。
「お疲れさん。もう、あいつら吹き飛ばしたから大丈夫だよ」
中に手を伸ばすとフェアリーたちがタケトの指に捕まってきた。そのまま二人を外に出すと、彼女たちはタケトの手の平の上から羽ばたいてふわりと飛び上がる。
「もうこれで、大丈夫ですぅ?」
「たぶんね。ついでに、今日の晩にでも酒場まわって、『あの森には恐ろしい妖精が住みついたらしい』とかなんとか適当なデマ流しとくよ」
あの男たちもここでのことを他の人に話したりしてくれれば、さらに噂に尾ひれがついて、この森に入ってくる住民の数も減ることだろう。元々、ここは王有地。本来なら一般人の侵入は禁止されてるんだから、これくらいしてもいいよね。
そのとき、巣穴から、ぴょこぴょこっと小さな白い塊が出て来た。恐る恐る、一歩一歩様子を見ながら外に出てくる、小さな白い毛玉。アルミラージの赤ちゃんだ。タケトの手の平にすっぽり収ってしまいそうな小さなふわふわの身体に、まだ小さな耳。そのヒタイには、巻き貝みたいな小さな角がついている。
一匹出てくると、ひょこひょこと次から次へと外に出てきた。全部で、八匹。
きっとあまりの空腹に母親を探してでてきたのだろう。
抱っこしたい。めちゃめちゃ抱っこしたい! ふわふわしたい!!! ころころ毛玉たちに、すりすりしたい!!!
でも、こいつらは野生魔獣だし、あまり人間に慣らしてしまうのもよくないだろ
う。大部分の人間は、この子たちにとって天敵みたいなものなのだから。
抱っこしたい気持ちをぐっと抑えて、フェアリーの二人に頼む。
「いま家に戻って母親のアルミラージ連れてくるからさ。お前たちは、ここで子どもたち見ててくれないかな」
「もちろんですぅ。リーファ、この子たちのお世話するですぅ」
と二つ返事でOKしてくれたリーファ。一方、ジョルダンはタケトの前をふわんふわん飛びながらモジモジと上目遣いに言う。
「あのさ、あのさ。さっきのクッキー、もしまだ残ってたらさ持ってきてくれないかな」
「もう。ジョルダンは、なんでいつも、そんなに腹ぺこなんですぅ?」
リーファに怒られて、ジョルダンはしゅんとなりながらも。
「だって。さっきのクッキー、ほっぺた落ちそうなくらい美味しかったんだもん」
そんな二人を見ているとタケトの顔にも自然と笑顔が零れる。
「わかった。残りのも持ってくるよ。すぐ戻ってくるから待ってて」
そう言うと、ジョルダンはもちろんのことリーファもパッと顔を輝かせたので、やっぱり彼女もあのクッキーが相当お気に入りのようだ。ついでに、足下にいたトン吉も「吾輩もほしいです」と忘れず呟いていた。トン吉の頭を「わかったよ」と撫でて抱き上げ、肩に乗せるとすぐに自宅へと戻った。
自宅に帰り、母アルミラージを寝ていた木箱ごと抱き上げると、すぐに森へ引き返す。今度は、シャンテも一緒だ。
アルミラージは幾分元気を取り戻したようで、木箱の中で上半身を起こすと、きょろきょろと辺りを眺めていた。木箱に入れていた野草は少し食べたあとがある。少しでも回復していてくれたんなら嬉しい。
「ほら。ここがお前の巣だろ。子どもたちが待ってるよ」
巣穴の前で木箱から出してやると、母アルミラージはまだ痛む脚でゆっくり一歩ずつ巣穴へと入っていった。中を覗いてみると、奥に横たわった母アルミラージの周りに子どもたちが我先にと群がっている。きっと、相当お腹すいていたのだろう。しかしそれもほんの少しの間だけで、すぐに子どもたちは母アルミラージの乳首に吸い付くと一心不乱におっぱいを飲み始めた。良かった。もう大丈夫そうだ。
「良かったね。赤ちゃんたちも元気そう」
と、シャンテ。それに頷いてタケトが身体を起こすと、トン吉はまだ興味津々といった様子で巣穴の入り口からアルミラージ親子をじっと見つめていた。
「ほら。いつまでも見てたら、アルミラージたちも落ち着かないだろ。そろそろ行くぞ?」
そのトン吉の頭を優しく撫でると、トン吉はタケトの顔を見上げた。
「どうした?」
タケトの言葉に、トン吉はじっとこちらを見つめた後、うつむいてフルフルと首を横に振る。
「なんか、そういう繋がりって、吾輩、羨ましいであります」
「そういう繋がり?」
「親子とか。家族とか。そういうの……吾輩は、よくわかんないであります。でもなんか、すごく羨ましい気がして……」
どういうわけだかしょぼんと俯くトン吉を不思議に思いつつも、タケトはいつものように抱き上げて頭の上に載せる。
「お前にも、元は親とか家族とかいたんじゃないの?」
タケトの問いかけに、トン吉は再びふるふると首を横に振った。
「わかんないであります。覚えてないであります。でも、最初からいなかったんじゃないかなって気がするであります……」
「そっか……」
タケトは頭の上のトン吉を、ぽすぽすと撫でた。
「お前もう、うちの家族みたいなもんじゃん。な? シャンテ」
隣のシャンテに話を投げると、彼女はクスクスッと楽しそうに笑って相づちをうつ。
「うん。そうだよ。トンちゃんもウルも、一緒に住んでるんだし。みーんな家族みたいなもんだよ」
「吾輩も、家族でありますか? ……そうだと、嬉しいであります」
ぽつぽつと呟くトン吉の声。頭の上にいるので表情は見えなかったけれど、いつもよりぎゅっと力を入れてタケトの頭に抱きついてきた。
「さてと。帰ろう。そろそろ日も暮れてくるし」
フェアリーの二人はもう少しアルミラージたちを見守っていくと言うので、タケトが自宅からもってきたクッキーを渡してあげると、木の根っこに腰掛けて美味しそうにむしゃむしゃ頬張っていた。
彼らに別れを告げて、シャンテと二人で家へと向かう。歩きながら、さっきトン吉に言った言葉が脳裏に蘇ってきた。
(家族、か……)
なにげなく口にした言葉だったけれど、その言葉の意味をはっきり意識しようとすると途端にどう考えていいのかよくわからなくなる。
タケトは、ある程度長い間一緒に暮らして気心知れた相手だから、何となく『家族』という言葉を言ったにすぎなかった。けれど、シャンテはどういう風に受け取ったのだろう。改めて考えると、妙にどぎまぎしてしまう。
シャンテが自分のことも家族みたいなものだと考えいるとしたら、自分はシャンテにとってどういう存在なんだろう。
(兄……? それとも……)
そんなことを考えていたら、段々と見慣れた裏庭が見えてきた。森を抜けたのだ。
「今日、何往復したかな。この道。なんかもうくたくただ」
タケトが言うと、シャンテはクスクスッと笑う。
「お疲れ様。私はいつも森に入るときはウルに乗せてもらってるから、ゆっくり歩いたのは久しぶりだな。やっぱり森の中って気持ちが良いね」
「たしかに、今の季節、森の中はヒンヤリして過ごしやすいもんな。そういえば、なんでウルは自由にこの森の中を行き来できるんだろう。俺たちは、ちょっと森の深いとこに行くとそれ以上進めなくなっちゃうのに」
タケトの言葉に、シャンテは不思議そうに目をぱちくりさせた。
「……あれ? 官長さんから聞いてなかったの?」
「え? 何を?」
きょとんと聞き返すタケト。
「『王の身代』を貰うときに言われなかった? あれを持ってると王有地に自由に出入りできるの。ここもそうだよ。一般の人が入ってこないように侵入防止の術がかけられてるけど、『王の身代』を持ってる王宮の人たちは森の中も自由に行き来できるんだよ?」
「え……そうなの?」
そう言われてみれば、官長から『王の身代』を渡されたときに王有地がどうのこうのと言われたような気もしないではない。でもまさか、あの木札に侵入防止の術避けの効果があるなんて思ってもみなかった。単なる身分証明書じゃないんだな。
「ウルも、ちゃんと『王の身代』もってるんだよ。耳の根元のとこにピアスみたいに小さいのをつけてるの。だから好きにこの森を行き来できるんだよ」
「……そういうことだったのか」
謎は解けたけど、もっと早くに知りたかった。そうすれば、枯れ木探しも楽だったのに。あれ? 枯れ木?
「さぁ、そろそろ夕飯の準備もしなきゃ。今日はタケトの好きな鶏肉の香草焼き作ろうと思うんだ」
とシャンテが話すのを聞きながら、タケトは今朝、自分が何をしに森に入ったのかをようやく思い出した。
「そうだ。俺、薪を採りに来たんだった! すっかり忘れてた。あ、あれ。斧、どこにやったんだっけ……?」
もう随分前から、斧を手に持っていた記憶がない。どこに置きっぱなしにしたんだっけ。今日のこれまでの行動を逆回しで振り返ってみて、フェアリーたちに初めて出会ったあの時、斧を地面に置いたっきり忘れっぱなしにしていたことを思い出した。
「やばっ、俺ちょっと、斧探してくる!」
慌てて斧を取りに森の中へと戻って何とか斧は見つけられたのだが、結局、その日はもう辺りが暗くなりすぎていて薪になる木を見つけることは出来なかった。
なんだか今日一日何してたんだろうという気分にもなるが、アルミラージ親子が無事だったんだから、まぁいいか。
後日、予想通り、『王宮の森』に風を操る怖い妖精が出るという噂がたって森に入る住民の数はぐっと減ったようだった。しかし、その怖い妖精は井戸の付近にも現れては、洗濯用のタライを壊していくという噂まで立ってしまったのは誤算だった。タライは新しいものを市場で買ってこっそり井戸端に置いておいたのに。もうこれ以上変な噂がたたないように、これからは壊さないように気をつけようと肝に銘じた。
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