第87話 強制執行


 時間が無いので、簡単に打ち合わせしただけですぐに動く。

 得意なことと、できることはお互いに把握している。


 自然と役割を分担していた。

 まず、カロンが凜とした声で告げる。


「ベネシス卿、アナタの行動は王法に違反しています。我々、魔獣密猟取締官事務所からの停止要請にもかかわらず、アナタは従わなかった。よって」


 そこで息を一つついて、声量をあげて宣言した。


「王法に基づき、当該ゴーレム及びこの大地への攻撃に対する強制停止を執行します! 違反する者、抵抗する者は処罰対象となります!」


 ついで、シャンテの声が響いた。


「大気の精霊よ。彼らに雷神の鉄槌を」


 大気から生まれた雷が、領兵たちの頭に落ちた。


 もちろん、ゴーレムが襲いかかってきたら自分たちの足で逃げてもらわないと困るため、威力は最小限に抑えられている。それでも、静電気が全身を駆け抜けたようなビリビリとした感覚と痺れがあったはずだ。

 領兵たちは怯えたように目を丸くして、次の攻撃準備をする手を止めた。


「ど、どうした! これしきのことで狼狽うろたえるな! 撃て! 撃つんだ!」


 一人、ベネシスが叫ぶ。

 その彼の前に、トコトコと歩いてブリジッタが近づいた。その手には小屋から持ってきた『妖精の石フェアリーストーン』が一つ握られている。


「聞いていませんでしたの? 兵を退きなさい。この場はワラワたちが制圧いたしますわ」


「お前たちは、邪魔をするのか!? 運河の開通が遅れれば、どれだけの税金が余計にかかり、どれだけの経済的損失が出ると思っているんだ!?」


「ええ。それは承知しておりますわ。ソチはただ、与えられた職務を全うしようとしているだけだということも理解しております」


 ブリジッタは、手に持っていた『妖精の石フェアリーストーン』を掲げて見せる。


「でも、事態は変わりましたの。チェペットさんの調査によって、いままで見えていなかった事実が発見されましたわ。それなのに当初の計画を無理矢理押し通すことは、愚かなことではなくって?」


 ブリジッタは左目を隠していた眼帯を外した。その奥に隠されていた、異形の目をベネシスに向ける。


「状況の変化にあわせて、より最適な道を進むことも出来る。それが、ヒトの叡智ともいうべきものでしょうよ」


 ブリジッタが薄く微笑んだときにはもう、ベネシスは完全に石と化していた。

 ブリジッタの言葉に答えようにも、ベネシスは口一つ動かすことは出来ない。完全にベネシスが動かなくなったことを見て取って、ブリジッタは眼帯を戻した。


 すぐにカロンが、ベネシスとその隣にいたために巻き込まれて一緒に石になってしまった哀れな領兵の二人を肩に担ぎあげる。


 ベネシスが行動不能になってしまえば、彼の指揮の下に動いていた領兵たちはすっかり戦う意味を見失って、ただ成り行きを見守っていた。もうゴーレムに攻撃をしかけることはしないだろう。


「さてと、あとはあっちの説得ですわね」


 ゴーレムの方を振り返ると、ちょうどゴーレムの前にウルが出たところだった。その背中にはシャンテとタケトの姿も見える。タケトの背中にしがみついている丸っこい毛玉はトン吉だろう。


 ウルの上でシャンテが、いつでも雷を発動できるよう領兵たちに手を掲げて彼らをけん制していた。

 その後ろでタケトがゴーレムに向けて声を張り上げる。


「ゴーレム! 俺たちはお前を攻撃しない! もうベネシスたちにもお前を攻撃させない! だから、お前ももう反撃するのをやめてくれ!」


 ゴーレムは仁王立ちのまま動かない。

 ただ、片目だけが爛と赤く光っている。数々の攻撃が効いたのか、左手は既にだらんと力なく垂れ下がっていた。しかし、右手はしっかりと拳を握ったまま堅く握り込まれている。


 ちょうどそこへ、厚く空を覆っていた雲の合間から青空が顔を出した。 雲の切れ目から太陽の光が地上へと漏れ広がり、光線の柱が大地へ放射状に降り注ぐ。『天使のはしご』とも言われる幻想的な光景だ。


 それは、ゴーレムのひとりぼっちの戦いの終わりを告げているようでもあった。


「お前がチェペットさんから託されたこの大地を守ってるってこと、ようやく分かったんだ! ここに眠る『妖精の石フェアリーストーン』を俺たちも守りたい! これからのこの土地の保護は俺たちに任せてくれ! それと……!」


 そこで、グッとタケトは言葉を詰まらせると、声を一段大きくしてゴーレムに叫んだ。


「ここを、守ってくれてありがとう! お前のおかげで俺たちはここに来れたし、取り返しのつかなくなる前に『妖精の石フェアリーストーン』の存在に気付くことが出来た! だから、ありがとう!!!」


 それはタケトだけでなく、彼の言葉を聞いていたブリジッタも同じ気持ちだった。おそらく、シャンテやカロンもそうだろう。掘削くっさくされてしまえば、脆い『妖精の石フェアリーストーン』は壊れてしまったに違いない。そうなる前に、ギリギリのところで間に合った。すべて、あの老ゴーレムとチェペットのおかげだ。

 そのとき。


「あら……?」


 ブリジッタは自分の右手に視線を移す。いま、握っていた『妖精の石フェアリーストーン』が動いたような気がしたのだ。


 手の平を開いてみる。石のようにしか見えなかった『妖精の石フェアリーストーン』が、たしかに小刻みに震えていた。


「ちょ……ちょっと、カロン! これ、どういうことなのかしら」


 呼ばれて、カロンは両肩にベネシスと領兵を担いだままブリジッタが差し出した手を覗き込んだ。


妖精の石フェアリーストーン』は、次第に震えを強くしてブリジッタの手から落ちそうなほどになっていたが、その震えがフッと止まった。

 一瞬の静寂。

 その静寂を、小さな音が破った。




 カリッ




 小さな小さな音を立てて、『妖精の石フェアリーストーン』が独りでに割れたのだ。


「え?」


 その断面からニョロニョロと緑色のものが伸びてきた。

 丸っこい二枚の葉っぱをした子葉だった。


 ブリジッタもカロンも、何が起きているのか分からず呆気にとられていると、その子葉の間からさらに緑の芽が上へと伸びて茎がドンドン長くなる。茎は次々に枝分かれし沢山の葉を茂らせた。


「た、タケト!!! 『妖精の石フェアリーストーン』が!!!!」


 気がつくと、地面のあっちでもこっちでも同様の現象が始まっていた。ブリジッタやカロン、ウルやゴーレムの足下までも。地面から沢山の芽が出てきて、すくすくと茎を空に向けて伸ばし、わずかに降り注ぐ陽の光を集めようと沢山の葉を茂らせた。






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