第86話 総攻撃


 あの老ゴーレムの元にホッジとタケト、ブリジッタの三人も急いだ。

 ざわめく作業員たちの間を縫うように駆けて、老ゴーレムがいる大地へと向かう。


 シャンテはウルの様子を確認するために別れた。カロンにはちょっとやりたいことがあるから先に行ってくれと言われたので置いていく。

 走りながら、タケトは考えていた。


(チェペットさんが持っていた『妖精の石フェアリーストーン』。チェペットさんの死後に消えたそれは、いまどこにある?)


 タケトの脳裏にはあの老ゴーレムの握り込まれた右拳が思い浮かんでいた。


(そうだよ。あいつが握りこんでたのは、きっと、チェペットさんが大事にしていた『妖精の石フェアリーストーン』だ)


 チェペットが死んだ直後、そばにいたのはあのゴーレム一体だった。そこで受け渡されたのかも知れない。


 その後、しばらくはホッジの命令に従っていたが、ある日動かなくなったゴーレム。寿命だと思われていたが、二週間前に再び動き出したときには、一切の命令を受け付けなくなっていた。


 理由はわからない。

 でも、これだけは言える。


(あの老ゴーレムは、チェペットさんの最期の願いを聞き入れた。そして、チェペットさんの代わりに、あの大地に埋まる『妖精の石フェアリーストーン』を守っていたんだ)


 本当に壊れてしまっていて命令の上書きができなくなり、それ以前に受け取っていたチェペットの命令だけを頑なに実行しているだけなのかもしれない。


 でも、こうも考えられないだろうか。

 長年ともに仕事をした仲間のために、仲間が残した形見を大事に握り込んで、その意思を身を賭して守ろうとしている。


 タケト自身がそう思いたいだけなのかもしれないが、そういう風に考えると奇妙に思われた老ゴーレムの一連の行動がすんなり理解できる気がした。


(『命令』を遵守じゅんしゅすることと『願い』を叶えようとすること。そこに違いなんてないのかもしれない。結果は同じなんだから。あいつの目的がわかれば、俺たちがやれることも決まってくる)


 あの大地は、世界的にも希少な『妖精の石フェアリーストーン』が多数埋まる場所。そして自分たちの仕事は魔獣を守り保護すること。


 タケトはテント村の間を抜け、荒野を運河沿いに走った。

 この先にはあの老ゴーレムが守る大地がある。


しかしその手前にゴーレムを遠巻きに取り囲むように見慣れない男たちの背中が沢山見えてきた。

 その傍らには、何機もの大砲がある。


 誰かのかけ声を合図に大砲は爆音をあげて、一斉に火を噴いた。マトになっているものは、確認するまでもない。あの老ゴーレムだろう。


 大砲の向けられた先は今、モクモクと立ちあがった煙で覆われている。煙と砂ぼこり。あの辺りは、ちょうど老ゴーレムが座り込んでいた場所だ。

 そこに、鋭い声が響く。


「やれ! 間髪入れるな! あのゴーレムを完全に破壊しろ!」


 ベネシスの声だった。


「ベネシス様! これは!?」


 ホッジがベネシスの元に駆けていく。タケトも、巻き上がった砂埃が目に入りそうになるのを腕で庇いながら、ホッジに続いた。


「見ての通り。ようやく、領主から大砲と兵を借りてこれたんだよ」


 ベネシスは近寄ってきたタケトを見て、フフンと鼻を鳴らした。


「お前たちに任せていても、一向に事態は改善しないではないか。やはり力尽くで壊すしかないのだよ。ほら! 弾を込め次第、どんどん撃て! 手を休めるな!」


 ベネシスは兵たちに檄を飛ばす。

 砲撃は続く。間近で聞くと鼓膜が痛くなるほどの音量だ。


「やめてください! この大地は、調査の必要があるんです!」


 タケトは叫んだ。


「アナタはチェペットさんから聞いて、知っていたはずだ! ここには、沢山の『妖精の石フェアリーストーン』が埋まってる! 運河工事を計画どおり続けるかどうかは、その件も踏まえてもう一度再検討すべきだ!」


 しかし、ベネシスは馬鹿にしたような笑みを返してくる。


「たかが奇妙な石ごときで、大事な国家事業を大幅に変更などさせられるわけがないだろう! 常識で考えろ」


「だから、それをこの現場だけで勝手に判断するなっつってんだろ!」


 そこにカロンが走って追いついてきた。そしてベネシスに、息切れ一つ起こさず朗々と告げる。


「元現場監督、チェペット氏の報告をアナタが踏み潰した件。そしてこの地が『妖精の石フェアリーストーン』の世界的にも稀な産出地であることを、王都に報告しました。希少な魔獣の生育地で大規模な公共事業を行う際は、事前に協議のうえ大臣の許可と王の承認を取る必要があると王国の行政法典第十二条に記載があります。アナタの行為はいくつもの王法に違反しています」


 カロンがタケトに先に行っておいてくれと言っていたのは、この一報を胸ポケットにいる伝令コウモリに託して飛ばすためだったようだ。

 カロンの言葉に、ベネシスは苦み虫を噛みつぶしたように顔を歪めた。


「そんなもの、いちいち関わりあっていては国家事業など計画通りに進められるか!」


「お前みたいなのがいるから、俺らの仕事がなくならねぇんだよ。国家のためって言えば、なんでもしていいってわけじゃないだろ!?」


 タケトが叫んだ、そのとき。


 砲撃によってモワモワと立ちあがっていた砂煙が、スッと一筋、縦に割れた。その砂煙の筋から、大きな拳が現れる。拳は大砲の一つを上段から容赦なく殴り壊した。木製の車輪付き台座はあっさりと潰され、金属の砲身も大きな拳を受けて地面にめり込む。


「ゴーレムだ!!!」


 悲鳴のような声で誰かが叫んだ。

 砲撃による音と煙による視界の悪化で、老ゴーレムの接近に気付くのが遅れた。 


 タケトたちもベネシスも、そして他の領兵たちも皆一斉に逃げ出す。

 走りながら振り返ると、さーっと吹いてきた風で砂埃と煙が吹き飛ばされ、そこに立つ巨大なゴーレムの姿が露わになった。間近で見るとやはり、恐怖を感じるほどの圧倒的な大きさだ。


「ああっ、大砲が! 退くな! 大砲を守れ!」


 ベネシスが立ち止まって叫ぶが、命令を守る者はいなかった。


 老ゴーレムはゆっくりとした動作で別の大砲に近づくと、左手で大砲を掴み上げ、軽々と持ち上げて投げた。子どもがおもちゃを投げるような無造作な動きだったが、大砲は逃げ惑う人々の頭上を飛び越えて、地面に叩きつけられ粉々になる。右手は、相変わらず握り込まれたままだ。


「くそっ」


 ベネシスは肩から下げていた長銃をおろして構えると、老ゴーレムの顔に目がけて引き金を引く。弾はゴーレムの頬に当たって弾け、顔の一部が欠けた。腕は良いようだ。


 それを見て領兵たちの士気が少し戻る。バズーカ風の武器を肩にかけていた数人の兵が足を止めると、膝をついて武器を構えた。


 老ゴーレムは周りにあった大砲を全て叩き潰したあと、向けられた銃口の前に仁王立ちになる。

 その姿はまるで、大きな壁のようだった。


(あれは、もしかして。これ以上この大地を壊されないように、すべて自分の身体で受け止める気なのか?)


 逃げもせず、向けられた銃口に向かい立つ姿を見ていると、タケトにはそうとしか思えなかった。


「もう、やめろよ! お前らが攻撃するから、ゴーレムも反撃してくんだろ!?」


 正確には、この大地を傷つけるモノをあの老ゴーレムは壊そうとするのだろう。現に今のところ人を直接襲うことはしていない。けれど、今は人を襲わなくても、事態が逼迫してきたらどうなるかはわからない。


 しかしベネシスはタケトの言葉には耳を貸さず、


「撃て!」


 と、一声鋭く叫ぶ。一斉に、バズーカが火を吹いた。全弾がゴーレムに命中。しかし、ゴーレムは身じろぎ一つせず、そこに立ったままだ。


 ベネシスの指示で、領兵たちは次の弾を込めはじめる。弾というか、よく見るとあれは魔石弾だ。精霊銃の一種なのだろう。


 どうしよう、と思案していたところに、後ろから大きな影が近づいてきた。

 ウルだ。


「タケト! カロン! ブリジッタ!」


 ウルの上から、シャンテの声がした。

 これで取れる選択肢は広がった。タケトは隣にいるカロンに小声で尋ねる。


「俺たちも実力行使するしかなくね?」


「そうですね」


 カロンは、首元に指を入れてネクタイを緩めると、一つ大きく深呼吸した。みるみる獣化がはじまり、ほんの数秒で黒豹へと姿を変える。


「さて。強制執行ですわね」


 ブリジッタの言葉に、タケトとカロンも頷いた。

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