星のベッド ④
慌てて王の私室を出たフィルとデイミオンは、強烈なカタカタ音を追って走った。廊下の先々で「きゃー!」「子どもが!」などと悲鳴が上がっており、行方を追うのはたやすかった。
この先は洗濯場、つまり大きな水場があるという回廊の開けた入り口で、ようやく二人はリアナを捕らえた。
……というよりも、捕らえられていた、というべきか。
「……なんだ? この子どもは?」
右手にリアナを抱きかかえ、左足でカタカタを止めた赤い
「エサル公。ありがとうございます。止めてもらって助かった」
「それはいいが、俺も暇じゃないんだぞ。これから上王と会談予定だしな」
「あっ」デイミオンが、『しまった』という顔をした。リアナから予定を聞いていたのだろう。
「そうだったな。いや、すまないが、リアナは今朝からちょっと腹具合が悪くて」
「腹具合だぁ?」エサルは野卑な仕草で顔をしかめた。
「あの女、ひとをはるばる呼びつけておいて、腹など下すとは。迷惑な……」
「面目ない」デイミオンは(詳細を突っこまれたくないために)めずらしく謝った。リアナが王位にあったときは王佐という立場だったエサルだが、現在は政敵に近いポジションにある。それなのに、命を狙ったという公の負い目にリアナがつけこむ形で、いろいろと難題を押しつけられているようだった。
「だいたい、大学設立の費用は折半で、という話だったはずだぞ。それを、あの女、妙なところで数字に細かいときている」
エサルはぶつぶつと文句を言いはじめた。しかしその間も、父親の習性なのか、腕に抱いたリアナを揺すってやっており、それがまた妙に様になっている。
(あなたが今、抱いてあやしてるのが、その数字に細かい上王陛下なんですが)
とは、もちろん彼らには言えない。
公たちのかたわらでは、追いついたナイムがわあわあと泣いていた。
「ぼ、僕のおもちゃが……ひっく……デイミオンの首がとれたぁぁ」
カタカタする仔竜の首を手にもって涙に暮れている。
「おい、俺の首が取れたように言うな」と、デイ。
「あ、その仔竜の名前か……びっくりした」と、フィル。
「そいつ、全部に名前つけてんだよ。父さんとか母さんとかヒュー叔父とか」と、ヴィクが説明した。
リアナは車を止められたのが面白くなかったのか、ナイムが泣くのにつられたのか、エサルの腕のなかでまたぐずぐずと泣きはじめた。
「建物の修繕費用はそっち持ちのはずなのに、貴公の妻が、うちから出せなどと慮外なことを……」
エサルは苦言しながらもリアナの顔色を見、首もとから背中側に高い鼻先をつっこんで匂いを嗅ぎ、お漏らしをしていないか素早くチェックして、「飯じゃないか?」と言った。
その、あまりにもスムーズな父親の動きに、デイミオンもフィルも謎の敗北感にさいなまれて立ちつくすしかなかった。
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