新天地~女神の心➀

「自分だけが我慢すれば良い……」

俯いた女神カトリーナがボソッと呟いた。


……え?


「そんな考えは嫌い」

顔を上げたカトリーナは、そのまま身体を捩らせると、私の胸元にしがみ付いた。


「……カトリーナ?」

小刻みに震える小さな肩。

カトリーナはどうやら泣いている様だ。


「あーあ、シャルロッテが女神を泣かせたわよ」

金糸雀がヤレヤレという風に両羽を広げた。


「え!?私のせいなの!?」

自分を指差しながら辺りを見渡すと、全員が大きく頷いた。


「えーー!?」

理不尽…………じゃないな。

みんなの反応からして、私が悪いのだ。

でも何で――――。


「本当に分からないの?」

「彼方?彼方は…………カトリーナが泣いている理由が分かるの?」

彼方がジーッと私を見ている。


「うん。逆に、何で分からないのかな?って思うけど」

「そうよねえ。少し考えたら分かるのにね」

金糸雀が頭を大きく上下に振っている。

うっ……。そんなに激しく同意しなくても良いのに。


「ねえ……シャルの大切な人が、どんなにボロボロになっても誰にも頼らずに、自分一人だけで大変な事をどうにかしょうとしていたら……どう思う?」

「そんなの助けるに決まってるよ!」

「でも、その人が初めから助けなんて必要としていなかったら?どうやって知るの?」

「そ、それは……」

「その人はそのまま命を落としても、きっとこう言うよね。『私の力が足りなかっただけだよ。だから誰のせいでもないよ』って」

「…………」

「こういうのを『自己犠牲』や『自己満足』って言うのよね?」

彼方の言葉を金糸雀が継いだ。


「彼方が例えに出した人物は、あなたの事だって分かってる?シャルロッテ」


……言葉が心に突き刺さった。

『そんな事はない!』と、反論しようと口を開き掛けるが、言葉が出てこない。


スタンピードをどうにか止めようとしていた頃の私は、確かにそうだったと思う。

でも、最近はお兄様にもみんなにも色々と頼っている。

私はの周りが見えていない私じゃない……


「皆、落ち着け。今の主はそこまで酷くない………………はずだ?」

フォローに入ってくれたサイは、長い溜めの後に首を傾げた。


……どうして最後に首を傾げるかな?


「コホン。あー、主は根本的には主のまま。自己犠牲とかそういう話ではなく、そういう性分なのだよ。娘と聖女よ。だから、そんなに責めてやるな」

私の視線をかわしたサイは、彼方と金糸雀にそう言うと、尻尾をパタンと何度も床に打ち付けた。動揺しているらしい。……何故だ。


「性分って何よ!?魔王だって遺されたくせに!!……結局、残される人の事なんて何も考えていないって事じゃない……!」

今まで黙って泣いていたカトリーナが、私の服をギュッと握りながら叫んだ。


「ねえ……どうして?どうして、みんな先に死んでしまうの?そんなに私は頼りない?力になれない?……だから、置いて行くの?」

悲痛な声でカトリーナは叫び続ける。


私は、そんなカトリーナを思わず抱き締めた。

放っておけなかったのだ。


「……っ!!あなたも同じくせに!」

カトリーナが抵抗する様に暴れ出したが、私は構わずに腕に力を込めた。


「父様も!母様も!兄様も!……カーミラも!!……みんな、みんな……どうして大切であるはずの人を置いていけるのよ!……私だけ残さないでよ。大切なら連れていって……遺される者の気持ちを考えてよ!!」


カトリーナの家族は大昔の神々の大戦の時に、カトリーナを庇って死んだ。

嘆き悲しむカトリーナを慰めるために蛇たちが眷属となり、竜となった。

カーミラの時は、知らない内に親友を無くしてしまったのだ。


……カトリーナの気持ちも分かるが、私は彼女の家族達の気持ちの方が痛いほどに分かってしまう。

何でもないことは頼れるけど、自分以外の大切な誰かの命が掛かっていたら――私は誰にも相談せずに、自らの命を投げ出す。

彼方や金糸雀に怒られたのはこのせいだけど……。でも、正直これは一生変わらないと思う。だけど、決して自分の命を軽く見ているつもりは無い。

私の目標は大好きなお酒を飲みながらスローライフする事だ。死にたくはない。

だからこそ、皆が不幸にならない様に先に手を回すのだ。


「だから……。だから、あの竜に呪いを掛けてやったのよ……」


何、だって……?


「どういう事!?」

私はカトリーナを引き剥がして、その顔を見た。


「だって、じゃない」

カトリーナは歪な笑みを浮かべていた。


「……ずるい、って。ラーゴさんの何がずるいの!?ラーゴさん夫婦は、大切な子供を亡くしたばかりだった。奥さんのリラさんが心配で招集に応じなかっただけじゃない!」

だよ?」

噛み合っている様で噛み合わない会話に背筋がゾクリとした。

まるで深淵を覗いているみたいで、寒気が止まらない。


「他の竜達は何を置いても駆け付けて来てくれた。……そう。愛しい者も何もかもをおいて。なのにあの竜だけ、私じゃなくて愛しい者の方を選んだんだ。ずるいよね。あの竜だけ幸せになるところだったんだ。呪いを掛けられても仕方ないんだよ」

「なんて事を……!」

「ふふふっ。馬鹿な竜だよね」

カトリーナは幼子の顔で、しかし、幼子が決してしない様な妖艶で黒い微笑みを浮かべた。


……許せない。そんな理由の為にラーゴさん達は……!!



怒りのあまりにギュッと唇を噛み締めた私は、ヒュッと息を小さく吸い込みながら片手を大きく振り上げた。


「カトリーナ!!」

叫び声と共に『バチン!!』という大きな音が鳴り響いた――――。

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