お酒のために乙女ゲー設定をぶち壊した結果、悪役令嬢がチート令嬢になりました

箱庭②

魔族には大戦が終わった今も尚、楽園や神族を恨んでいる者が数多く存在する。

キラキラとした真っ白な存在の女神（カーミラ）と、呪詛を撒き散らし、楽園を…神族を恨み続けた真っ黒な自分達。

…目の前で見せ付けられるその差。

もしかしたら、キラキラだったのは自分達の方だったのかもしれない。――そんな妬みや恨みを手の届く所にいる女神（カーミラ）に向けない筈が無い。

魔王と結婚する前。子供二人を産む前のカーミラだったらまだ良かった。

カーミラは女神として優れた女性であり、聖力も多くかったカーミラは魔族ごときに遅れを取るような存在ではなかった。

しかし、子供を二人産んだカーミラは違った。

元を辿れば同じ神族であった魔王と女神だが、今では別の種族なのだ。

天と地の者が結ばれ、子を成すという行為は、星を創る程の力を使う事だった。

カーミラはそれを二度もしたのだ。

――それ程に、魔王に引き継がれていた『呪詛』は重かったとも言える。

金糸雀…長女のアイシャが産まれて直ぐ。

サイオンは道化の鏡を身籠ったカーミラを止めた。『もう子供は諦めろ！これ以上は、そなたの身体が保たない……！』と。

泣きそうな顔をした魔王サイオンを前に、カーミラは笑った。求婚を迫って来た時と同じ、一歩も退こうとしない笑顔で。

これにはサイオンが折れるしかなかった。

代わりに『カーミラは絶対守る』と、サイオンは心に誓った。

だが…。

普段は城から離れたりしないサイオンだが、その日は珍しく城外のとある屋敷に居た。

この屋敷はサイオンの一番目の妻の実家だった。

元妻の父親が『人族と大規模な争いを始める』という噂を聞き付けたサイオンが、事実を確認する為に、仕方なく足を運んだのだ。

争いは始めてしまったら、無かった事に等出来ないから。

サイオンは愛する妻や子供達の為にも、無益な争いはしたくなかった。それが魔王として間違った考えだったとしても、だ。

――この時のサイオンは知らなかった。

最善の選択をした筈が、最悪の選択をしてしまった事に。

「カーミラ！？」

魔王城に戻ったサイオンが目にしたのは、ベッドに横たわる愛妻の姿だった。

その胸元には、禍々しい色をした赤黒いナイフが深く突き刺さっていた。

呼んでも応えない。目も開けない。温かかったカーミラの身体は固く、冷たくなっていた。

「どうして…どうしてだ！！誰がやったんだ！！」

サイオンはボロボロと涙を溢れさせながら、冷たくなったカーミラの身体を抱き締めた。

カーミラの傍らには、静かに眠っている二人の我が子の姿があった。

近くにいた側近の魔族の男を睨み付けると、

「…ひぃ！…じ、実はハンナ様が…！」

男は顔を真っ青に染め、ブルブルと身体を震わせながら話し始めた。

「…ハンナ……だと！？」

「は、はい！！」

ブルブルと震え、その場に立つのが精一杯な様子の男にチッ舌打ちをした後。

「…役立たずめ。」

サイオンは魔力で右手に黒い炎を作り上げ、男に向かって放った。

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ！」

黒炎に包まれ、あっという間に炭と化した男を一瞥する事もなく、サイオンはカーミラの身体をそっとベッドに寝かせた。

そして、カーミラの額に右手を翳した。

【全知全能】の中の能力である《記憶の再生》を使う為に。

――シャルロッテの兄であるルーカスにも同じ能力があるが、死者にも使用出来るのは魔王だけだ。

「カーミラ…私に記憶を見せてくれ…。」

そう囁きかけると、サイオンの頭の中で記憶の再生が始まった。

＊＊＊＊＊＊

「…やっぱり、カーミラと子供達も一緒に行かぬか？お前達を残して行くのは心配だ。」

目の前には、黒目、黒髪の超絶美形の私（わたくし）の愛しの旦那様が、眉間にシワを寄せた、心配そうな顔をしている。

旦那様は、私が息子を産んでから…心配性に益々磨きがかかってしまったのだ。

「大丈夫よ。私の大切な旦那様。これでも私は優秀な女神なのよ？」

つま先立ちをして、旦那様の頬に口付けた。

忌み嫌われる魔王であるはずなのに、穏やかで…とても優しい可愛い人。

大好きな旦那様と別れるのはとても辛いけど、そろそろ笑顔で送りださなくちゃいけないわね。

早くしないと、『やっぱり行かない』とか言い出し兼ねないもの。

両頬で口付けを受けながら、旦那様の肩をそっと押した。

「行ってらっしゃいませ。旦那様。」

にこやかに笑いながら言うと、眉間にシワを寄せた旦那様が不機嫌そうに唇を尖らせた。

「……行ってくる。」

「早く帰って来てね。…待ってるわ。」

クスクスと笑いながら、拗ねた子供の様な態度をする旦那様の背中が見えなくなるまで見送った。

そうして、私は子供達の待つ部屋へと戻って来た。

さて…。

産まれたばかりの息子は、ベッドの中ですやすやと寝息を立てていた。

その側では、娘のアイシャが大人しく絵本を読んでいる。

「アイシャはお利口さんね。今日は何のご本を読んでいるのかしら？」

絵本を覗き込むと、手に染みたりしない、見慣れない色彩をふんだんに使った、きらびやかなお姫様の絵が見えた。

「おひめたまのごほんよ！」

三歳になる娘は、嬉しそうな顔でお姫様の描かれたページを私に見せてくれた。

…お兄様達の仕業ね。

この世界に無い物を持って来ないでと、あれ程注意したのに…。

多分、これはお兄様の管理する『地球』の物だ。

姪っ子が可愛くて仕方ないらしいアーロンお兄様と、優しくて美しい私の良き相談相手のお義姉様。

お兄様とお義姉様は、私の無茶を叶えてくれただけでなく、こうして子供達に優しい贈り物もしてくれているのだ。

せめて、この世界の物にしてくれると助かるのだけど…。

私は苦笑いを浮かべながら、アイシャの小さな頭に痛くないであろう強さで、コツンと自分の頭をくっ付けた。

魔族と神族の血を引いた愛娘は、私と旦那様を丁度半分に割った位に今はどちらにも良く似ている。

アイシャの髪を撫でながら、息子のイシスを見る。丁度半分のアイシャとは違って、イシスは私にとても良く似ている。

…二人はどんな風に育つのかしら。

きっと、アイシャは旦那様に似た絶世の美女になるわね。

イシスはどうかしら？

男の子だから、分からないわね。

悪戯っ子になって、誰かにお仕置きされたりするのかしら。

ふふふっ。

瞳を細めて、その光景を想像する。

私にはもう…二人の成長を見届け事は叶わず、想像する事しか出来ないから…。

「おかあたま…、どこかいたいの？」

絵本を見ていた筈の娘が、いつの間にか私の顔を覗き込む様して見つめていた。

…いけない。

「大丈夫よ。お母様はどこも痛くないわ。……貴女達と一緒に居られて幸せだなぁって考えてたのよ。」

目尻に溜まった涙を拭い、笑顔を作る。

「ほんとに？」

ジーっと心配そうにこちらを伺う素振りは、旦那様にそっくりで愛おしさが増す。

「ええ、本当よ。愛しているわ。アイシャ。勿論、イシスもお父様もよ。」

アイシャをギュッと抱き締めながら告げると…

「えへへ。あいしゃも、おかあたまもおとうたまがだいすき。」

アイシャは嬉しそうに笑って、私の腕の辺りをギュッと握った。

「…ありがとう。イシスの事をよろしくね？」

私は微笑みながら、アイシャの額に口付けた。

「…おかあ…た……？」

異変を感じ取ったアイシャの問い掛けは、最後まで言葉にはならなかった。

その後に聞こえて来たのはスースーという可愛らしい寝息だった。

アイシャをイシスの側に寝かせて、イシスの額にも口付けを落とす。

「これで大丈夫よ。怖くないからね。」

女神の第六感ほど当たるものはない。

…出来れば当たらないで欲しかった。

もっと貴女達と…サイオン様と一緒に、ここに居たかった。貴女達の成長を見届けたかった。

…でも、無理なの。

何故なら…。

「女神カーミラ！！」

バンッと大きな音を立てて、扉が開かれた。

部屋の中に入って来たのは、旦那様の一番始めの妻であるハンナだった。

赤黒いナイフを握る彼女の傍らには、護衛らしき三人の魔族の男がいた。

「…うるさいわ。子供達が目を覚ますじゃないの。」

「…はっ。随分と余裕ね？涼しい顔をしていられるのも今の内よ！！」

ハンナの合図で、男二人が私の両腕を押さえ付けてきた。ナイフを持ったもう一人の男は、子供達の所へと向かっている。

…人質にするつもりだろうけど、残念ね。

私が笑うのと、ナイフを持った男が子供達の側で倒れるのは同時だった。

「どういう事！？あんた、何したのよ！？」

焦った顔をしているハンナに胸がすく思いがした。

「子供達には護りの結界を掛けてあるの。サイオン様以外の魔族が触れると、同じ目に合うわよ？」

当たり前じゃない。

こうなるのが分かっているのに、対策をしない訳がない。

…残念なのは、子供達二人分にしか掛ける力が残っていなかった事。

旦那様。自分の身を守れなくて…ごめんなさい。

でもね？子供達が助かるなら、私は喜んでこの身を差し出すわ。

「…っ！！このクソ女神がぁぁぁぁぁ！！」

ハンナが赤黒いナイフを構えて迫って来た。

始めからハンナが持っていたのは『神殺しのナイフ』だ。

そんな特異な物を彼女かどこで手に入れたのかは分からない。

「ぐっ…！！」

ソレは私の心臓に一突きで刺さった。

…深い。女でも流石は魔族なのね。

「あははっ！やったわ！やったのよ！ざまあみなさい！」

ハンナは高笑いをしながら、男達を連れて部屋から出て行った。倒れていた男は引き摺るようにして。

ドサッ。

私の身体は支えを無くして崩れ落ちた。

ハンナは私がもう助からないと思ったから最期を見届けることもなく出て行ったのだろうか？

…もしくは旦那様を警戒して逃げたのかもしれない。

視界は白く霞んでいて…もう何も見えない。

意識が途絶える瞬間まで大切な貴方達の姿をこの目に焼き付けていたかったのに…。

…ごめんなさい。

貴方達を置いて逝く悪いお母様を恨んでも良い…だけど、お父様の事は支えてあげてね…。

心配性で、とても寂しがり屋な人なの。

…私の愛しい旦那様。

貴方に出会えた事。貴方の子供を産めた事。貴方達と過ごした事の全てが、私の何よりも幸せでした。

私がいなくなっても、どうか自分達を責めたりしないで…。どうか、泣かないで…。

…心配性で…優しくて…可愛い、サイオン様。

悲しそうだった貴方を笑顔にしたかった。

いつまでも隣に居たかった。

『大好きです！！私と結婚して下さい！！』

困りきったあの時の貴方の顔…すっごく、可愛かっ…た…。

ふふ…。

ず…っ…と……あい…し…て…る…わ。

＊＊＊＊＊＊

――ブツッと途切れた記憶。

今日の出来事は、全て仕組まれた事だった。

「……っ！！！……っ！！！」

君は…今日死ぬ事を知っていたのか！！？

それが分かっていたら、出掛けたりなんてしなかった！！君を一人で死なせたりしなかったのに！！！

…君は出会った時から最期まで、嵐の様な人だった。どこまで私を振り回したら気が済むのか…。

カーミラ…。カーミラ…、カーミラカーミラカーミラカーミラ！！

お願いだ！！私の元に戻って来てくれ！

また笑顔で笑ってくれ！！

――サイオンは、カーミラの亡骸を抱き締めながら泣き続けた。