シャルロッテ15歳(入学)篇

あれから…

あれから三年。


この三年間で私の身長や手足が伸び、ゲームの中では散々邪魔をされ続けた、馴染みのある悪役令嬢の《シャルロッテ》へと成長を遂げた。トレードマークのつり目も残念ながら健在だ。


しかーし!

心配していた胸の膨らみは、何もしていないというのに、ゲームのシャルロッテよりも(僅かに)大きく育った。

ふふっ。勝った。

自分に勝った!!ビバ!!


そして、不思議な変化もあった。

鋼のドリルとまではいかないが、どんな髪型をしても、ほどいてしまえばクルンと形状記憶の如く元に戻ってしまっていた縦ロールが、真っ直ぐサラサラなストレートヘアに変わったのだ。

別に縦ロール推奨派ではないし、前よりも色んな髪型が出来る様になった事は嬉しいのだが…呆気に取られた様な…『ポカーン』なのだ。え?良いの?何で?どうして?である。

ゲームとの差異はウェルカムなのだが、髪質が変わるのは予想外だった。



私生活面は、かなり充実した日々を送る事が出来たと思う。

双子の弟妹であるキースやエリナのお世話をしたり、新しいお酒を作り、それを使用してロッテと合法お菓子作りをしたり、お兄様と飲んだ秘密のお酒をアヴィ領の特産品として売り出したり、毎日お菓子をねだりにくる黒猫と小鳥の為に新しいお菓子を開発したり……等々。


愛しの婚約者のリカルド様は、忙しい時間の合間を縫って沢山会いに来てくれた。会えない時には、お互いこまめに手紙のやり取りをし、順調に恋心を育んで来たのだが……。

毎回、毎回、毎回!私達の仲を邪魔しに来るお兄様には手を焼かされている。


…まあ、それでも平和な三年間だったと言えるだろう。



…はあー。


私は、大きな大きな溜息を吐いた。


後三ヶ月後のクリスマスには16歳になり、ようやくお酒の飲める年になる。


本来ならば幸せへのカウントダウンの真っ最中の私だが……。

私の心はどんよりと曇り空の様に憂鬱だった。


何が憂鬱かって…それは大好きな双子達と離れて、【王立ラヴィッツ学院】に入学しなければいけないし、それも寮生活だからだ。

苦痛だ。苦痛でしかない。


私とお兄様に似た男女の双子が初めて、『ねえしゃま』と呼んでくれた日を私は一生忘れないだろう……。

『姉馬鹿』と呼ぶが良い!本望だ!私に悔いは無い!!

目に入れても痛くない、可愛い双子と離れて暮らさなければならないなんて…苦痛以外の何物でも無い。

大事な事だから二回言ってみた。


お兄様やリカルド様は、学院の最上学年生となる。最上学年の生徒達は、式典等の行事以外は自由登校となっている為、お兄様やリカルド様は自分の領地に戻り各々の仕事をこなす事になる。それも私の寂しさを煽る要因でもある。一年だけでも一緒の学院生活が送れるかと思ったのに…残念だ。


因みに、クリス様、ハワード、サイラスは学院に隣接されている騎士団の分署で剣術の鍛練に励んでいる。


つ・ま・り!

お兄様はアヴィ家で双子といつも一緒だし、リカルド様は離れたアーカー領に戻ってしまい、たまにしか会えない状況であるのにも関わらず、会わなくても良いクリス様達が近くに居て、いつでも会える環境だという。…解せぬ。


うう…。寂しい。


そして、私の学院生活が始まると言う事は、ヒロインである【彼方】が、この世界に召喚されるかもしれないという事だ。


今までの日々を趣味だけに時間を費やし、無駄に過ごして来た訳ではない。金糸雀や魔王に協力してもらいながら、【聖女】や【神】の事を調べていた。

神に接触する方法も見つからず、今まで定期的に魔王に来ていた神からの交信も途絶えているという、八方塞がりの状況で分かっているのは、《聖女は神が勝手に召喚している》と言う微妙な事だけだ。


…うん。ゲームの中で、召喚士もいない状況で、光と共にパアーっと現れるから、調べなくても神によるものだとは何となく分かっていたよ?


アヴィ領でスタンピードが起きたのがきっかけかの様に魔物が増え始め、数年後には世界各地で狂暴な魔物が蔓延り、人々を苦しめていた。そんな人々が聖女を切望し、神に祈った時に聖女彼方が突然現れる。

…現れた時期は確か、入学式の数日後だった筈だ。


アヴィ領のスタンピードは私達が全力で防いだし、魔王の魔力は封じられ、魔物はこの世界から消滅している今は、魔物が勝手に狂暴化する予定は無い。

こんな状況なら、聖女召喚は無いだろうと私は思ったのだが…、魔王は首を横に振りながら『聖女は召喚される』と言った。『確かに魔力は封じられ、無力にはなっているが、魔王としての存在が消えた訳ではないからだ』と。


…出来る事なら、彼方の召喚を止めてあげたいと思っていた。チートな能力を持っているくせに、一人の少女の人生も守れない…。

結局、自分を守る事で精一杯な少女に頼る事になるのだ…。


…私は無力だ。


大きな溜息を吐いて、ソファーにもたれ掛かり、天井を仰いだ時。


トントン。


誰かが部屋の扉をノックした。


「…はい?」


姿勢を正す事もなく返事をすると、開いた扉の隙間からミラが顔を出した。


「…どうしたの?」


無気力な私を心配したのか、ミラは早歩きでソファーに近寄って来た。


「あー、ごめん。大丈夫。」


私は苦笑いを浮かべながら、姿勢を正して座り直した。


「本当?…顔色悪いよ。」


ミラは私の額に自分の手の平を当てながら、私の瞳を覗き込んで来る。


「ちょっと入学式の事考えてたら憂鬱になって…ね。心配させてごめん。本当に大丈夫だから。」


私はニコッと笑って、ミラの手をそっと自分の額から外した。


「お兄様の心配性が移ったんじゃないの?ミラ?」


クスクスと笑うと、ミラは苦虫を噛み潰した様な顔をした。


「ルーカスと一緒にされても嬉しくない。」


ミラはストンと私の横に座った。


「…て言うか、同い年なんだから『お兄様』は止めて。その呼び方は…ちょっと抵抗がある。」


「ふふ。は最強だからね。」


ミラは着々とゲームの中の【ミラ・ボランジェール】とは違う人生を送り始めている。


《ボランジェール》の名を捨てた若き天才のミラは、アヴィ家の裏山のダンジョン跡地に建てられた魔道具研究施設の館長兼、責任者を務めながら数多くの魔道具開発者を手掛けて来た。今やミラの名を知らない者はいない位に有名人だ。

それもあって、ミラの後見人や養子を望む家が後を絶たない状況だった。

数多くの誘いをミラは全て断った。…まあ、ミラの生い立ちを考えれば分からない事もない。


そんなミラが、突然、アヴィ家の養子に入る事を選んだ。

本人は『心境の変化』だと言っていたが、何があったのだろうか…?時期的には私とリカルド様の婚約披露の頃だったと思うが…。

あまり触れて欲しくなさそうだから、私も多くは聞かなかった。

ミラを保護していたアヴィ家としても、ミラを養子に迎える事には何の異存も問題も無かったしね。


そうしてミラは去年の秋頃に、正式にアヴィ家の一員となった。私とは同い年だが、誕生日が数ヶ月私よりも早い為に、公式にはミラが兄となる。

ミラは自らを取り巻く環境を変えただけでなく、自身も予想外な変化を遂げた。白銀色の髪も赤みがかかった瞳は変わらないが、女の子の様な細くて華奢な身体は、年頃の男の子の様にしっかりし、身長なんて170センチを越えてしまった。まだ伸びているらしい…。私と同じ背丈だった小さなミラはもういない。

幼い頃から虐げられて、成長するのに大事な時期に充分栄養を取れなかったから、ミラは小さかったのだろう。


「それで、どうしたの?」


アヴィ家の一員になったとはいえ、生活の拠点を裏山の研究施設に移しているミラが、邸を訪れるのは珍しい事だ。


「あ、ああ。学院にロッテ連れて行かないんだって?」


「うん。前よりは落ち着いたけど、ドライフルーツを作る為にはロッテが必要だから。ここに置いて行くよ?」


「んー。ロッテが寂しがってたんだよ。魔王と金糸雀は連れて行くのに、自分だけ置いてけぼりだって。」


今後の事を考えて、魔王と金糸雀は連れて行くつもりだったけど、ロッテの事は考えてなかった。


「思ったんだけど、ロッテ2号を作ったらどう?」


「ロッテ2号?」


「うん。新しい方をここに残して、ロッテを連れて行くの。」


「それは構わないけど…随分、ロッテの味方してくれるんだね?」


まあ、ミラもロッテの生みの親な訳だし…気になる所もあるのだろう。

そう勝手に納得しながら、ミラへ視線を向けると…。

私の横に座っているミラが、目に見える程に動揺していた。


「…ミラ?」

自然と声音が低くなる。


「べ、別にロッテと取引きなんてしてないよ…!?」

あわあわと慌て出すミラ。


…まだ何も聞いてないんだけど。

でも、そうか、そうか。何か取引きをしているのか。


「ミラ。今素直に吐くのと、今後一切のお菓子抜きにされるのとどっちが良い?」


私はミラの瞳を見つめながら、ニコリと笑った。


「今…吐きます。」


ガックリと項垂れたミラから聞き出した取引き内容は、驚くべきものだった。


何に驚いたかって…ロッテにだ。


まるでダイヤモンドの様な存在の超希少な魔石の【コーデアル】。

私を懐柔し、ロッテを無事に学院に連れて行く事が出来たら、あげても良いと言われたらしい。


…さあ、手足も無く、動けないロッテがどうやって希少な魔石を手に入れたか、だが…。


料理人達や侍女を上手く誘導しつつお菓子を作らせ、金糸雀やクラウンを利用し、魔王に興味を持たせる。興味牽かれた魔王が、希少な魔石と物々交換でお菓子を手に入れる。無駄の無い手腕により得ていた。


ロッテ恐るべし…。


はあ…。私と一緒にいたいが為に、こんな無茶をするロッテを野放しには出来ないよね。


私は苦笑いを浮かべミラを見た。


「分かった。ロッテは連れて行くよ。」


「本当?!」


「うん。だから2号?作らないとね!」


「やったー!今、作ろう?直ぐ作ろう?!」



…この判断を後悔する事になるのを、この時の私はまだ知らない……。

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