そして…①
アヴィ家の裏山にあったダンジョン攻略から一ヶ月が過ぎたその日。
私は一人で、アヴィ家の裏山に来ていた。
金糸雀は勿論、留守番である。
うっかりと金糸雀を連れて来て、ダンジョン復活なんて事になったら洒落にならない。
金糸雀から『ダンジョンが消滅した』と言う報告を受けたのは昨日の夜遅くの事だった。『ダンジョンの方に残っていた自分の魔力の気配が完全に消えた』のだと。
そう言われても…やはり自分の目で確認するまで簡単には信じられない。しかし、だいぶ夜も更けた後の事だったから、金糸雀から止められてしまったのだ…。『ダンジョンが消滅したとはいえ、何があるから分からないから日が昇ってから行きなさい』と。その為、私は朝早くに、ここへやって来たのだ。
ダンジョンの入口は、調査道具を持って入る事も出来るようにある程度、拡張されている。その入口からいつもの様に中入るが、壁に掛けられていた
私はさっと右手を掲げ、部屋全体を明るく照らす様な光の魔術を発動させた。
光で照らされた中をじっくりと見渡す。地下に続いていた階段は無くなっており、私が入った来た入り口以外には、どこかに続く様な通路も無い。中は完全密室の行き止まり状態であった。
試しに四方の土壁を叩いてみるが、壁はドンと鈍い音がして、中に空洞がある様には思えなかった。
それでも更に魔術を駆使し、壁を少し掘り進めてみる。掘っても掘っても…出て来るのは少し粘土質な土だけだった。
本当に無くなったんだ…
と、そこで初めて実感した。
私は暫くの間、呆然と目の前の光景を眺めていた。
和泉の記憶を取り戻してからというものの、このダンジョンの消滅を一番の目標に掲げて来た。これで、スタンピードの発生は阻止出来たのだと思う。
長い様で短く、短い様で長くもあった日々だった。
見知らぬ魔物に出会い、お父様達に渇を入れながら討伐し、また見知らぬ魔物に出会う。
そして、同じ事を繰り返すお父様達に制裁を加えながら、また先に進み…って、何だこれ…。
前々から思ってたけど…お父様達がしっかりしてたら、もっと早く消滅させる事が出来たよね?!
ま、まあ…だけど、今までの事の積み重ねが無ければ…金糸雀の興味を引けたかどうかは分からないから…全ては必然…だったのかもしれないけどね…?
簡単には認めたくないけどね!?
その時。
ガヤガヤとした声が、こちらに向かって近づいて来るのに気付いた。
入口の方を振り返ると、
「やっぱりここに居た。」
お兄様が私を見つけ、微笑みながら中に入って来る。
「おお。本当だ。シャルが居る。」
お兄様の後ろに、クリス様が続く。
「師匠~!!」
「シャルロッテ様。お久し振りです。」
そんなクリス様の両脇には、いつもと同じニッコリ笑顔の暑苦しいハワードと、短くなっている髪をオールバックにし、執事の様なかっちりとしたスーツを着たサイラスがいる。
師匠と呼ぶな…!
クリス様達から一歩下がった所には、お父様やリアのメンバーの姿があった。
現在のダンジョン跡地では、全員が入りきらない為、私は先に地上へと戻る事にした。
皆、中をゆっくり見たいだろうし。
そんな中、てっきり皆と中に残ると思ったお兄様が、私と一緒に出て来る。
「…お兄様?良いのですか?」
私が尋ねると
「うん。僕は昨日、見たから大丈夫。」
お兄様はサラッと爽やかに笑った。
昨日…と言う事は、金糸雀に聞いた後に一人でここを訪れたのだろうか?
「…言ってくれたら良かったのに…。」
「んー、夜遅かったからね。」
プウッと頬を膨らませる私の頭をお兄様が撫でる。
…お兄様も落ち着かなかったのかな…?
金糸雀に止められなかったら、私も昨日の内に行ってただろうし。
「シャルロッテ。良く頑張ったね。」
お兄様の言葉に、ふと視線を上げれば、こちらを優しく見つめるアメジストブルーの瞳と視線がぶつかった。
私の共犯者であり、協力者である優しいお兄様。
「はい。取り敢えず、安心ですね。」
私はニコッと笑う。
「シャルロッテ…?」
お兄様が何か言いたそうに私の名前を呼んだ時…。
「ダンジョンはこれで安心だな。国王には私から伝えておくよ。」
「クリストファー殿下、宜しくお願いしますよ。」
クリス様やお父様達が話しながら地上に戻って来た。
途切れてしまった言葉を促す為にお兄様を見たが、何でもないとばかりに小さく笑いながら首を横に振られてしまった。
何が言いたかったのだろうか…?
お兄様が気になりつつも、クリス様達の方へ視線を向けると、私はある事に気付いた。
『師匠~!』と私に暑苦しく近寄って来る筈のハワードが居ない事に。
「クリス様。…ハワード様とサイラス様は…まだ中ですか?」
「ハワードはまだ中だ。騎士団に出す報告書を書く為の資料集めと言ってたな。サイラスはその付き添いだそうだ。」
「へぇ…?」
だったら…今の内に入口壊しちゃえば良いんじゃ……?
「それは犯罪だよ?」
私の耳の後ろからお兄様が囁く。
なっ!?
何故バレた…!?
『か・お・に・か・い・て・あ・る』?
お兄様…。
何故、私の直ぐ側に居るのにジェスチャーで会話するんですか…。
そんなに顔に出るのかな…。
自分の頬を両手でムニムニと動かしていると、ハワードとサイラスが地上に戻って来た。
「師匠!!お待たせしました!」
チッ…。
お兄様に感謝するんだな!!
「いえ。お疲れ様です。」
ニコッと令嬢らしき笑顔を浮かべる。
完璧な笑顔を浮かべた筈なのに…
「…師匠?」
「シャルロッテ様…。」
「シャル…?」
…どうしてみんな引いてるのだろう?
「シャルロッテ。微笑み方が邪悪になってるよ。」
お兄様だけが大爆笑である。
…マジですか。
ニコリと笑ったつもりがニタリと笑ってたら…それは引くわ。
コホン。
私は小さく咳払いをした後に、皆の顔を見渡した。
「…さて、これからダンジョン消滅のお祝いをしようと思いますが…何か、食べ物のリクエストはありますか?」
「私はルーカスに聞いた、ちょこれーと?が食べたいぞ!」
子供の様にはしゃぐクリス様。
「僕はアイスクリーム。チョコチップのが良いな。」
「私はスーリーのアイスクリームをお願いします。」
お兄様とサイラスは、相変わらずのアイスクリーム信者だ。
「俺は師匠の作ってくれた物なら何でも食べます!!」
はいはい。ハワードは適当…っと。
「お父様達は何が良いですか?」
「ん?そうだな…、私達はお酒とつまみかな?」
「酒!!!」
「酒がうれしいッス!!」
「浴びる程の酒が飲みたい…。」
くーっ!!大人はズルいな!!
私も早くそう言いたい!!
お父様達はナッツとかの渇き物と…アレにしよう。
私は…爽やかレモンサワー(ノンアル)風味な、超スーパーハイポーションでも作って飲もうかな。
それ位なら許されるよね?!
シャルドネな聖水も捨てがたい。
さてと!そうと決まったら邸に戻ろうじゃないか!
私達はウキウキと邸へと戻って行った。
そして、その後だが…。
お兄様とサイラスは、アイスクリームの信者としての交流をかなり密にしていた。
『学院にアイスクリーム革命を起こす』と言う野望を掲げた腹黒二人組は、黒い笑みを浮かべながらアイスクリームを堪能していた。
…もっと普通に食べて下さい。
クリス様はと言えば、案の定…チョコレートに堕ちた。
王族で育ちが良いからか、ガツガツと食べたりはせずに、一口ずつ味わいながら食べている様子は、小動物の様で…少しだけ可愛かった。
そんな育ちの良いクリス様が唯一、地団駄を踏んで、羨ましそうにしたのは、ハワードにホットチョコレートを作った時だった。
実は先日、誕生日だったハワードは、お兄様達同級生組の中で一番早く16歳となった。なので、お祝いとしてブランデー代わりにメイ酒をホットチョコレートの中に入れてあげた。
ビターなチョコレートの香りとメイ酒の豊潤な香りが混ざり合い…思わずカップを両手で持ってイッキ飲みしそうになってしまった。
メイ酒入りのホットチョコレートを美味しそうに何杯もお代わりして飲んでるハワードに、チョコレートに堕ちたクリス様が反応しない訳が無いと言う事で…。
取り敢えず、クリス様は来月が誕生日だそうなので、ホットチョコレートのレシピ等々をプレゼントしようと思う。
因みに…この件で、私が益々、ハワードに対して悪意を持つ様になった事は仕方の無い事だと思う。
次にお代わりをしたら、唐辛子を入れてやろう!
だったら作るなって?
美味しいは正義だから仕方無いのだ…。
その辺りは複雑である。
お父様達には、キンキンに冷やしたエールを出してみた。和泉的に、温いビールなんて有り得ない。
フローズンビールになる手前まで冷やしてから出しました。グラスに唇が貼り付いた?そんなのは自己責任です!!
わざとじゃないとは言わないけどね!
飲めないのにお酒を用意しないといけない私からの細やかな嫌がらせだ。
そして、邸で合流したミラは、嬉しい事に私の手伝いをしてくれた。なので一緒に、爽やかレモンサワー(ノンアル)風味な超スーパーハイポーションをがぶ飲みしたね!!
疲れも吹っ飛ぶし美味しいしで、私の機嫌は少し回だけ復したね。
ノンアルコールなのに酔ったと言っていたミラは可愛いかった。ふふっ。
先日、懐妊の分かったお母様はお祝いには不参加だ。お酒の匂いやチョコレートの匂いが凄いし、妊娠初期のお母様には色々とキツい筈だ。
なので別室に、妊婦さんにも安心な糖分控え目の身体に良いドライフルーツを盛って届けておいた。ロッテ自慢の一品である。
相変わらず仕上がりは完璧な偉い子(オーブン)だ。
と、まあ、そんなこんなで夜も更けて行き…。
お開きの時間となった。
因みに、お客様達は泊まりである。
学院の入学式の為に、明日、皆で一緒に王都に向けて出発するそうだ。
皆に簡単な挨拶を済ませ、私は一足先に金糸雀の待つ自室へと戻る事にした。
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