ダンジョン④の2

…うん。ありがとう。

サイラスのしてくれた事はとても嬉しかった。

でもね、ちょーっとだけ遅かったかなぁ…。


見たくもない物が既にバッチリ見えた後だったよ…。


「何、あの変態…。」

私を横から抱き締めていたミラが、ボソッと呟く。


自分だけに見えている幻覚では無く、サイラスやミラも同じ物が見えているのだと思うと、何故か冷静になれる気がする。


「またな…。」


私を正面にいるお兄様は、視線だけを動かして苦笑いを浮かべたが、目は少しも笑っていない。


って…こう言う意味なの…?


サイラスにお礼を言った後に、私の目を塞いでいた彼の手をそっと退ける。


私の視線の先には、白い全身タイツを着た、筋肉マッチョな男の様な者が居る。顔面まで白いタイツに覆われているのに、何故か唇部分には真っ赤な口紅が塗られていた。


その男は音も立てずに、クネクネとした不思議なダンスの様な物を躍り続けている。周りには、細長い白い触手の様な棒状の物が居て、それらもまた男と同じ様にクネクネと動き続けているのだ。


はっきり言って気持ちが悪い。


目を覆いたくなる程の、不快な状況な訳だが…この変態が鏡の正体だとでも言うのだろうか?


「…お兄様。コレが【道化の鏡】なのですか?」

私は眉間にシワを寄せながら尋ねる。


「否。コレじゃないよ。」

お兄様は苦笑いを浮かべたまま、首を横に振った。


「コレじゃない…?」


私がそう呟くと同時に、また眩い閃光が私達を包み込んだ。


今度は何なの?!

ギュッと目を瞑り、光を遮るように手を翳す。


光の消えた後には

「…私?」

私がもう一人そこに居た。


何故だ。どう言う事だ…。


思わず右手を上げると、前方にいるシャルロッテは左手を上げる。

まるで鏡を見ているかの様に、私と同じ行動を繰り返す。


ええと…鏡…だからか?


私の頭の中は更に混乱して来た。


「シャルロッテ。相手にしない方が良いよ?」


「そうですよ。奴は調子に乗りますから。」


ミラとサイラスはそう言って私の肩に手を置いた。


動かなくなった私を見て…(偽)シャルロッテは、あっかんべーをしたり、お尻ペンペンをしたりと私への挑発を始めた。


それを見ていた前方のお父様達は、


「わっ!馬鹿!」

「シャルロッテ様を挑発すんなよ!」

「止めなさい!!」

(偽)シャルロッテの行動を止めに掛かっている。


…あれ?どう言う事?

お父様達は、道化の鏡を恐れてたんじゃなかったの?


私が小さく首を傾げると、(偽)シャルロッテは、私を見てニヤッと嫌な笑みを浮かべた。


私がハッと警戒した瞬間に、三度目の閃光が、地下九階層を包み込んだ。


今度は何なの?!

毎回、毎回、眩しいんだけど!!

いい加減にしてくれな……えっ?


半ばキレ気味に瞳を開ければ、そこに居たのは…


「…リカルド様?」

先日、暫しのお別れをした筈のリカルド様の姿だった。


『シャルロッテ。』

私を呼ぶ優しい声。


「シャルロッテ!騙されちゃ駄目だよ?!」


呆然とする私に向かって、ミラが叫ぶ。


『おいで、シャルロッテ。』


両手を広げて私を呼ぶ、ブルーグレーの瞳。


「シャルロッテ様!!」

フラッと歩き始めた私を、サイラスは押し留め様とする。


…リカルド様。私の大好きなリカルド様。


「ルーカス!シャルロッテ様を止めないと!!」

「シャルロッテ!!」


リカルド様の元に行こうとするのを邪魔する二人に、《ストップ》と魔術をかける。


邪魔しないで。私はリカルド様の所に行きたいの。





だって、リカルド様は私の逆鱗に触れたから。


「…シャル…ロッテ…?」


私の殺気を感じたのか、ミラが恐る恐ると言った風に尋ねて来たが、私はそれに答える余裕は無かった。


お前の何処がリカルド様だ!

あそこに居るのは、色彩が似てるだけの只の紛い物だ。

《(偽)リカルド》なんて呼びたくも無い。

あんなのはで充分だ。


本物のリカルド様が、私を呼ぶ声にはもっと愛情が籠っているし、ブルーグレーの瞳は唯一無二の宝石みたいに透き通って綺麗なのだ。何よりも毛並みも匂いも全く違う。


…何よりも、こんなベタな状況で騙されるか。


私の真似をしている位ならば、少しの温情を持ったまま倒してやろうと思ったが…これは完全にアウトだ。


私は微笑みを浮かべたまま、前衛に居たお父様達の場所まで辿り着いた。


奴までは、もう目と鼻の先だ。


「だから退却した方が良いって言ったのに!!」

「道化の鏡が死んでしまう!!」


慌てるお父様達。



《でないと…死んでしまう。》

は、私達ではなくて、道化の鏡に向けられた言葉だったって訳か…。


「残念。さっさと、そうすれば良かったのに。」

私はお父様達に向かって微笑む。


「……。」

真っ青を通り越して真っ白な顔になるお父様達。


私は更に奴に近付く。


『シャルロッテ、会いたかった。もっと近くに来て。』


まだ言うか。


私は微笑みながら、奴には聞こえない位の声で呟く。


「落ちろ。」

呟いた瞬間、奴の足元に丸い穴が空いた。


『…?!』

奴は、成す術も無く落ちていく。


リカルド様、ごめんなさい。

全く似てはいないものの…リカルド様に似た容姿の奴を傷付けると言う行為には、多少の罪悪感が芽生える。

この罪悪感の分まで…決して奴を許しはしない。


奴の落ちた穴の中のを見下ろしながらイメージをするのは、灼熱地獄のマグマだ。


普通のマグマなら、きっと感じる痛みも一瞬有るか無いかで、多分、直ぐに死んでしまうから分からなくなってしまうだろう。

だから、このマグマ地獄で生きながら焼かれ続けたら良いよね。

そんな効果をプラスしよう。


勿論、逃げられる心配は無い。

この異空間でいつまでも苦しみ続けが良い。



「沸け…マ「シャルロッテ、ストップ。」


呟こうとした言葉は、お兄様の手で塞がれてしまった。


「もにいあま!!」

私は直ぐに抗議の声を上げたが、口を押さえられてる為、きちんと話せない。


「ちょっと落ち着きなよ。」


何で邪魔するの!!

私はキッとお兄様を睨み付けるが、


「はいはい。そんな顔しても全然怖くないからね?」

お兄様は平然としている。


「リカルドを馬鹿にされたみたいで腹が立つのは分かるけど、シャルロッテのしようとしてる事は、凄く趣味が悪そうだ。」


お兄様は私の口から手を離す。


「でも!!」


「うん。許せないのはちゃんと分かってる。僕が言いたいのは…やる相手が違うって事だよ。」


…相手が違う?

お兄様に対して沸いた怒りが、一瞬で治まった。


「…どう言う事ですか?」


「僕はって言っただろう?」


「はい。それは、人の事を小馬鹿にした様な、奴の言動の事を差したのでは無いのですか?」


「違うよ。【道化の鏡】には、対とも言われる魔物がいるからなんだ。」


…対だと?


はぁ…。

私は深い溜息を吐いた。


「それで?その対は何処にいるのですか?」


私が尋ねると、お兄様は下を指差した。


「地下十階って事ですか?」


「うん。多分ね。」


「では早く行きましょう。遅かれ早かれ行くのですから。」

さっさと下に降りようとする私の肩を、お兄様が掴む。


「シャルロッテ、待って。」









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