復讐しましょう②

「……っ、こ…これは!?」


目を覚ました長を始めとしたエルフ達が、驚愕に目を見張る。


それも当然だ。

起きたら椅子に座らせられていて、尚且つ動けない様に、グルグル巻きにされているのだから。


「ルーカス様!シャルロッテ様!これは一体…!!」

「なっ…!クリス様は!!?」


エルフ達が叫ぶ。


「クリス様はまだ眠っていますよ。先程までの貴方達の様に。但し、《ベッドの中で》ですけど。」


私は椅子に座ったまま頬に手を添え、小首を傾げながら笑った。

お兄様は座っている私の後ろに立ち、黙って微笑んでいる。



現在、里を訪れた日の翌日の早朝である。


私の作った睡眠薬は思っていたよりも強力で、薬を飲んだ長達がなかなか起きそうになかった。その為、私達がゆっくり休んだ早朝に、強制的に覚醒させたのだ。

なので、強制覚醒されていないクリス様はまだ夢の中である。



「こんな事をしてどうなるか分かっているのか!」

「「そうだぞ!」」

「して良い事と悪い事も分からないのか!」

「早くこのロープを解きなさい!」


口々に喚き出すエルフ達。


「うるさい大人達ですね。彼を見ても同じ事が言えますか?」


私がそう言うと、スッと横に影が降りた。


影の正体は、白金の髪に琥珀色の瞳をしたサイラスだ。


「なっ!!お前は…!」

「サイラス!?」

「何でここに…!」


サイラスを見て驚愕し、パクパクと口を動かすだけの者。驚きの声を上げる者。それぞれが反応を示す。

そんな中、長は一人黙ってサイラスを見ていた。


「さて、そろそろ理由も分かって来ましたわよね?」


私はニッと人の悪い笑みを浮かべた。


「では、皆さん頑張って下さい。」


さあ、復讐開始だ。


パチンと指を鳴らす。

これは魔術発動の合図である。合図と共にニューッと、彼らの座っている椅子から腕が生えた。


それが一斉にわきわきと動き出す。


「「「「「「ギャハハハ!!」」」」」」


室内には笑い声が響き始めた。


昨夜の内に仕掛けて置いた、自動擽じどうくすぐり機である。

私のチートさんにより生えた手は、ターゲットの一番弱い場所を探り当て、しつこくコチ ョコチョし続けるのだ。

勿論、首、脇、足の裏全てをだ。


「や、止め!!アハハ!」

「た…!助け!!」

「ひぃ…ハハ!!」

「「「アハハハハハハハッ!!!」」」


足涙を流しながら笑い続ける大人達。



「シャルロッテ嬢…これは…どうなのでしょうか…?」

それを見ているサイラスは、酷く困惑している。


「どう…とは?」


「あれは罰になるのですか?」


ああ。傍目には大笑いしている様にしか思えないもんね。


「勿論です。擽る事が罰になる国もあるそうですよ。…ほら、逃げたくても逃げられないじゃないですか。」


私は、涙と鼻水を垂らしているエルフ達を指差した。


「良く見ていて下さい。常に擽り続けているだけで無く、ああやってたまに止めるのですよ。」


擽りが止まりホッとした所で、また擽り続けられるという地味な拷問。いつ止むかも分からない絶望と苦痛を味わうのだ。



「サイラス様も試してみますか?」


私はサイラスを見上げたまま、コテンと首を傾げた。


望むならば、瞳を細めて楽しそうに状況を見ているお兄様が喜んで、擽ってくれるだろう。


「い、否…。試さなくて良いです。」


サイラスは両手を前に突き出し、防御の視線を取りながら首を大きく左右に振った。


「あら。それは残念です。因みにコレ、手加減を間違えると正気を失って、廃人コースですよ?」


私がニヤリと笑うと、サイラスは顔を真っ青にして身を引かせた。





復讐開始から一時間と少し。

私の高性能なチートさんのお陰で、エルフ達は嫌と言う位に苦痛を味わった頃合いだ。

もはや泣き叫び、笑う余裕も無くなり、目は虚ろ。涙や涎、鼻水で顔面が酷い事になっている。

イケメンもこうなれば台無しだな…。


パチン。

もう一度指を鳴らすと、椅子から生えた手がスーッと消え、拘束していたロープも一緒に消える。


責め苦から解放されたエルフ達は荒い息を吐き、焦点の定まらない瞳をフラフラと揺らしている。

虚空を見上げ、ブツブツと何かを呟いている者もいた。


…やり過ぎたかな(汗)



「少しは気が晴れましたか?」


眉間にシワを寄せているサイラスを見上げながら問う。


「こんな…大人達のせいで…母は…。」


今の大人達の姿はとても滑稽に見える。

サイラスが憤りたくなる気持ちは分かる。


やはり、同じ目に…殺さないと止まらないか…?

でもそれは出来る限り避けたい。



思案の体制に入った私の耳に、

「サ…サイラ…ス…。」


息も絶え絶えの長の声が聞こえて来た。


名前を呼ばれたサイラスは、ビクリと身体を揺らす。


「す…まな…かった…。」


謝られるとは思っていなかったのだろう。


「今頃謝られたって、母は戻って来ない!何故…母様を殺した!!」

サイラスは長の元に詰め寄り、首元の服を捻り上げた。


「ち…違う…。」

長は苦しそうに眉間にシワを寄せながらも、サイラスをジッと見ている。


「違う?」


ギリッと唇を噛み締めるサイラス。


「…娘は…リリーナは…寿命だったんだ。」


「そんな…!」


「私は…身体の弱い娘が…心配で堪らなかった。だから…、責め立てて…しまったんだ。」


「それでも、母様を追い詰めた事には変わらない!皆で俺の事をハーフだからと蔑んで来たじゃないか!!」


「違う!私達は『ハーフだから』と、蔑んではいない。身体の弱い娘が、ハーフエルフのサイラスを連れて…里から出て行くと言う。だから、お前達を部屋に閉じ込めたんだ。」


「…そんな!そのせいで母様がどんなに悩んで、泣いていたか…!」


「ハーフエルフは人になるか、エルフになるかを選べるんだ。私達はお前達を守る為に、それをリリーナに迫ったのは確かだ。なのに娘はサイラスをエルフにする事を選ばず、ハーフである事にこだわった。その話し合いの途中でリリーナは命を落とした。母親を亡くしたお前を私の後継者にしようとした所を、ミューヘンのじじいが…お前を連れて行ったんだ!」



………。

サイラスと長以外の者が、蚊帳の外で呆然としてしまっている状態だが…話をまとめてみよう。


①生まれつき身体が弱く短命と言われて来たエルフの母と、人間の父から、ハーフエルフとしてサイラスが生まれた。


②ハーフエルフは、人間かエルフになる事を選べるが、母親はハーフとして生きる事を選択。長を含めたエルフ達が、『サイラスを守る』という理由の為に、『エルフを選択して欲しい』と迫り続けた。


③母は追い詰められる様にして、殺されのではなく寿命にて亡くなった。


④母亡き後、長の後継者にしようとサイラスを育て様としている最中に、ミューヘン侯爵がサイラスを有無を言わさずに連れて行った。


と、言う事だろうか。


サイラスの母親は既に亡くなっているし、《死人に口無し》として話を捏造する事は容易い。


だけど私は、この話は嘘ではないと思っている。

それならば、森で見つけた指輪の事も府に落ちるしね。


「森の中の木の虚の中に指輪を見つけましたが、長様はご存知でしたか?」


私が尋ねると、長は琥珀色の瞳を見開いた。


「あれを…見つけたのか…?」


私はコクンと首を縦に振った。


「あれは私がやった。妻に先立たれ…娘までも短命で…安らかに死なせてやれなかった私の贖罪だ…。せめて好きだった花の側に置いてやりたかった…。」


涙を流す長。


成る程。大体は予想通りだった。


だから私は言おうと思う。



「私に言わせれば、長様もサイラス様のお母様も、止めなかった皆さんも同罪です。」


立ち上がり、回りを見渡しながら言う。


「お互いがお互いを思いあっているのが分かるのに、一番大事な人の気持ちを置き去りにしてませんか?」


私の言いたい事に気付いた長が、ハッとした顔でサイラスを見つめる。見られているサイラスは困惑した様に眉間にシワを寄せた。




その時。


パチパチパチ


「シャルロッテ様。良くぞ言って下さいましたな!」


その場に似つかわしくない拍手の音と、聞き慣れないしわがれた声が室内に響いた。




「辺境伯!?」


サイラスが驚きの声を上げる。


拍手の主は、サイラスのもう一人の祖父であるミューヘン辺境伯だったのだ。










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