第51話 どっから狙ってくるんだよ!
「……俺には幸俊おじさんが、何故IASAに登録しなかったか分かります」
「えっ?」
俺が余りにもきっぱりと言い切ったので、土岐さんは「どうして」と言わんばかりの表情になった。
「おじさんは、<STARS-6th Virgo>が打ち上げられるのを待ってたんです。IASAに量子コンピュータの登録をすれば、スパイラルにその存在がバレる可能性が高まり、そこから<STARS-6th Virgo>への搭載までもがバレるかも知れない。そうしたら、打ち上げが延期、下手したら中止になって、量子コンピュータはスパイラルに回収され、幸の視覚システムがどうのって以前の話になる。打ち上げられちゃえば、三万六千キロの彼方にはおいそれと手を出せなくなる――そう考えたんだと思うんです。幸俊おじさんって『石橋を叩いて渡る』ような人だったから……」
「……なるほど。娘を想うあまりの行動だったってことか。納得がいったよ。……で、衛太郎クン、今度はボクから質問。キミさっき、『越智仁美』って
「はい」
確かにあのとき、越智仁美は土岐さんとタカ姉をフルネームで呼んだ。
「——ボクはその『越智仁美』って名前の娘は知らない。もし、その娘と昨夜の黒いライダースーツの女が同一人物なら、ボクとタカに会っている。だけど、ボクもタカもあのとき、名乗っていないんだよ。つまり、ボクとタカを見知っているってこと。……以前にボク達にあったことがあるんだよ。『越智仁美』ってのも偽名だね」
……やっぱりそうか、『越智仁美』ってぇのは偽名か。名前どころか、
土岐さんは拳を口に当てて、考え込んでいた。
「……まぁ、ボク達を片付けたと思ってるんであれば、あとは幸ちゃんをスパイラル本社に連れて行くだけの簡単なお仕事って訳か。だとすると、あっちも少しは気を抜いているかも知れない。こんな時間だから、飛行機は飛んでいないしね。残された時間は少ないけど、今度はこっちの反撃だよ。……とは言うものの、MIJUCIから提示されたルートは全て潰されちゃってるし、校章通信機は梨の礫だからなー。さて、どうしたものか……」
ミユキが提示してくれたものは全てダメなのか……何処か別のルート見つけなけりゃならないのか。
何気なくポケットに入れた指に触れたものがあった。
……待てよ? もしかしたら!
俺は触れたものを鷲掴みにして取りだした。スマホだ。急いで画面をスワイプして、ホーム画面を出す。
……あった!
そこには大小二つの星が縦に並んで鎮座していた。
それは、俺と<STARS>のミユキを繋ぐ……いや、繋いでいたアプリだ。
ごくりと息を呑んで、俺は恐る恐るそのアイコンをタップする。
いつもと同じように画面が暗転し、その奥から光る星が現れると、回転しながら大きくなって画面を覆うと、完全にホワイトアウトした。
だがその後、画面は真っ暗くなったままだった。
「どうしたの? 衛太郎クン。いきなりスマホ取りだしたかと思ったら、がっくり肩落としちゃって」
「……あ、前に土岐さんも見ましたよね。ミユキのアプリ……あれが動けば、と思ったんですけど……一縷の望みも潰えました……」
「――! ちょっと貸してっ!」
土岐さんは俺の手からスマホをかすめ取り、画面を喰い入るように見ていた。そして、スマホを操作しながら質問してくる。
「ゴメンね、衛太郎クン。いきなり奪い取っちゃって。ねぇ……ちょっと質問っていうか、確認させてもらえる?」
「……はい?」
「このアプリの通信方法だけど……『
「はい。幸とミユキがドヤ顔で言ってたんで間違いないです。……あの、前から気になってたんですが、その『
「『
「……はぁ」
やっぱり、さっぱり分からなかった。
土岐さんはスマホを操作しながら俺の質問に答えていたが、それがぴたりと止まった。そして、おもむろに顔を上げると、口角を上擦らせた。
「オッケ、衛太郎クン! 『一縷の望み』は繋がってるよ! ……ねぇ、手出して!」
言われるままに手を出すと、土岐さんの右手が勢いよく当てられて、ぱちん、と景気のいい音を立てた。
いきなりの出来事に訳が分からず、ぽかん、と口が開いてしまった。一体何がどうしたってんだ?
土岐さんが頭を掻きながら苦笑した。
「ゴメンねー、勝手に一人で盛り上がっちゃって。実はね……衛太郎クンのスマホ、まだ<STARS>に繋がっているんだよ!」
「――!」
俺の口は、ぽかん、と開いたままだった。だが、今度はあまりの驚きで開いた口が塞がらないのだ。
土岐さんは俺を見てクスッと笑うと、俺のスマホを向けた。
「衛太郎クン、確かに、この画面だけじゃアプリは動いてないように見えるよね。画面が真っ黒けだもんね。でも、ここを見て――」
土岐さんの指が示したのはスマホの画面の隅だった。
「――ここ、画面の左上隅……1ドットだけ色が抜けているのが分かるかな?」
確かによく見ると、その部分の色が抜けている。
液晶ディスプレイの初期不良なんかで見られる「ドット欠け」みたいな感じだ。
土岐さんはその部分をタップした。
……俺の開いたままの口は、とうとうこの場で塞がることはなかった。
驚いたままの俺の目に飛び込んできたのは、「Eitaro>_ 」と入力指示を待つコンソール画面だったのだ!
「キミとMIJUCIを繋ぐアプリのコアがこれなのか、それともMIJUCIが今の事態に備えて、このコンソールを用意したのかは分からないけど、これで<STARS-6th Virgo>を取り戻す足掛かりができた!」
土岐さんはタカ姉のパソコンを起動すると、俺のスマホをそれに繋ぐ。
「それじゃ、いっくよーっ!」
腕まくりをした土岐さんがキーボードを目の前にして、ピアニストのように両手をかざしたかと思うと、有り得ないスピードでキーボード上を滑るように動いていく。
それに合わせてディスプレイをとんでもない量の文字が流れていく。
パソコンのキーボードが土岐さんの手で、メロディを奏でているような錯覚に陥る。
「よーし、まだ接続は生きてるね! 衛太郎クン、幸ちゃんの現在位置も何とか把握できるかも! ……と、気付かれたか。んじゃ、あっちの動きもトレースして……ってぇ!?」
いきなり素っ頓狂な声を上げた土岐さんが、座っていた椅子から跳び退った。
後にいた俺は土岐さんを受け止めて、そのままひっくり返ってしまった。
「痛たた……」と舌の根の乾かぬ内に、目の前のパソコンがボン、と小爆発を起こす。
「な……何が、起こったんですか!」
俺の声は土岐さんに潰されて、呻き声のようになっていた。
土岐さんは「ごめんねー」といいながら俺の上から下りていた。
「やれやれ、一瞬遅かったら、危なかったかも……天井見てごらん? ……そう、そこ」
白い天井に直径一ミリほどの黒い染みがあった。……いや、あれは……穴?
「低出力のポジトロン・ブラスター! ……って、またぁ!」
今度は夜の帳を流星のように横切る、閃赤色の光弾が窓から見えた。
……ポジトロン・ブラスターで俺たちを狙い撃ちしようってのか! 三万六千キロ上空の狙撃兵かよ!
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