第41話 怪しい雲行きになってきた

 不意に脳裏に浮かんだ単語が口を吐いた。

「……火事場の……馬鹿力?」

「あら、察しがいいのね。現在の幸の身体は俗に言う、正にその状態。潜在能力が解放されている。つまり、リミッターの外れた状態なの。別名『闘争・逃走反応』とも言うわ――」

 ミユキの説明によると、人間の脳で覚醒しているのは約三割、残りの七割は半覚醒状態にあるのだという。この半覚醒状態の七割の部分が、何らかの条件で完全覚醒した場合に使える力が潜在能力――所謂、「火事場の馬鹿力」だ。

 ミユキはホルモンの分泌操作で、人為的にこの力を引き出しているそうだ。

 ただ、これには多大なリスクがある。

 リミッターが外れている間には痛覚や疲労感をカットしているため、リミッターが戻ったときに、それまでのツケが一気にのし掛かる。

 疲労は程度に応じて倦怠感として身体に顕在化し、負傷は痛覚による危機通知がない分、深刻なダメージを身体に残すかもしれない。

「だったら、どうしてそんな力を使ったんだ! 幸の身体に万が一何かがあったらどうするんだ!」

「使わなければ、アナタは殺されていたし、幸もスパイラル・エンタープライズに拉致されていたでしょうね」

「うっ……」

 何も言い返せなかった。正にその通りだったからだ。

 ミユキのお陰で、俺も幸も九死に一生を得ることができたんだろう。

 だが、素直には喜べなかった。何かが引っ掛かっていた。

「……ミユキ、もう一つ教えてくれ。どうしてお前は、幸の身体を動かせるんだ? 元々、お前は幸の視覚システムのサポートプログラムだったはずだ。それが幸の身体をコントロールできるのはどうしてなんだ?」

 大元の疑問だった。

「……」

 これまで、俺の質問には淀みなく答えていたミユキが、いきなりの沈黙をまとった。

「……答えられないのか?」

「いや、そういうことではないわ――」

 これには、即答した。

「――ただ、量子コンピュータの一部プログラムであるワタシが記憶していないって答えるのは、どうかと思ったのよ」

「……どういうことだ?」

「正直に話すと、幸の身体をコントロールできるようになった理由がワタシにも分からないの。アナタの言う通り、ワタシは幸の視覚システムをサポートするプログラム。幸の体内のナノマシンの操作は可能だけど、身体そのものの操作も可能だってことには全く認識がなかった」

「知識と記録の塊みたいな存在が、分からないだの、認識ないだの、おかしいだろ」

「事実は事実よ。ワタシも釈然としていないの。……ワタシは静止軌道上から幸とアナタ、スパイラル・エンタープライズの手先のやり取りを一部始終監視していた。幸が何らかの薬物で昏倒させられ、拉致。ワタシはアナタに連絡して、幸奪還を試みた。しかし、失敗した上に、アナタの生命まで脅かしてしまった。ワタシは前のように、ナノマシンによる電撃で幸の覚醒を試みたの。そのときよ、幸の身体をコントロールできることが分かったのは。あとはアナタも知る通りよ」

「幸の身体をコントロールしたのは、本当に今回が初めてなのか?」

 初めてにしては、潜在能力なんてのを使っているし、イマイチ信用できなかった。

「今回が初めてに決まってるでしょ。……幸の身体のコントロールが可能と分かった瞬間、前から知っていたかのように、潜在能力の解放方法、使用方法等、それらに関する情報がワタシの中にあったのよ。……信じるかどうかはアナタ次第だわ。アナタはワタシが度々幸の身体をコントロールしていると思っているのね。……でも、本当に今回が初めて。この身体は幸のもの。ワタシのものではない。そして、ワタシは幸をサポートする為のプログラム。幸の不利益になるようなことは一切しない。でなければ、伊東衛太郎……アナタを助けたりもしないわ」

 確かにそうかもしれない。ミユキが幸の不利になることをするはずがない。俺の生命さえ助けてくれたのも事実だ。

「……疑って悪かった。それにしても、これは最初から備わっていた能力なのか?」

「そこに関しても不明。ただ……」

「ただ?」

「直接関係するかは分からないけど、思い当たる節は無い訳じゃない」

 ミユキの心当たり――

 それは今朝方の、あの雲散霧消事件だった。正確にはそれに繋がる出来事と言えた。

「あのときは、伊東衛太郎も知っている通り、ポジトロン・ブラスターを使ったのだけど、その使用権限は、直前までワタシには無かった――」

「それは、どういう……」

「――ワタシは<STARS-6th Virgo>に搭載された量子コンピュータ上のプログラム。<STARS>専用の制御プログラムではないの。それでも、<STARS>の制御には干渉はできる。全機能の七十八パーセントまではね。でも、ポジトロン・ブラスターの制御は不可能だった。使えるようにするには、休止状態にしてある<STARS>本来の制御プログラム――SCSを起動状態にする必要があったの。……ただ、ワタシが内部からそれをすることはできなかった。その作業を行うには外部からの――幸の助力が不可欠だった」

「なぁ、その『SCS』だの『ポジトロン・ブラスター』ってのは何なんだ?」

「SCSは元々<STARS>に備わっている制御用プログラム。<STARS>専用のプログラムで、様々な機能を有しているわ。詳細については不明だけど……。そして、ポジトロン・ブラスターは日本語にすると『陽電子熱線砲』ってところかしら。<STARS>の各衛星には、非常電源確保用に、γ線から電子を作り出す機能が搭載されている。そのときに対生成される陽電子を、超小型粒子加速器サイクロトロンを通して光熱線として発射する。ちなみに、あのときの出力は満充填の十三パーセント。満充填だと、途轍もない破壊力になるわ——」

 ミユキの説明のほとんどは俺の理解の範囲を超えていた。

 だが、分かったことが一つだけある——<STARS>にとんでもない兵器が積まれていることだ。そんなのを人工衛星に搭載して、何に使うつもりなんだ、スパイラル・エンタープライズは? 悪の秘密結社じゃあるまいし、今の時代に世界征服もないだろう。

「——付け加えるなら、主衛星に付随する副衛星も使えば、地球上のいかなる地点にもポジトロン・ブラスターをピンポイントで発射することも可能だし、それぞれの<STARS>が連携することも可能なの」

 ミユキの話を聞いていると、<STARS>がどんどんきな臭いものになっていく。

「……話が横に逸れたわね。アナタの質問は『ワタシが何時から幸の身体をコントロール可能になったか』だったわよね。それは、このポジトロン・ブラスターを使えるようになったときから――つまり、幸にSCSを起動してもらったときから、という可能性が高い」

「……そうか」

 これ以上、返答のしようが無かった。何だか、俺の手に負える範囲を超えているように思えてきた。

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