第9話 俺が護ってやる
そして、IASAとは、国際先進科学者機関―― International Advanced Scientists Agency ――
幸の父親である幸俊おじさんや、タカ姉の友人の土岐さんも所属している。……おじさんはまぁ……過去形ではあるが。
幸に埋め込まれた視覚システムは、おじさんの開発したコンピュータとソフトウェア、IASAからもたらされたサイバネティクス技術とナノテクノロジーの融合により生み出されたものだ。
幸が前にも増して大食いになったのは、このナノテクノロジーに起因する。幸はその中核を成すナノマシンのエネルギーも摂取しなければいけなくなった為、それが食欲となって顕在化したそうである。
父親の開発した視覚システムと、それを埋め込んだ母親の技術が、幸の生命をこの世に繋ぎ止めたのだ。
……子を思う親の気持ちってのはこんなにまで凄いのか。幸は本当に愛されているんだな、としみじみ思った。
瑞穂おばさんはふっと溜息を吐いて、すっかり冷めてしまったお茶に手を伸ばした。
おばさんと俺の間に沈黙が舞い降りた。時折、お茶をすする音がするだけだった。
「衛太郎くん――」
おばさんは俺を名前で呼んで立ち上がると、深々と丁寧なお辞儀をしてくる。
「――これからも幸のことをしっかり見てやって下さい。お願い致します」
「何言ってるんですか、おばさん! 俺と幸は小さい頃からずっと一緒だったんだ。だから、当然だよ! ……然程頼りになるとは自分では思えないけど、幸の秘密も知っちゃったし、俺でよければできるだけのことはします」
「ありがとう、衛ちゃん。……それと、今話したことは誰にも喋らないでね。知っているのは、幸本人と衛ちゃん、私、それと貴音ちゃんだけなの。何しろ、幸の治療は現代医学の範疇からは逸脱しているし、スパイラル・エンタープライズに知れると面倒なことになりかねないし……」
おばさんは苦笑していた。その中にちょっとだけホッとしたような感じがしたのは気のせいだったろうか。
だが、そんなことは言われるまでもない。幸は俺の妹分で、それはどんなことがあっても変わりゃしない。
兄が妹の心配をしたり、世話を焼くのは当然だからな。何も難しく考えることはない。今までと同じように過ごしていけばいいだけの話だ。
そう言えば、一つだけ俺も教えてもらいたいことがあったんだ。
「おばさん、IASAも幸の目の話も分かったけど、どうしてそこに、あのスター・フィールド社が出てくるんですか?」
土岐さんがスター・フィールド社の社員ってなら分かるが、タカ姉の一つ上のセンパイってことは大学生かもしれない。だとしたら、どうして——
「あ、それはね——」
ちょっと首を傾げていたおばさんが続ける。
「——IASAのスポンサー企業なの、スター・フィールド社は。それに、土岐さんの先輩に当たる方がスター・フィールド社の経営責任者の一人なんだそうよ。IASA最大の理解者とも聞いているわ」
「……」
タカ姉が凄いのか、それとも土岐さんが凄いのか、はたまた土岐さんの先輩が凄いのか——よく分からなくなってきたけど、たった一つの事実は、幸にとってそれが
さて、夏休みも残りは明日一日。明後日からは学校だ。
「それじゃ、おばさん。俺そろそろ帰ります」
「ええ。今まで付き合ってくれてありがとね」
おばさんが笑う――今日一番の笑顔だった。
居間のドアをくぐり、玄関に出る。
「うー、思わず寝ちゃったよ。……あ、おにーちゃん!」
幸が目をこすりながら階段を降りてくる。全く絶妙のタイミングだな。
瑞穂おばさんがにこやかに声を掛けた。
「おはよ、幸。調子は如何?」
「普通にしている分には何の問題も無いよ。あ、おかあさん、わたしね、夜になったら、星観に屋上行ってくるから! おにーちゃんが一緒に行ってくれるって約束したんだぁ」
「あら、そう」
おばさんがにっこり微笑む。
そう言えばそうだった。こりゃ、今日はすぐには眠れんな。
「あいよ。何時に行きゃいーんだ?」
「そだねー、九時頃に屋上!」
「りょーかい。んじゃ、夜にな」
一ヶ月半振りの天体観測か?
俺には星を観るなんて趣味はないが、幸に毎度毎度付き合わされていた。
見上げる空は赤く染まっている。天気は上々だな。
約束の時間まではまだまだ余裕がある。満腹だから夕飯はいらないし、時間まで仮眠でも取っておくか。
そう考える間もなく欠伸が出てきて、俺は大口を開けたまま自宅の玄関をくぐった。
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