崩壊の序曲

「ねえ! ラ、ラ次郎さんと会ったって、本当!?」


 レシィと合流したとき、彼女の第一声はそれだった。

 なんでも、迷宮知性メイズはなんだかんだとミナセに言われるままカガワとレシィに言葉をかけていたらしい。その際、ラ次郎やミナセの提案などについてを説明し、説得を試みていたとのことだ。

 ミナセとしては、てっきりブラフでその場しのぎをしてるのだろうとあまり期待していなかった。思った以上に迷宮知性メイズはラ次郎を追い出したくて必死だったらしい。


「うん。あなたの言った通りの人だった。でも――」

「……出ていっちゃったんだ。仕方ないよね。ラ次郎さんは、同じ場所に留まれないっていうし」

「彼はあなたに会いたがっていたわ。この迷宮に辿り着いたのは偶然みたいだけど」

「そっか。ラ次郎さん、本当にこの迷宮に……」


 感慨深そうに微笑むレシィの横顔を見て、ミナセは顔を歪ませた。きっと見せられる顔ではないだろうと、背けて伏せた。


「しかし驚いたねえ。まさか、迷宮と会話できるなんてねえ」


 カガワもまた、独り言というよりは迷宮に聞かせるように呟いた。


「コム。こういった事例はよくあることなのか?」

「んー。どうだろ。類似してる例として壁に魂が憑依してしまった男とか報告があるらしいけど、ぼくが知ってるのはそれくらいかな」


 ディミニとコムもまた、迷宮知性メイズの誘導に従って元の戦列艦広場に戻って合流していた。

 相手がミナセだけならいくらでも白は切れただろうが、カガワとレシィに対しても語りかけてしまっては、もういっそ開き直ってしまえという発想に至ったらしい。


“RF−7か”

“私もあれには手を焼いている”


「返事だ。本当に会話できるようだな。だが、これはなんの話だ?」

「さっきの、“壁に魂が憑依した男”のことじゃないかなー。でもたしか、あれってレッドキャッスル遺跡だったと思うんだけど」


“迷宮が拡大し”

“その遺跡まで繋がったのだ”


「なっ。本当かい? この迷宮はアイゼルまで広がってるってのかい?」

「へえ。メイズってば、そういうことも積極的に教えてくれるようになったのね」


“取引だ”

“私は君たちの安全を守る”

“君たちも、私の恒常性を維持するのに努めて欲しい”


「ふうん。なんだか、ちょっと拍子抜けだねえ。アタシとしては、この迷宮を探索し尽くした上で泣きつかれるならよかったけど、この展開はねえ」

「こうなった以上は仕方ないでしょ。で、具体的にはなにをすればいいの?」


“機兵だ”

“私が最も苦慮しているのは機兵の対策である”

“魔力も持たぬのに迷宮攻略に全力を惜しまない彼らは”

“私にとって極めて有害な存在である”


「でしょうね。知ってるけど」

「文字送り、もう少し早くならないかね? なんだか眠くてさ」


“彼らは入口の一つを確保し続けており”

“私はそれを閉じることができないでいる”

“迷宮としての機能に不全を来す事態が発生している”

“君たちにはこれを排除してもらいたい”


「えーっと、つまりそれって……」

「アタシの考えが合ってりゃ、迷宮の外での活動になりそうだけどねえ」


“その通りだ”

“君たちが再び迷宮に戻るというのなら”

“一時的に外へ出口を開放し”

“任務を遂行してもらう”


「驚いた。そんなに困ってるんだ?」

「そのまま出てって帰らないこともあるだろうに、ずいぶん思い切った提案だねえ」


“君たちは冒険屋のはずだ”

“すなわち、これは依頼である”


「おやおや。アタシらのこと、そこまで知ってんのかい。そうまで言われたらやるしかなさそうだね。な、ディミニ」

「……ん。私はカガワに従う」

「ところで依頼主さん。冒険屋について詳しいようだけど、もう一人知らないかい。マジカル・ロジャーってんだけどさ」


“知っている”

“私にとって苦慮する脅威の一つだ”


「へえ。それならさ、アタシらがそいつを排除するっていったら……乗るかい?」


“くだらぬ”

“ブラフだ”

“彼との合流が目的か?”


「おっと、気を悪くさせちまったようだね。なるほど、ロジャーの目的は迷宮攻略っと。そのうえ、アタシらと違って交渉は不可能ってくらい本気ってことかい?」


 返事はない。答えに困っているのだろう。


「はは。まあ、別に答えなくてもいいさメイズさん。って、たしかこれってミナセが勝手に名づけたんだっけ。今後呼ぶときもそれでいいのかい?」


“構わない”

“私のとって、名など意味を持たない”


「ホントにそうかなー」と、口を挟んできたのはコムである。「“フレデリック”、だったりしない? メイズくんの本名」


 その指摘に、迷宮知性メイズは沈黙した。


「なんだい、そのフレデリックって」

「これだよこれ。こんな手帳見つけたんだけどね」

「へえ。でも、凪ノ時代の文字じゃないかい。読めるのかい?」

「うん。これにいろいろ書いてあってねー。この迷宮はもともと自然発生したものなんだけど、フレデリックっていうブリュメ王国出身の研究者がいろいろ改造したんだって。すべては、キールニールの娘を封印するために」

「……は?」

「ぜんぶの経緯が書かれてるわけじゃないけど、計画としては覚え書きみたいに残ってるね。“迷宮と一体化し、その知性として管理し続けることで恒常性を保つ”――この感じだと、しっかりうまくいってるみたい」

「ちょっと。コム。さっきなんて? えっと、その、なんて?」

「んー? メイズ=フレデリック説としては結構有力な証拠だと思うけど」

「そうじゃなくて……キールニールの娘!?」

「うん。ほら、ここに“スヴェリアなんとか”って」

「なにこれ。うそでしょ」


 唐突に明かされた衝撃の事実に、一同は言葉を失う。


「……ていうか、いたの、娘? そんなの、はじめて聞いたんだけど」

「必死で隠してたみたいだからねえ。フレデリックって人が」

「隠してた? なんで? それを封印して……どういうこと?」

「日記ってわけじゃないからねー。そのへんの細かい心情とかはよくわかんない」

「メイズ=フレデリックなら……直接聞くのが早そうね。メイズ、どういうこと。それとも、フレデリックと呼んだほうがいい?」


“誤解だ”

“私はその手帳についてはなにも知らない”


「その主張はさすがに無理筋でしょ。迷宮全域を監視できるのに」


“その手帳が私と深く関係するものなら”

“なぜ処分しなかったのか、と考えれば理解してもらえるはずだ”


「単にうっかりしてたってだけじゃない?」


“私を”

“あまり見くびるな”


「怒られちゃった」

「でも、これはこれで面白くなってきたねえ。メイズ――って今は呼んでやるけど、下手くそな嘘でなにかを隠してる。冒険屋の血が騒ぐってもんだ」


“私は”

“君の依頼主のはずだ”


「へいへい。でも、報酬を聞いてなかったね。こんな世界だしアンタは迷宮だし、金銭なんて期待しちゃいないけど、仕事して引き受けるからにはね」


“君たちの安全を保証する”


「惹かれないねえ。ていうかそれ、アタシらの魔力を吸ってることに対する報酬だろ?」


“では”

“なにが望みだ”


「真実。アタシの質問に対して、真実を一つ答えてもらう。どうだい」


 しばらく間を置き、答えが記される。


“いいだろう”


「契約成立さね。さて、その仕事は今すぐかい?」


“君たちの”

“準備ができ次第だ”


「お優しい依頼主で助かるね。というわけだ。まずは食事かね?」


 と、彼らは一息ついて、それぞれ泉に流れてきた“食糧供給箱”を手に取った。


「ところでディミニ。二人きりになって、コムとはずいぶん仲良くなったみたいだね?」

「……なんの話だ」



 一方、迷宮知性メイズとの対話中、ずっと気が気でなかったのはレシィである。


「ねえ、ミナセ。ラ次郎さんは、その、どうだった?」

「どうって。さっきもいったけど、レシィには会いたがってたわよ。だけど、その、ずっと同じ場所に居続けると、周りのものぜんぶ斬り伏せちゃうらしくて」

「え、なにそれ」

「レシィにはいうの忘れてたって。それが、ラ次郎が同じ場所に留まれない理由。下手したら迷宮全域を巻き込んじゃうかもしれないから、メイズが慌ててラ次郎を追い出したの」

「そうだったんだ……」

「壁も平気でスパスパ斬って、見ててだいぶ面白かったわよ。レシィから話は聞いてたけど、まさかあんなにすごい人だったなんて」

「あれ。この迷宮って、封印魔術とかで破壊ってできないんじゃないんだっけ? 機兵の爆撃でもダメだし、ディミニさんの浸蝕毒でもダメだし……」

「それができるのよ。ラ次郎なら。同じ場所に留まれば留まるだけ、剣の切れ味が増すんだって」

「そうなんだ。それなら、あの“防御型”にも勝てたのかな……」

「負けた、っていってたわよ。えっと、それからなんて言ってたかしら」

「あ! それじゃあ、グラスさんは? ラ次郎さんは、グラスさんについてなにか知ってた!?」


 ミナセは、グッと、喉を押し潰されたような心地だった。

 いずれ、その質問は必ず来ると覚悟していたはずなのに。心臓が深く、痛みを覚えた。


「えっと、その、ラ次郎も……負けて、捕まったらしくて。だけど、同じ場所で拘束し続けたから、監視してた機兵もろともぜんぶ斬り伏せちゃって」

「そうじゃなくて、グラスさん」

「どう、だったかしらね。バタバタしてて、でも、一応聞いたけど」

「それで、なんて?」

「……わからないって。言ってたわ」


 言えなかった。

 本当は、言ってしまうつもりでいたのに。

 ――あなたの信じる「グラスさん」は、あなたを裏切り、あなたを売った最悪なやつだと、告げるつもりでいたのに。


「ミナセ?」

「ごめん。あたしも、いろいろあって疲れたから……」


 心臓が、激しく痛んだ。

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