狂国と共に②

 街外れの草原にて、男たちは一点に狙いを定める。

 八人がそれぞれにクロスボウを携え、いわば半包囲の形で構えている。

 その先はなにもない空に見えた。射角は目線と同じ高さなれど、その先には空があった。

 男たちの目は真剣である。狙いの先にあるなにかが、たしかに見えているようだった。


「撃て!」


 一人の男の合図によって、一斉に矢が放たれる。

 その初速は亜音速。さらにいえば、それぞれが矢に対し十分な時間をかけて術式を施している。対人実戦ではありえない、静止目標に対してだからこそ可能な、発射直前まで集中し高い精度を発揮する魔術である。

 八本の矢は、一点にて集中する。そして起爆した。

 爆発系魔術である。連鎖反応する術式を組み込むことで文字通り爆発を起こすものだ。そのために即時発動は困難な魔術だが、逆にいえば時間さえかければ理論上最大の威力を発揮することができる。


「第二射!」


 と、繰り返し同様の斉射が行われた、が。

 “壁”には、やはり傷一つつかなかった。


「ルドック。まだやっていらしたのですか」


 後ろから話しかけてきたのは、中年女性だ。ただし、全身に鉄の鎧を身に着け、よく鍛えこまれた身体をしている。さらに腰には剣まで下げている。少なくとも通りすがりの主婦ではないのは確かに思えた。


「おうよ。結果は見ての通りだ。まあ、こいつは定期的にやってるだけで大して期待もしてねえがな」


 ルドックと呼ばれた眼帯の男。本名フルネームをランペイジ・ルドック。

 弩を主武器とする傭兵たちの隊長である。とはいえ、今となっては「元傭兵」というべきで、雇い主もあるはずもなく廃業同然に近かった。


「この前は穴を掘っていませんでしたか?」

「そっちも続けてるよ。底まで掘ったがなにもありゃしねえ。どれだけ発破を仕掛けようともビクともしねえ岩盤に阻まれてる」

「つまり、成果はなにもないというわけですね」

「そうだな」

「いつまで続けるつもりですか。このような無意味な――」

「無意味と決めつけるのは早えさ」ルドックは不敵に笑う。「“攻撃が無効であると判断するには、まず二万発撃ってから”ってのが座右の銘でね。全火力をぶち込んで傷もつかねえ壁でも、繰り返し撃ち続ければ堪えるかもしれねえ。場所によっては脆い箇所があるかも知れねえ。試せることはなんでも試さねえとな」

「評議会に入るつもりはありませんか。ルドック」

「またその話か。あんたも懲りねえな、タス」


 タス・マキレーン。それが彼女の名だ。混乱するこの「国」をその武力によって鎮め、王城にて「評議会」をまとめ上げた功労者である。その点はルドックも認めている。しかし。


「悪いな。返事は同じだ。俺らは俺らでやりたいようにやる」

「そうですか。しかし、我々はいつでもあなた方を歓迎します。それに――外の世界は今や地獄です。無理に外へ出ようとするより、この内の国をより住みよく改善していく。我々はそう考えています」

「ああ。俺も別にあんたらに迷惑はかけねえよ。じゃあな」


 そうして、タスはその場を去っていった。



「またあの話っすか。実際のとこどうなんでしょうね、隊長」

「さあな……」


 しかし、今一度整理して考えなければならない問題ではあった。

 彼らはトラハディーン軍国の傭兵隊〈銀の狼〉である。ルドックを隊長とし、正規軍さながらの練度を誇っている。

 そんな彼らがこの国――すなわち“狂国”へと入れられたのは、五年前。すなわち、世界が滅ぶ前である。

 対し、タスは比較的最近になってやって来た。他にも、ここ二年ほどの新参者は口を揃えていうのだ。「世界は滅んでしまった」と。

 ルドックにとっては到底信じられる話ではない。だからこそ、それを確かめるためにも外へ出なければならなかった。とはいえ、「外へ出る」試みは五年間ずっと続けているが、光明すら見えないのが現実だ。


「隊長! 獲れましたよ“啜甲蟲ススリムシ”です」


 と、考え事をしていると森の方から帰ってきた部下の声がする。彼らは三人で巨大な蟲の魔物を計六匹、縄に括りつけて運んできた。姿形はダンゴムシに似ているがそのサイズは人間の幼子ほど。管のような口吻を持ち樹液を啜り主食とする。

 今日の夕食である。


「お前ら! 鍋を用意しろ!」


 魔物の肉は毒があって食えたものではない。ただし、それも調理法による。

 殻を剥ぎ、細かく刻んで、とにかく煮込む。時間をかけてじっくり煮込み、一旦その湯を捨てまた煮込む。これを数回繰り返すことで毒抜きができる。

 ただし、それでも味は最悪だ。食感はエビに似てはいるが、とにかく不味い。いろいろ工夫したが調味にも限界がある。だが、のでは仕方なかった。


「いい加減、真面目に考えようと思う」


 焚き火を囲みながら、ルドックは部下たちに話しかけた。


「あとから来た連中は口々に“世界は滅んだ”という。どの国も焼き滅ぼされて、人形の化け物が徘徊しているんだと。ほとんどの連中はアイゼル出身らしく“皇国は滅んだ”という言い方もするな。いずれにせよ、あまりにも馬鹿馬鹿しい話だ。だから俺は、あのタスのばあさんのことも信じられずにいる。しかし、だ」

「もし本当だったら、というんですかい?」

「まあ待て。もちろん、それも可能性の一つとして考えるが……他になにが考えられる?」

「みんなで俺らを嵌めようと嘘をついてるんじゃないんですか」

「それも可能性の一つだ。ただ、もう百人だか二百人以上はいるよな? この最近のやつらは全員そうだ。は、そいつら全員に嘘をつかせているのか?」

「たしかに。ここに来てしまえばあの野郎からも手出しはできない。それがわかれば、たとえ脅されていたとして正直に話すものは一人くらい現れそうなものっすよね」

「そう。必ず綻びが出る。嘘にしてはどいつもこいつも口ぶりが真に迫る」

「優秀な劇団員を取り揃えたとか?」

「二百人もか? やつは皇国の騎士団にも追われる身だった。そんな余裕があるとは思えねえな。それに、タスのばあさんなんかは本物の獅士だぞ?」

「そうっすよねえ。ちょっと脅してみたりもしたっすけど、それで口を割るって感じでもなかったですし」

「なによりわからねえのは動機だな。そんな設定をつくりこんで、やつはいったいなにがしたいんだ?」

「俺らがこうして悩んで議論する様子を見たかった、とか」

「はは。あり得るな。たしかにひどく滑稽だろうぜ」

「ていうか、俺らの姿って外から見えてるんすか?」

「見えてなきゃこんなことしねーだろ」

「まあ、ですよね」

「やつは“新しい国をつくる”と言っていた。そのための住民になって欲しいと。そのとき、やつの手にあったオモチャを一瞬目にした。おそらくあれだ。俺らはあの中に閉じ込められているのさ。そしてあの形なら、中の様子はじっくり舐めるように観察できるだろうぜ」

「ふうむ。でも、なんだかんだここの総人口どれくらいですかね? 千人は超えてませんか?」

「なにが言いたい」

「それだけいたら、俺らだけを注目してるとは思えないんですよね。それに、声まで聞こえてるのかどうか。二百人以上、それだけの人数に嘘をつかせる、あるいは嘘を思い込ませるだけの手間をかけて……」

「ここから出ることを諦めさせる。これかもな」

「え?」

「“外の世界は滅んでるから、ここに引きこもっていた方がいい”と、つまりはそういうメッセージだ。あとはそうだな、“必要があれば力を貸して欲しい”だの、やつにその気があればいつでも出せるみたいな口ぶりだったのも、無理に出ようとする努力をさせないための布石だったのかも知れねえ」

「ですが、今までなにをやっても壁にも底にも傷一つつかないし、出られそうな気配なんて一向になかったじゃないですか」

「俺らの目から見たらな。しかし、やつからすれば存外に困ることなのかもしれん」

「そう、なんですかね……?」

「……やはり推測の域を出ないな。真面目に話すようなことでもなかったか」


 そうして、焚き火の燃える音だけが残る。

 やはり、世界は本当に滅んでしまっているのか。嘘や幻とするには説明のつかないことがあまりに多い。一方で、“本当だったら”と仮定するとなにもかもスッキリ筋が通る。

 だが、いずれにせよ。実際に外へ出て、確かめなければならない。

 今後とも、やることは変わらない。


 ***


「ふーむ。あれがそうなのかあ」


 狂王とレグナは、“敵”の基地を前にしていた。

 それはレグナが思うままに国中に穴を繋げていた際に発見したものだった。

 これまで皇国には存在しなかった未知の建造物。稀に機兵が足を運び、あるいは巨大な車がやって来る。慎重に、勇気を振り絞り内部を覗いたこともある。そこでは機兵が製造されていた。“敵”にとっての拠点に違いなかった。

 だが、レグナにはそれを見ていることしかできなかった。それ以上の能力がなかったからだ。

 今は違う。狂王がいる。

 その彼に「まずは君の方でなにか“当て”があるなら」と言われ、案内したのがこの基地だ。


「なるほどね。実はいうと僕も、以前に似たようなのは見たことがある」

「それなら話が早い。同様の基地は他にも四つほど発見している」

「でも、手は出さなかった」

「へえ。さすがのあんたでも基地にいきなり単身で殴り込みってわけにはいかなかったのか」

「それもあるけど……彼らに、あまり敵として認識されたくなかった、というのがあってね」

「どういうことだ? あんたはすでに――」

「彼らは僕を本気で殺そうとしていない。だから僕はこうして無事でいられている」

「なに?」


 また妙なことをいう、とレグナは思った。あれで“殺そうとしていない”などと。

 だが、考えてもみれば現に彼は無事だ。今もこうして生きている。あれだけの攻撃を受けたにもかかわらずだ。


「なんでかって、“狂国”のためさ。彼らが僕のことをどう認識してるのかはわからない。“代わりに人間を始末してくれてる便利な人間”、とでも思っているのかもしれない。あるいは、“ミニチュア王城”のことも正確に理解した上で泳がせているのかもしれない。いずれにせよ、人間を殲滅するにあたって、僕は生かしておく方が都合がよい。そう思われているんだと思う」

「なるほどな。あんたが十分に人間を集めてからまとめて殺した方が手間が省けるというわけだ」

「たぶんね。ただ、それでも最終的には殺すつもりだろうから、いつでも殺せるように殺し方は模索している。君が見たあのやりとりもその一環だ。僕と彼らは微妙な関係なんだよ」

「ふうむ。で、あんたの見立てはどうなんだ。俺はあんたの力を知らない。だが、俺の力と合わさったとき、基地の破壊と撤退。それは可能か」

「可能ではある。ただし、あまり意味はないだろうね」

「なぜだ」

がないからさ。基地の破壊は、さすがに彼らから大きく敵視されることになる。そうなれば、僕らの動きは大きく制限されることになるだろう」

「〈空間接続〉がある。あんたはそれで俺を探していたんじゃないのか」

「うん。そうだね。ところでレグナくんは、彼ら――機兵を倒した経験は?」

「……二体。いろいろ工夫はしたが、俺の鋏では機兵には刃が通らなかった」

「へえ。空間を切り裂けるのに?」

「“空間を切り裂く”というのは少し誤解がある。鋏の刃が通ることがまず条件だ。だから、ほとんどの場合はなにもない空中に“穴”を開ける」

「なるほど。機兵との直接戦闘では勝ち目はないから、逃げや偵察に徹してきたというわけだ」

「そうだな。それと生存者捜しだ」

「それも上手くいかなかったようだね。さて、機兵との戦闘経験の少ない――逃げてばかりだったレグナくんにはわからないかもしれないけど、彼らは信じられないほどに賢く、。感情もなく、合理的で、膨大な組織でありながら完全に統率された指揮系統を有する軍勢だ。僕らが皇都跡から姿を消したことも、おそらく把握されているだろう」

「〈空間接続〉もすぐに対策されうる、と?」

「さすがはレグナくんだ。君も賢い。そうだね、たとえば対魔術障壁だ。基地をこれで覆われれば内部への奇襲は不可能になる。そうなれば、僕が単身でただ乗り込むのと大して違いはない」

「そして、その場合はさすがのあんたでも危ういと? だが、今は無防備だ」

「まあ、今はね。ただ、戦略目標を見据えよう。基地の破壊が彼らにとって痛手となるのか。我々にとっての勝利に近づくのか。こちらから仕掛けるということは手の内を晒すということでもある。“最初の一手”はできるだけ戦略的に有効な場面で使いたい」

「結構慎重なんだな」

「うん。そして僕は、もっとよい戦略目標を知っている。彼らは人間を殺すだけでなく、人間を拉致してもいる。その場所に襲撃を仕掛けたいと思うが、どうかな?」

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