二章

遠来前史

 長年、夢見られていた技術があった。

 そのためには、まずなによりも素材が問題だった。

 それは「現実主義」を自称するものたちが長らく「不可能」と断じてきたものだった。

 諦めなかったものたちがいた。やがて転機は訪れる。

 計算上それに耐えうる張力を持った素材の開発と、量産体制の確立。その報道が世界を巡ると、各地で夢の実現が迫っていると心を燃やすものたちが相次いだ。

 これまで、宇宙への進出には莫大な金がかかった。

 第一宇宙速度に到達するために膨大な燃料を噴出しながら、その身を軽くするため段階的にタンクを切り離し使い捨てにしなければならない。多大な準備。緻密な計算。それでも失敗することすらある。

 そこまでして、宇宙へ辿り着けるのは選ばれし数人のみである 。


 地球に愛想を尽かしたものたちがいた。はるかな宇宙を夢見たものたちがいた。

 かつて大陸に渡ったものたちのように。かつて世界の果てを目指したものたちのように。

 彼らは天高く空の果てに次なる希望を見出した。

「そんなことより、地上に残る貧困や福祉の問題が先ではないか」

 お前たちがだからもはや地球にはいたくないのだと、巨大資本を湯水のようにその野心のために投じていった。


 軌道エレベーター。

 それは夢そのものであり、夢の懸け橋である。

 静止軌道上より糸を垂らすという、通常の超高層建築とはまったく逆の手法によって建造されるそれは、人類にとって間違いなく「最高」の建造物となるだろう。

 全長約10万km。一端を赤道上に、もう一端にカウンターウェイトを。遠心力によって形を維持するそれは、もはや「高さ」という概念で語るのが無意味に近い。

 何十年も前から空想されてきた夢。実現され、運用されれば、既存の宇宙進出に対しそのコストは大幅に下がる。やがては誰でも気軽に宇宙へと辿り着く時代が来るだろう。

 その計画はネットワークによって全世界に公開された。

 きわめて実現性の高い計画立案は専門家によって平易に翻訳されながら一般にも広く浸透し、多くの人々を焚きつけていった。


 夢を嘲笑うものたちがいた。「もうそんな時代ではない」と冷笑するものたちがいた。

 宗教的な批判もあった。根も葉もない安全性への不安もあった。政治的利害からの圧力もあった。

 それでも注目せざるを得なかった。そして注目ビューは資本となる。

 加速度的に膨れ上がっていく夢は、やがて現実へと迫っていく。

 議論を重ね、実験を重ね、実証を重ね、ついには実現へと至る。

 数々の困難を乗り越えながらも、糸は地上へと到達し、天への橋は架けられた。

 建造中はながら、細心の注意にもかかわらず事故によって多くの死者が出た。それは大事業にはつきものの犠牲だった。それでも、ついに成し遂げられたのだ。

 これより十五年ほどの運用で建造費用は回収され、その後はありあまるほどの利潤を生む。続くさらなる橋の運用によって人類は大きな飛躍を遂げるだろう。


 彼らの夢はその先にあった。

 軌道エレベーターによって低コストの資材輸送が可能になれば、軌道上にてより巨大な建築物をつくることも可能になる。

 国際宇宙ステーションなど比べ物にならない、より巨大な夢だ。

 身を焦がすほどの熱い夢である。人類はさらに、「最大の事業」を更新することになる。


 恒星間航行世代間移民船セ・キ・ローダー。

 地球を飛び出し、それどころか太陽系すら抜け出そうという遠大な計画である。

 一つの「社会」をそのまま船に乗せて飛び立つのだ。

 軌道エレベーターに対しては諸手を挙げて賛同したものたちですら眉をしかめるほどの計画だ。

 その一方で、熱烈に支持してやまない人々がいた。

 戦争も紛争も絶えず、無知と無慮が幅を利かせ、差別も偏見も満ち溢れ、あるいはそれを取り締まろうとする過剰な正義に息が詰まりそうになる。

 そんな閉塞感に身悶えするものたちには「断絶への航海」という夢があった。

 すべてをリセットしたいという願望があった。


 やがて、リセットは最悪の形で訪れる。

 核狂乱。原因は不明。世界各国の主要都市に向けた数百発の核ミサイル同時発射によって何十億もの人間が死んだ。さらにはその反撃。「戦争」と呼べるものであるかすらわからない。

 巻き上げられた灰塵が空を覆い、長い冬が訪れた。

 地上は死に絶え、残された人類は地下へ逃れた。暗い絶望の生存を強いられた。

 病と暴動がさらに人類を減らしていった。

 死だけが救いであるかのように思われた。


 空は重く閉ざされている。

 地下へ長らく潜り続け、もはや「空」という言葉すら忘れそうになる。

 それでも、希望があるとすればその先にしかない。

 航星は、かつてほんの一握りの物好きたちの夢だった。

 いまやそれは残された全人類の希望となった。

 計画途中で放置されていた恒星間航行宇宙船の再建。

 しかし、いくら人口が減ったとはいえすべての人々を乗せられるほどの席はない。

 限られた、選ばれたものだけで計画は進められた。

 二十四年の月日をかけ、ゆっくりと、静かに、確実に。

 考えうるかぎりの文化資産・技術資産のデータベース、様々な生物の配偶子・遺伝子情報を積み込み、十全なる検疫によって選ばれた人間だけがその船に乗り込むことを許される。

 目的地はない。ただ、地球を離れる。

 いつか、再び人類が栄えることのできる地へと到達できることを夢見て。


 人類は、そうして断絶した。

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